——え……。どっちとか、ないよ。私、ふたりとも好きだもん。
 ——いつもふたりきりってつまんなくない? なんか、飽きるっていうかさ……。



 頭の中で声が響いている。

 小学生のときの私の声だ。

 平和だったはずの日常を壊してしまった、あの言葉。
 自分で自分の頭に引き金を引いてしまった、あの瞬間。

 心臓が急に存在を示しはじめる。まるで、体の内側からハンマーで叩かれてるみたい。

 〝要と佑唯って、なにもないよね〟——この言葉にどんな意味が含まれてるのか、掴み取れなかった。

 恋愛感情?
 友達として?

 後者なら、なにもないよ、とは言いづらい。

 でも、言うことなんてできない。

 たとえときどきであっても、要くんと朝の電車でふたりきりだったなんて、伝えたら杏ちゃんに嫌われてしまう。

 しかも、要くんに嫌われたかもしれないと言っている、この状況で……。

 バレたらいけない。

 言葉を間違えば、終わる。

 今まで築いてきたものが、すべて崩れ落ちてしまう。

「え……どういう、意味?」

 笑みを浮かべているつもりだったけれど、笑えている自信はなかった。

 杏ちゃんの大きな目を見返していると、私の頭の中をすべて見透かされているように思えてくる。

「要……さっき、佑唯のこと名前で呼んでたから。なんで呼び捨てなんだろうって、思って。ふたりとも、仲いいのかなって……」

 その言葉に、さらに混乱する。

 なんで私の名前が出てくるの?

「……私の話、してたの?」

 なんだか、変だ。要くんとせっかくふたりきりなのに、杏ちゃんがわざわざ私の話題を持ち出すなんて考えられない。

 ということは、要くんが私に関して、なにか話したってこと……?

 杏ちゃんは答えない。杏ちゃんは、最初に口にした自分の質問の答えを待っている。

 どうしよう……。

 でも、考えても答えは変わらない。

 言えない。
 言うことなんて、できない。

 私は杏ちゃんの親友なんだから。

 杏ちゃんの気になる人と仲よくしているわけがない。

「……私と要くんは、別になにも……ないよ。要くん、私の苗字知らなかっただけじゃないのかな。ほら、杏ちゃんは私のこと佑唯って呼んでるし……」

 名前しか知らないからって、それが呼び捨てにする理由にはならないかもしれない。だけど、それくらいの言い訳しか思い浮かばなかった。

 どきどきしたものの、杏ちゃんはそれ以上の追求をしてこなかった。

「……そっか」

 スニーカーのつま先に向かって声を落とす。その返答は私に向けたというよりも、自分自身を納得させているように聞こえた。

 次の電車が来る時間になって、あたりには乗車待ちの人たちが増えていた。

 ベンチは五席あるけれど、私たちの妙な空気を読んだのか誰も座ってこない。私たちのまわりだけ、朝の喧騒の届かない別世界に迷い込んでるみたいだった。

「あの……私のところには、いつでも来ていいから。だから……元気、出して」

 杏ちゃんの背中をさすった。でも杏ちゃんはそれを拒否するように、肩を揺らす。

「……ふたりとも、本当に、なにもないんだよね?」

 念を押される。私と要くんとの関係。

 なんで杏ちゃんが私たちの関係を知りたがるのか、わかってる。

 だからこそ、本当のことは言えない。

「なんにも、ないよ……。……要くんとは、三人で学校に行った日から会ってないよ」
「……うん。わかった」

 杏ちゃんがベンチの背もたれに寄りかかり、目をつむる。心臓が激しく揺れ、全身に音を伝えていた。

 やってしまった。

 絶対に言えない。

 バレたら今度こそ、修復できなくなる。なにがあっても隠し通さなきゃいけない。

 特大の嘘、ついちゃった……。