高校に入って初めての梅雨がやってきた。窓を挟んだ向こう側では、朝から降り続けている雨が綺麗な水たまりをつくる。でも波紋を呼んでいる。このクラスもだ。僕は水たまりで僕以外のみんなは風。静かな凪だったのに、急に風が邪魔してきて綺麗な凪じゃなくなった。僕はこんなことを考えながら、昼休みを過ごしている。
 僕は教室に居場所が無い。友達がいないという理由ではなく、自販機に飲み物を買って教室に戻ると、僕の席が占領されているからだ。だから、いつも昼休みには空き教室を探して、そこで弁当を食べている。友達には一緒に食べようと誘われるが、自分がその輪に入ると雰囲気を壊してしまいそうで、いつも断っている。
 弁当はいつも自分で作っている。母は朝に弱く、弁当はいつも自分で作っている。今日の弁当は、我ながら良い出来だ。
 この学校は昼休みが一時間ある。弁当は十五分で食べ終わってしまい時間が余る。いつもは本を持ってきて、時間になるまで呼んでいるが今日は忘れてきてしまった。気付くと自分は、机にうつ向いていた。外では上がる気配の無い雨が降り続け、内では騒がしい声が校内を走り回っている。この学校で、一人静かに過ごせる場所は無いと思い始めていた。こんなことを考えていると、自分は夢の世界へ(いざな)われ始めていた。それから、目が覚め気付いたときには、五時間目の始まる五分前だった。
 僕は大急ぎで、昼休みを過ごした教室を後にした。先生から廊下を走るな。と言われるくらいの速さで、走った。授業にはなんとか間に合い怒られずに済んだ。
 でも、昼休み後の授業は全て雑学で眠ってしまった。気付けば終礼も終わっていて、教室には数人しか残って居なかった。時間が過ぎるたび一人、また一人下校していった。僕もそれに便乗して帰る。これが僕の一日の大まかな流れで、これを繰り返す毎日だ。

 次の日も、昼休みになると僕の席は占領されていて、居場所が無かった。いつもどおり空き教室を探そうとするが、どこも空いてない。色んな委員会や部活が使っていたり、鍵がかかって開かない教室があったりで空き教室がなかった。どこで弁当を食べるか迷っていると、屋上に行く階段を見つけた。屋上は立ち入り禁止で、黄色のテープが貼ってあったが、そんなのはお構いなしに進んだ。
 すると、上の方から物音がした。恐る恐る物音がした方向に近づいていくと、そこには一人の女子生徒がいた。
「あれ?先生じゃない?」
「はい、先生じゃないです」
 あれ、この人どっかで見たことあるな。誰だ。
「良かった。先生だったら生徒指導になるところだった。ところで、君はなんでここに居るの?」
「あの、それ先輩が言います?」
「あれ?私先輩って言ったっけ?」
 あ、この先輩もしかしてアホなのか。それとも気付いてないのか。
「スリッパの色です。一年生は橙色で、二年生が緑、三年生が青色で分かれてて、先輩は青色のスリッパを履いていたので」
 先輩は、「なるほど」といった顔で頷いていた。
「話戻っちゃうけど、なんで君はこんなところにいるの?」
「教室に僕の居場所が無いので、弁当を食べる場所を探してたんです。先輩こそなんで、こんな所に居るんですか?生徒指導になりますよ?」
「それ君が言う?私がここに居る理由は、一人の時間が欲しかったから。私色んな人から話しかけられたり、頼み事されることが多くて、一人の時間が欲しいときは、いつもここに来てるの」
 僕なんかとは、縁遠い話だな。
「先輩も色々あるんですね。なんか、お疲れ様です」
「ありがとう。そろそろ私行くね。君も今日からここでお弁当食べて良いからね。ばいばーい」
 先輩は、階段を一気に飛び降り数歩歩いたところで、何か思い出したかのように振り返った。
