対談場所である社の会議室に着いた由美は、カメラマンと軽く打ち合わせする。

 今日の対談は、歯に衣着せぬ物言いでテレビでも人気の男性脳科学者で、先日出版した書籍の宣伝だった。

 その本は、読者の恋愛相談に脳科学の見地から答えるという内容で、女性ファッション誌での連載を一冊にまとめたものだった。

 担当編集と現れた脳科学者と簡単な挨拶を済ませた所で、早速対談を始める。

 事前に質問事項を渡していたため、対談は滞りなく進んだ。

 対談の最後に、リストには書いていなかった質問として、由美は、本文で気になっていた“DQNに惹かれる女性達”という記述について訊ねた。

「それは遺伝的と言っていいレベルの話です。女性は太古から生存のために男性の庇護を必要としてきました。その中で、DQNと呼ばれる男性は、一見すると群れのルールから外れているように見えます。でも、実はそんな状況で生き残っていくには、群れの掟に従って生きるよりも、何倍もの力が必要となります。そういうことを女性は無意識的に感じ取っています」

「言い換えると『男らしさ』ということですか?」

「まあそういうことです」と脳科学者は頷いてから「ここオフレコにしてください」と言って続ける。

「女性に対する扱いとして、早い段階で一発ガツンとやっちゃうというのは、実は科学的にも正しいとする実験結果があります。もちろん、こういうのはメディアじゃ絶対に言えませんが」

「そうなんですね」と相槌を打ち、由美は話題を変えたが、対談後、話し足りなかった脳科学者は続きを話した。

「さっきの話ですけど、テレビ以外にも色々成功者と呼ばれる人が語る自己啓発書がありますよね。『成功者のルール』とか『リーダーの法則』とか『何歳までにしなければならないこと』とか、あとは最近ネットニュースで流れているような『こういう人は幸福度が低い』といった記事。詳細に分析した人はいないでしょうが、その内容は、様々な論文や研究成果を活用すれば説明できると思います。けど、恐らく反証の方が何倍も多い」

 由美が頷く。

「ただ、そういった本を読む人間には、検証する程の関心も知識もない。『本に書いてあるからそうなんだろう』『論文に書かれているから正しいんだろう』で終わってしまう。でも、研究者からすると、実験というのは、『厳密な条件下での特定の傾向』以上の意味はないので、わかった上でテレビで好き放題言っている人間としては、つくづくマスコミってテキトーな商売だと思いますよ」

「もし、そういった方にアドバイスするとしたら?」

 由美の質問に、脳科学者は即答する。

「『自分の信じられることを全力で』ですかね。生き方というのは定性的なものです。そこで大事なのは、科学より信念ですよ」

 口にしてから、本の内容を思い出したのか、脳科学者は「あっ、これもオフレコで」と言って笑った。