なんだよ、それ。
どういうことだよ。
人の顔が認識できない……?意味わかんねぇよ。
「相貌失認にも個人差や程度があるみたいで、芽衣の場合は相手の表情がわからない。
顔を見て目とか鼻とか口とか、それぞれのパーツは認識できる。だけどそれが表情とか顔として認識できないから、目の前の人が誰なのかが識別できない。人の表情がわからないから、相手が怒ってるのか笑ってるのか泣いてるのかも汲み取ることができない。
誰かが歩いてる、走ってる、目の前に立ってる。そういうことはわかるけど、そこにいるのが家族なのか友達なのか赤の他人なのかはわからない。
脳障害だから、多分もう一生治らないって言われてる。
表向きは怪我もなくて元気そうに見えても、芽衣は、芽衣は……今はもう、自分から誰かに話しかけることすら難しいの」
紫苑が言っている意味が、全然理解できなかった。
息を吸うことすら忘れてしまい、声を発しようにも上手くいかずに言葉を失う。
「芽衣は事故の後、目が覚めた時から誰の顔も認識できなくなった。だから自然と知っている人は声を聞いたり身長や体型、服装や髪型とかで認識するようになった。
わたしがお見舞いに行った時、鏡を見て泣きながら教えてくれたの。"紫苑の声がするのに、目の前にいるのは紫苑だってわかるのに、紫苑の顔が全然わからない。お母さんの顔も、お父さんの顔もわからない。自分の顔もわからない。だれもわからない。どうしよう"って」
「……俺もお見舞いに行った時に芽衣から聞いたんだ。芽衣は俺の顔を見て泣きそうになってた。"ごめんね、透くんの顔もわからないんだ"って」
「正気を失ってもおかしくなかった。それくらい突然で、あまりにも残酷だった。
だけど、次の日芽衣に会いに病室に行ったら、もう泣いてなかった。その後遺症と一緒に生きていくって、覚悟決めてた。
わたしを見て、わたしの声を聞いて、"紫苑、来てくれたんだ"って笑ったの」
「……」
語られる言葉たちが、俺の耳から脳に入っては処理しきれずに通り過ぎていくような気がした。