『とある本の序章』
今回私は、最近爆発的な人気を誇り、個展を開催した、とある画家に取材をした。その方は、世にも珍しい「先天性花眼病」を患っていたのだという。
これからここに綴られているのは、そんな彼自ら執筆した、今の道にたどり着くまでの白昼夢のような半生である。
「みんなちがってみんないい」。「一人一人の個性を尊重しよう」。これらの言葉は、誰もが幼い頃から大人に教わってきたものだろう。
でも、その個性が――"人の顔が花にしか見えない"こと、だったら?
洗面台で顔を洗い、鏡を見つめる。そこには、"異物"を生まれ持った青年が映っている。
なんの変哲もない両親から生まれた俺は、生まれつき両目に一つずつ、うっすらと大きな花の紋様があった。そして、『人の顔が全て花としか認識できない』子供だった。
「まひとくん、お母さんのお顔ははどんなお花にみえるのかな?」
「あかいちゅーりっぷ!」
「じゃあ、お医者さんのお顔はどんな花か教えてくれるかな?」
「ぴんくのおはな!こないだてれびでみた、ぺちゅにあ?に、にてるよ!」
その目の紋様と症状は、何度病院に通っても、色々な薬などを試しても治ることがなかった。大きな病院をたらい回しにされ、前例のないこの症例はいつしか、「先天性花眼病」と称されるようになった。
幼稚園時代の殆どを病院で点滴をさして過ごし、期待を胸に入学した小学校では、目にある紋様のせいでいじめを受けた。それは中学に進学しても続き、俺は遠い高校に受験し、進学した。
母親は言った。
「真人の目はいつもキレイね。その目で周りをよく見て、手を差しのべてくれる。人を見た目だけで遠ざけること程、みっともないことはないもの」
父は言った。
「真人の"それ"は立派な個性だな。きっと神様が真人を気に入って、手放したくなかったから、自分の物だって印をつけたんだろう」
姉は言った。
「いつか、私達の顔が花にみえなくなったらいって頂戴。目と目をあわせて、家族みんなで美味しいお店に行きましょう?」
ごめん、父さん。母さん。姉さん。きっとこの病気は変わることはありません。そう思っていた。
『個性』なんて都合よく言ったって、『異物』なのには変わりがないから。
「真人!?どうしたのその頭!」
入学式の前日、俺は母さん似の癖のない黒髪を、明るめの茶色に染め上げた。
「……高校デビューってやつだよ、母さん。知らない?」
なにをしても俺のこの眼は変わらない。ならせめて、それを受け入れられる環境と自分作りをしていたかった。
「あ!真人!おはよ~!」
「ねー真人なんで昨日カラオケ来てくれなかったの~?真人いないとつまんないじゃん」
「わりぃわりぃ。みんなおーっす」
高校デビューは成功し、クラスの皆は俺の"眼"を好意的に受け入れてくれている。
顔がわからない俺は、皆のことを声と名札で見分けるしかないけれど。
夕方の下校で、草に絡まって死にかけていた淡い紫の蝶々を助けて空に放ち、夜、いつものように眠りにつく。
俺の眼は、「人の顔を花としか認識させない」。でも、「鏡に映る俺本人の顔は視認される」。鏡に映る自分の眼を見る度に気分が悪くなる。何故、俺自身の顔はみれるのだろうか。何かの当て付けなのだろうか。
俺は、四方八方を煌めくガラス細工に囲まれた、黒い場所に立っていた。俺が焦点を合わせたガラス細工は、一つ一つ明かりを灯していく。
自分の手の平を見つめる。あぁ、これが明晰夢ってやつか。
そう思いながら遠くを見ると、透明な花弁をした女がこちらに手招きしていた。
俺が手招きされた女のいるところにたどり着くと、そいつは着ていた紺のワンピースの裾を摘まみ、童話のプリンセスのようなお辞儀をした。
「はじめまして。私はリコ、君は?」
俺より、二個ほど上の年齢なのだろうか。同じクラスの女子達よりも骨格が丸みを帯び、背が高い。そして、どこか憂いを帯びた瞳から大人びた印象を受けた。
「……誰?」
「ただの可愛げのあるお姉さん、ってとこかな~」
「夢にしては、リアルだよね、ここ。何処なんだろう」
空気中に手を伸ばしながら問いかけると女は、困ったように小首をかしげた。
「それが……私にもよくわからないの」
「君も、ちゃんと現実で生きているんだよね?」
「そりゃあ勿論」
自分の頬をつねる。
「ねぇ、俺の頬叩いてみてくれない?」
「……いいけど」
弾けるような音が空間に響き渡るが、痛みは感じなかった。
「不思議なこともあるものね~」
「……そうだな」
何故か俺は女と謎の空間に座り込み、背中合わせに会話を弾ませていた。
が、次第に空間に張り巡らされているラス細工の明かりが段々と消えていき始めた。
「……そろそろ、朝なのかな」
「みたいだな」
立ち上がって、後ろを振り向く。女もまた裾をはためかせながら立ち上がり、俺の目の前に歩み寄った。
「……また、会えるかしら」
「……さあ」
「君の、名前は?」
「……真人」
視界が真っ白に染まっていく。意識が目覚めていくのが分かる。
女が、少し寂しそうな表情を俺に向けていた。
「……リコ、また」
「……!えぇ!また……!!!」
目が覚めた。閉めきられていなかったカーテンから朝日が差し込む。思わず眩しさに眼を細める。
俺は思ってもみなかった。
後にその女と、毎夜会うようになるなんて。
そしてましてや、世界で一番大切な存在になるなんて。
今回私は、最近爆発的な人気を誇り、個展を開催した、とある画家に取材をした。その方は、世にも珍しい「先天性花眼病」を患っていたのだという。
これからここに綴られているのは、そんな彼自ら執筆した、今の道にたどり着くまでの白昼夢のような半生である。
「みんなちがってみんないい」。「一人一人の個性を尊重しよう」。これらの言葉は、誰もが幼い頃から大人に教わってきたものだろう。
でも、その個性が――"人の顔が花にしか見えない"こと、だったら?
