新しい動画の公開に合わせるように、玲の周辺が騒がしくなっていく。

 玲がニューヨーク近代美術館《MoMA》で行った公演から8年を記念して、同館で舞台衣装の特別展が急遽期間限定で開催され、生前、各国の演出家によって撮影されたショートムービーが特別上映された。

 演出家の面々は、国際色豊かだった。数多くの有名ミュージック・ビデオを制作してきたフランス人映像作家、デンマークを代表する女性映画監督、ロシアのマリインスキー・バレエの元芸術総監督といったそうそうたる面々が名を連ねる一方、当時ケニアの高校に通っていた女子高校生、ドミニカで出会った小学生など一般人が撮影した映像もあった。

 映像の多くは、これまで高く評価されてきた玲の動的な部分とは異なり、静的な部分に重点を置いた作品が多かった。

 由美は、連日YouTubeに公開される映像を見ながら、玲という人間が持つ存在感について考えた。

 夜明け前の海岸で波音に合わせて静かに舞うだけで、どうして世界が安らかに眠っている気がするのか。彼女が堂々とサバンナを歩くだけで、どうして大地そのものが力強く呼吸している感覚を覚えるのか。

 本作に参加したフランス人映像作家が、特別展に宛てたコメントは、その理由を端的に示していた。


 私はこれまでも様々な作品を制作してきたが、今回の依頼を受けた時の興奮は忘れることができない。

 実際、Reiに会い、彼女の肉体に宿る雄弁さに感嘆した後で、感じたのは恐怖だった。クリエイターにとって、全てを語ることができる七色の絵の具は、使い方によっては、自身を殺す七色の凶器になる。

 それでも、本作に携わることができたのは、至上の喜びだった。私がかねてからずっと表現したいと考えていたテーマを、存分に表現できたのは、彼女のおかげだ。


 また、今回の展示に合わせて、玲が生前取り組んでいた様々な慈善活動がメディアを通じて伝えられた。

 東日本大震災において、玲は個人として三億円もの寄付を行っていただけでなく、彼女の個人的な親交を通じて、世界各国からの支援を取りつけていたこと。

 それ以外にも、海外のアーティストやセレブリティと一緒に進めていた、女性の教育に関する基金“U-Socks基金”の詳細が明らかにされ、出資者達から、玲がこの問題に対して抱いていた思いや、実現に向けて、献身的に取り組んでいた様子が語られた。

 同時に、海外メディアで盛んに伝えられたのが、日本における玲の社会的評価の低さとメディアの報道姿勢についてであった。

 日本のマスメディアにおける一時的なヒーロー創造と、バッシングによる社会的処刑、目の前の相手への批判的報道を繰り返すだけの報道姿勢を、「パラノイア・メディア」と痛烈に批判した。

 こういった海外の報道に対し、当初、国内メディアは沈黙を続けてきたが、翻訳された記事が、SNSを中心に広がると共に、ようやく日本でも玲を再評価する報道が始まった。