——違う……っ、それは、違うの!
——有村さん、恋の話が好きだから、要くんが私の好きな人なんじゃないかって勘違いしてただけで……。
目をつむると、いつも自分の声が浮かび上がってきた。
大嫌いな、私の言葉。小学生のころ口にした、自分本位な、たくさんの身勝手な言葉たち。
それがいつからか、小学生のころの私ではなく、ついこの前の私の言葉が聞こえるようになっていた。
きっとこの言葉は、私の後悔だったんだ。
誰かに発した、私の嘘。言い訳。演技。それらが悔いになって、脳に焼きついている。目をつむると隙間のできた脳に、その記憶が蘇る。
それで、今夜も眠れなくなるんだ。
……ごめんね。
ごめんなさい。
ごめんなさい、杏ちゃん……。
それきり、杏ちゃんとはまったく話さなくなった。
一緒に登校するのをやめたころはまだ話すこともあったけれど、今はもう目が合うこともないし、そばを通り過ぎることもなくなった。杏ちゃんの中から私は完全に消えてしまった。
同じだ。あのときと同じ。
小学校のころ、みんなから無視されたときと同じ。
ただ一点、クラスの全員から無視されているわけじゃないというところは違うけれど。また人を傷つけてしまった、嫌われてしまったというショックは変わらない。
あのころと比べて、変われたと思ってたのに。
みんなの好きな私になれたと思ってたのに。
でも、結局だめだった。杏ちゃんには要くんとの恋を応援する私を演じて、有村さんには恋バナを提供できる恋する女の子を演じて。結果、杏ちゃんを傷つけてしまった。
私、なにをしてるんだろう。
みんなに違う顔を見せて。
嘘を嘘で塗り固めて。
それでいいんだって、信じてたのに。これも間違えていた。
じゃあ、私、どうしたら。
どうしたらよかったの……?
「桂木さん、大丈夫?」
肩をつつかれてはっと顔を上げる。
横を見ると、心配そうな顔をした有村さんが私を見つめていた。
「……え? あ、なに?」
「ぼーっとしてたから……」
よっぽどぼんやりして見えたのか、有村さんはさっきまで冬休みの話をしていたはずなのに、今は中断して私と向き合っている。
実際、私はぼんやりしていた。
廊下の先に杏ちゃんが歩いていたから。
杏ちゃんは今、うちのクラスの女の子と三人ほどで連れ立っている。前から仲のいい子たち。杏ちゃんと同じで、性格も底抜けに明るい、きらきらした女の子たち。
でも呆然としてしまったのはそれが原因じゃない。
その輪の中に、吉川さんがいたから。
吉川さんは杏ちゃんが毛嫌いしていたクラスメイトだった。
ネイルを真似された、髪型を真似された、というような話を何度も聞かされた。その度に私は、ひどいね、やだね、なんて言って同調していた。
きっと、誤解が解けたんだ。
打ち解けられたのはいいことだと思う。
吉川さんが杏ちゃんの真似をしていたのだとしても、ただの偶然だったのだとしても、どちらでも。話してみたら思ってた人とは違った……なんてこと、よくあるから。
でも、しこりが残る。
吉川さんと今でも関わりのない私は、同調して吉川さんの悪口を言ったまま時が止まっている。
〝なんか……やだね。そういうの〟
あんなこと、全然思ってなかった。
吉川さんに悪い印象なんて、一度も感じたことはなかった。
なのにあんなことを言ってしまって、罪悪感が残る。
私ってなんなんだろう。
虚しい。
苦しい。
あんなこと、言わなきゃよかった。
自分だけが取り残されて、またひとつ、悪い人間になってしまったみたい。
「なんか、具合悪い?」
有村さんが前屈みになる。
またぼんやりしていた自分に、焦った。
「あ、ううん……! なんでもない! ごめん、ちょっと寝不足で、ぼうっとしてた! でも、元気だから!」
有村さんに心配かけちゃだめだ。
これからどうしたらいいのかなんてわからないけど、有村さんには関係ない。
いつも通りの、私で。
なにも変わらない私でいなきゃ……。
「——佑唯!」
その瞬間、左手を強く掴まれて体が揺れた。
驚いて振り返る。私の体を、背の高い影が覆っている。
その声と気配に覚えがあって、恐々と視線を上げて、息を呑んだ。
——要くん。