「そういえば名前聞いてなかった。名前なんていうの?」
 僕はこのとき正直に言うと、名前を教えるか迷った。でも、この場所を譲ってもらったお礼に教えることにした。
影宮(かげみや)蓮人(れんと)です」
「私は、黒瀬(くろせ)(りん)。よろしく」
 多分ここ使うの今日が最初で最後だから、会わないと思うけど。まぁ、いっか。早く弁当食べて寝ないと昼休み無くなっちまう。それにしても、台風みたいな先輩だったな。

 外は今日も雨が降っていた。これで三日連続で降り続けている。校庭にあった小さな水たまりが、大きな水たまりになる光景を眺めていると、四限目終了のチャイムが鳴った。クラスのみんなは机をくっつけて弁当を食べる準備をしていた。しかし、蓮人はそんなことは気にせず外を眺め続けていた。
「蓮人くーん」
 蓮人は声がした方を振り向く。そこには、昨日出会った凛が弁当を持って立っていた。
「弁当食べに行こ」
 クラスみんなが騒然としていた。何故ならこの先輩はこの学校の有名人だからだ。容姿端麗で成績優秀、スポーツ万能でもあり、ボランティア活動にも積極的に参加する為周りからの信頼も厚い。そして、男の人からよくモテるらしい。そんな人が、僕なんかを教室まで呼びに来たのだ。クラスも騒然になる。
 騒然とするクラスを後に、僕は先輩と一緒に昨日の場所へ向かった。廊下を先輩と歩くだけでも、色んな人から見られた。周りからはどう見られているのかは自分にとってはどうでも良かった。
「あの、先輩聞いても良いですか?」
「良いよ。先輩になんでも聞きな」
「なんで、僕なんかを誘ったんですか? 先輩は一人の時間が欲しかったから、あそこに居たんですよね?」
 凛は人差し指を下唇にあて少し考えている。きっと蓮人以外の男子が見たら、いちころだろう。
「だって、私と同類の人だから別良いかなって。それに蓮人くんもお弁当食べる場所探してたんでしょ?」
「まぁ、はい。ありがとうございます」
「それでよろしい。じゃあ食べよっか」
 今日の自分の弁当は冷凍食品が多い。理由は簡単で、単に寝坊しただけだ。寝坊さえしていなければ冷凍食品を使わずに済んだが、今回は仕方がない。
「ねえねえ、蓮人くんはお弁当それだけで足りるの? 私のパン一つあげようか?」
 これでも、男子高校生が食べるぐらいは入ってるんだけどな。おかずが少ないからそう思ったのか?
「いえ、大丈夫で……」
と先輩の方を向いた瞬間そこには、空の弁当箱が三つ置いてあった。そして、先輩は両手にパンを持ちながら、口直しにコーヒー牛乳を飲んでた。
「先輩って、結構食べるんですね。なんで裏で先輩が、女子からも恨まれてるのか分かった気がします」
「え、私裏で恨まれてるの! なんで!?」
 先輩は身体で感情を表現すると同時に、女子から恨まれる原因と思われる果実が大きく揺れていた。確かにこれは恨まれそうだ。
「話変わるんですけど、いつも先輩の隣にいる人とは弁当食べたりしないんですか? 楽しく話てるのを何度か見かけたことがあったので」
「あ、千桜(ちはる)のこと? 千桜は私に気を使ってくれて、お弁当食べるときは一人にしてくれるの。でも、たまには千桜ともお弁当食べたりするよ? いつも気を使わせてたら申し訳ないからね」
「良い人ですね」
「うん、めっちゃ良い子なんだよ! 見た目はツンってしてる感じだけど話たら分かると思うけど、めちゃくちゃ優しいんだよ。あと、めっちゃ恥ずかしがり屋さんなんだよ」
 あのいつも怒ってそうな千桜先輩って優しんだ。見た目結構ツンとした感じで怖いけど、人を外見で判断するなってこういうことなのか?
