「美佐ちゃん!次はこれ読んで!」
「またぁ? 歩美ちゃん、この絵本好きだねぇ」
「うん、大好き!」
「じゃあおやつ食べ終わったら読んであげる。手を洗っておいで」

施設に入所している子供の中で最年長になる美佐が6歳の歩美に絵本を読んでやっているのを、岩田は目を細めて見つめていた。

歩美が「はーい」と返事しながら小走りで洗面所に向かうと、キッチンにいた岩田が美佐の隣に腰を下ろした。

「ありがとね、下の子達の面倒見てくれて」
「ううん。私も楽しいから」
「……その絵本」

岩田は美佐が持っている本に目を落とす。

来春から本格的にイラストを学ぶため専門学校へ進学を決めている美佐は、半年程前にSNSに上げていた絵本風イラストの漫画がネット上で話題となり、先月大手出版社から児童向け絵本として書籍化された。

「孤児院で育った女の子が王宮のメイドとして働いていると、隣の国の王子様に見初められて幸せな花嫁になる。ちゃんと頑張っていれば素敵なことがあるっていうシンプルで可愛らしいおとぎ話ね」
「……うん、ありがとう」
「このメイドの女の子のように幸せになってると思うわ。あの子にもきっと、王子様が迎えに来たのね」

少し遠い目をした岩田を見て、美佐も同じように空を見上げた。


美佐が小学校に上がった頃、同じ『ひまわりの家』で生活していた1人の女の子が行方不明になった。

当初は警察に捜索願も出し探してもらったものの、その子には身寄りもなく、結局消息は掴めず彼女は見つかっていない。契約していたアパートにも、就職が決まっていた百貨店にも連絡はないまま。

彼女を姉と慕っていた美佐は、過去に突然訪れた悲しい別れを昇華させるべく、また彼女が幸せでいると信じてイラストを書いた。

よく彼女が読んでくれた『私だけの王子様』という絵本になぞらえて、彼女と同じ名前だった侍女をヒロインにして描き上げたそのストーリーは、多くの読者の心を掴んだ。

彼女が姿を消してから、10回目の春が来る。

白いバラの装丁の美しいその本は、今日も『ひまわりの家』で読み続けられる。


――――そして、お城でメイドとして働いていたリサは、その一生懸命な人柄で国中の人々に愛され、素敵な王妃様になるのです。王子様とリサはたくさんの子宝に恵まれ、白バラの咲き乱れる王宮でずっとずっと幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。




fin.

最後までお読みくださり、ありがとうございました。