洗面台で顔を洗い、鏡を見つめる。そこには、"異物"を生まれ持った青年が映っている。
なんの変哲もない両親から生まれた俺は、生まれつき両目に一つずつ、うっすらと大きな花の紋様があった。そして、『人の顔が全て花としか認識できない』子供だった。
「まひとくん、お母さんのお顔ははどんなお花にみえるのかな?」
「あかいちゅーりっぷ!」
「じゃあ、お医者さんのお顔はどんな花か教えてくれるかな?」
「ぴんくのおはな!こないだてれびでみた、ぺちゅにあ?に、にてるよ!」
その目の紋様と症状は、何度病院に通っても、色々な薬などを試しても治ることがなかった。大きな病院をたらい回しにされ、前例のないこの症例はいつしか、「先天性花眼病」と称されるようになった。
幼稚園時代の殆どを病院で点滴をさして過ごし、期待を胸に入学した小学校では、目にある紋様のせいでいじめを受けた。それは中学に進学しても続き、俺は遠い高校に受験し、進学した。
母親は言った。
「真人の目はいつもキレイね。その目で周りをよく見て、手を差しのべてくれる。人を見た目だけで遠ざけること程、みっともないことはないもの」
父は言った。
「真人の"それ"は立派な個性だな。きっと神様が真人を気に入って、手放したくなかったから、自分の物だって印をつけたんだろう」
姉は言った。
「いつか、私達の顔が花にみえなくなったらいって頂戴。目と目をあわせて、家族みんなで美味しいお店に行きましょう?」
ごめん、父さん。母さん。姉さん。きっとこの病気は変わることはありません。そう思っていた。
『個性』なんて都合よく言ったって、『異物』なのには変わりがないから。
「真人!?どうしたのその頭!」
入学式の前日、俺は母さん似の癖のない黒髪を、明るめの茶色に染め上げた。
「……高校デビューってやつだよ、母さん。知らない?」
なにをしても俺のこの眼は変わらない。ならせめて、それを受け入れられる環境と自分作りをしていたかった。
「あ!真人!おはよ~!」
「ねー真人なんで昨日カラオケ来てくれなかったの~?真人いないとつまんないじゃん」
「わりぃわりぃ。みんなおーっす」
高校デビューは成功し、クラスの皆は俺の"眼"を好意的に受け入れてくれている。
顔がわからない俺は、皆のことを声と名札で見分けるしかないけれど。
夕方の下校で、草に絡まって死にかけていた淡い紫の蝶々を助けて空に放ち、夜、いつものように眠りにつく。
俺の眼は、「人の顔を花としか認識させない」。でも、「鏡に映る俺本人の顔は視認される」。鏡に映る自分の眼を見る度に気分が悪くなる。何故、俺自身の顔はみれるのだろうか。何かの当て付けなのだろうか。
俺は、四方八方を煌めくガラス細工に囲まれた、黒い場所に立っていた。俺が焦点を合わせたガラス細工は、一つ一つ明かりを灯していく。
自分の手の平を見つめる。あぁ、これが明晰夢ってやつか。
そう思いながら遠くを見ると、透明な花弁をした女がこちらに手招きしていた。
俺が手招きされた女のいるところにたどり着くと、そいつは着ていた紺のワンピースの裾を摘まみ、童話のプリンセスのようなお辞儀をした。
「はじめまして。私はリコ、君は?」
俺より、二個ほど上の年齢なのだろうか。同じクラスの女子達よりも骨格が丸みを帯び、背が高い。そして、どこか憂いを帯びた瞳から大人びた印象を受けた。
「……誰?」
「ただの可愛げのあるお姉さん、ってとこかな~」
「夢にしては、リアルだよね、ここ。何処なんだろう」
空気中に手を伸ばしながら問いかけると女は、困ったように小首をかしげた。
「それが……私にもよくわからないの」
「君も、ちゃんと現実で生きているんだよね?」
「そりゃあ勿論」
自分の頬をつねる。
「ねぇ、俺の頬叩いてみてくれない?」
「……いいけど」
弾けるような音が空間に響き渡るが、痛みは感じなかった。
「不思議なこともあるものね~」
「……そうだな」
何故か俺は女と謎の空間に座り込み、背中合わせに会話を弾ませていた。
が、次第に空間に張り巡らされているラス細工の明かりが段々と消えていき始めた。
「……そろそろ、朝なのかな」
「みたいだな」
立ち上がって、後ろを振り向く。女もまた裾をはためかせながら立ち上がり、俺の目の前に歩み寄った。
「……また、会えるかしら」
「……さあ」
「君の、名前は?」
「……真人」
視界が真っ白に染まっていく。意識が目覚めていくのが分かる。
女が、少し寂しそうな表情を俺に向けていた。
「……リコ、また」
「……!えぇ!また……!!!」
目が覚めた。閉めきられていなかったカーテンから朝日が差し込む。思わず眩しさに眼を細める。
俺は思ってもみなかった。
後にその女と、毎夜会うようになるなんて。
そしてましてや、世界で一番大切な存在になるなんて。