8畳ほどの自分の部屋を見回してため息をついた。

勉強机とベッド、小さなクローゼットには半透明の衣装ケースが4つ箪笥代わりに重なって置かれている。ベッドの隣にはいくつかダンボールが積み上がっていて、まさに荷造りの真っ最中という様相だ。

1メートルほどあるラックには、先日卒業した高校の制服と、2年弱務めたバイト先の制服が並んで掛けられている。

「これもクリーニング出さなきゃ」

ハンガーごと手にとったのは、真っ黒なワンピース。袖は丸く膨らんだ半袖で袖口だけ白い。ウエストは身体のラインが出るように細身に作られていて、スカート部分は大きく広がるサーキュラー型になっている。

さらに肩紐と腰にフリルが付いている真っ白なエプロンドレス。これを重ねて着れば、立派なメイドの完成だ。


日比谷梨沙(ひびや りさ)は高校2年の4月から先週までの約2年間、メイド喫茶で働いていた。

いわゆる『おかえりなさいませ、ご主人さま』というやつだ。

可愛いメイド服が着たかったわけでも、オタクの聖地と呼ばれる場所が好きだったわけでもない。
ただただ高額な時給に惹かれて働き出した。

梨沙は両親の顔をほぼ知らずに育った。

母親は未婚で梨沙を産み、彼女が3歳の頃に亡くなった。

身寄りがなかった母親を失った梨沙は、児童養護施設に引き取られ今日まで生活してきた。

彼女が暮らしている児童養護施設『ひまわりの家』には、4歳から18歳までの子供が20人程入所している。
事情は様々だが、そこについて干渉し合うことはない。

住み込みでずっと施設にいてくれる岩田佳代と竹内早苗をはじめ、職員もみんな優しくて家族のように接してくれる。

当番制で一緒に朝食を作ったり、小学生の頃には宿題も見てくれた。学校やバイト先であったことも話すし、友達同士の喧嘩の仲裁もしてくれることもあった。

昔は親がいないことをからかわれたり、今でも施設暮らしだと話すと相手に気まずい思いをさせてしまったりと、嫌な気持ちになることだってないわけではない。

両親がいなくて寂しくなかったといえば嘘になるが、一緒に生活してる子達とも仲良く生活しているし不幸ではない。

ずっとこのままここにいたい。

そんな欲求を持ってしまうくらいには、今の生活に不満はなかった。

しかし、もうあと数日でここを出ていかなくてはならない。

『ひまわりの家』に居られるのは基本的に18歳までと決められている。

もちろん未成年なので20歳までは延長も可能だが、梨沙は大学に行かずに働くことを選んだので、ここを出ることにしたのだ。

自分で生活出来る環境が整えば出ていくべき。
この場所を必要としているもっと小さな子がいるかもしれないのだから。

そう考えて退去を決めた。

年が明けて新学期が始まる前にみんなに打ち明け、新しい就職先に通いやすい小さな賃貸アパートを契約するのを岩田に手伝ってもらった。

職場は百貨店。子供服売り場の担当として店頭に立つ予定だ。

メイド喫茶での時給を考えればあまり良いとは言えない給料だが、今どき高卒で正社員として雇ってくれるだけありがたいと梨沙は思っていた。