スマートフォンがポケットの中で鳴っているのがわかる。多分紫苑だ。
奈子ちゃんが廊下を歩いているのが教室から見えたのだろう。後に続いているはずのわたしの姿がいつまでたっても見えないから、慌てて電話してくれているのはわかる。
そっとポケットに手を入れて、画面に映し出された予想通りの名前に少し笑った。
電話に出ると、紫苑が慌てて
『芽衣!? 今どこにいるの? 大丈夫?』
とわたしを心配してくれる。
その声にちょっぴり涙が出たのは秘密。
「大丈夫だよ。ちょっと考え事してて。今から戻るから」
できるかぎり明るい声でそれだけ言って電話を切って、数回深呼吸をしてから空き教室を出た。
教室に戻ったものの、ちょうどタイミングよく予鈴が鳴ってしまい、紫苑には何も話せないまま授業が始まった。
考える時間が欲しかったから、ちょうど良かったかもしれない。
自分のこと。家族のこと。大雅のこと。奈子ちゃんのこと。紫苑や透くんのこと。
自分の、皆のこれからのこと。
その日は一日中全く授業に集中できなくて、ずっと上の空だったと思う。
昼休みも紫苑は朝のことを聞きたそうにしていたけれど、わたしが口を閉ざしているからか何も聞かずにいてくれた。
たくさん考えて、そして大きく息を吸う。
放課後、帰ろうと荷物をまとめている紫苑に話しかける。
「紫苑」
「芽衣? どうしたの?」
「わたし、もう諦めようと思う」
「……え?」
「やっと気持ちに整理がついた。もう、諦める」
「なにを……」
「大雅と奈子ちゃん。やっぱり付き合ってるんだって」
「芽衣……」
「わたしのしてることは、多分間違いなんだなって思った。……だからこれから、行ってくるね」
紫苑に告げて、わたしは学校を出た。