「今度、千桜も連れて来るから、そのときは三人でお弁当食べようね」
「いや、僕は一人で食べるので大丈夫です」
「釣れないなー君は。じゃあ私そろそろ教室戻るね。職員室に進路希望調査の紙を出しに行かないといけないから。また、明日ね。蓮人くん」
 先輩は大きく手を振って教室に戻った。そして、僕は一人屋上前の階段に一人取り残された。僕も残っていた弁当を全て食べ終え自分の教室に戻った。僕が教室に入った途端さっきまで騒がしかったクラスが一瞬にして静まり返った。内心なんで静まり返ったのか不安になったが、なるべく気にしないよう自分の席に向かった。昼休みが終わる前だからなのか、僕の席には誰も座っていなかった。弁当箱を片付け、少しでも時間でも寝ようとうつ伏せになろうとした瞬間、一人の男子から話しかけられた。
「お前、黒瀬先輩とどういう関係なんだよ」
 話しかけてきたのは、同じクラスの橋本(はしもと)(あきら)だった。このクラスの男子の中心人物とも言えるやつだ。
「え、どんな関係って聞かれても困るんだけど」
「なんで困るんだよ。なんか言えない理由でもあるのかよ」
 ただ、誘われたから一緒に弁当食べてただけなんだよな。きっと一緒に弁当を食べてたら火に油を注ぎそうで怖いな。
「委員会の件で呼ばれたんだ。同じ図書委員だからね」
「ふっ、なんだよそういうことかよ。そうだよな、お前みたいな暗い奴を黒瀬先輩が気にかける訳ないもんな」
 なんで、こんなに橋本が黒瀬先輩のことを聞いてくるのかというと、黒瀬先輩は友達に誘われて、部活のマネージャーの手伝いに行ったことがあるらしく、そのとき手伝いに行った部活に橋本がいたらしい。橋本はそのときに見た黒瀬先輩に惚れてしまい廊下などで会う度に、話しかけてるらしい。ちなみに、これは友達から聞いた情報だ。
「面倒なことにならないと良いな」
その日は、特に何も問題は無く一日は終わった。今日教室であった出来事が、悪い噂になっていなければと心のどこかで思っていた。自分が責められたり、傷つく分はなんとも思わないが、何故か先輩が傷つくのは見たくなかった。こんなことを思ったのは初めてだ。

 翌日いつもどおり教室に入ると、何故かクラスメイトから冷たい視線を浴びせられた。昨日の静まり返ったときより空気を重く感じた。その中を僕は、平常心を保ちつつ自分の席に座った。どうしてこんな重い空気なのか、前の席の(じゅん)に聞いてみた。こいつは僕を、よく弁当に誘ったり遊びに誘ったりしてくる友達だ。
「なんだよ、知らねえのかよ。昨日の昼休みに、お前と黒瀬先輩二人が一緒に歩いてるのを動画に撮ってたヤツがいたらしくて、その撮った動画を色んなメッセージのグループに送ったらしく、それを見た人達がデマの情報を流し出して、今色んな噂が立ち始めたってところだ」
 何故こうも嫌だと思う方向に、物事が進んでしまうのか。たまには、良い方向にも進んでほしいと心から思った。
「ちなみに、それってどんな噂なんだ?」
「昨日よく聞いたのは、二人が付き合ってるとか、男の方が黒瀬先輩を脅して関係を持ってるとかだな」
「なんだ、そんな感じか。なら、そんなに気にしなくてよさそうだな」
「なにその強メンタル。こわ」
「てか、なんでお前はグループで流れた話がデマだって分かったんだ?」
「まあ、ほらだって俺友達多いじゃん? だから、屋上で二人が寂しく弁当食べてたっていう情報とかは、すぐ入ってくるぜ」
「個人のプライバシーは無いかよ」
 これが、話したら友達って認識してる潤か。こいつだけは絶対に敵に回したら駄目なやつだ。
 今日は何もなく一日が過ぎたら良いな。