自宅の玄関についた頃には、辺りはすっかり真っ暗になり、ほんのり明るい街灯に蝶が集まっていた。
「ただいま~」
 俺はあいつに、『あながち間違いではない』と言った。その真意は――
「「「おかえりー」」」
「おい、颯汰。俺のプリンを食べたのはお前か?」
「悪い、颯汰!あと1000円くらい欲しいゲームソフト買うのに足りなくてさ!絶対に返すから!貸してくんね?……あ、あと俺の部活のジャージ知らね?」
「颯汰にぃ!お腹空いた~!」
「……はぁ。」
 これがその答え。俺には上に大学生の凪勇(なぎさ)兄と輝斗(きらと)兄が、下には年の離れた小学6年生の太陽という弟がいる。両親は共働きのため、小さい頃から俺が兄弟の世話に追われていた。
 通学鞄と上着を椅子に無造作に置いて、腕まくりをする。
「凪勇兄のプリンは昨日の深夜に父さんと輝斗兄が食べてたよ。輝斗兄は貸しても返さないから無理。ジャージなら洗濯に出してるよ。太陽、すぐ晩飯作るから宿題してろ」
「いや、細か。……親父と輝斗、なに勝手に食ってくれてんだ」
「ちぇ、颯汰のケチ~!」
「僕、お肉が良い~」
「……肉?今から?」
 毎日毎日こいつらの対応に疲れた俺には密かな願望があった。
「……はぁ。可愛い妹なら、こんなの大歓迎なんだけどな」
 『妹という名の癒しが欲しい』。それが俺の願望。だから、あいつの言う「同類」になり得る。共通していることと言えば、『互いに兄、または妹のような甘やかし、または甘えられるような存在を欲している』こと。
 そんなことを考えながら家事を終え、スマホを手に取る。
**やっほー!元気してる~?茉莉花だよ!これからよろしくねー!**
 ラインで早速、あいつからメッセージが来ていた。俺は返事だけ即座に打って送り、ソファーにスマホを投げ捨てた。
**返事は明日。またあの河川敷で。**
**了解!!!**
 俺は癒しとなる妹のような存在を欲しており、あいつは甘えられる兄が欲しい、か。
 ――なら、選択肢は一つか。


 俺と茉莉花は次の日の放課後、またあの河川敷に来ていた。
 雲一つなく、快晴な空に、橙色が溶け込んでいた。桜は、地面に落ちきっていた。
「さて!どうかな?返事は?」
 河川敷の草原に寝転んでいた転校生が体を起こしてこっちを向いた。

「――なってやるよ。お前の兄貴に」

「……っ、ほんと!?やったぁ~!!」
 制服を草だらけにした転校生は、両手を空に大きく広げて喜んだ。
――キョーダイになるにあたって、俺らが決めたことは5つ。ルールをノートに書き記していく。

『キョーダイ同盟5ヶ条。
 1,周りの人に義兄妹ごっこをしていることを言わない。
 2,学校では、普通のクラスメートとして振る舞う。
 3,互いのことは名前で呼ぶ。(茉莉花の場合お兄ちゃん呼びも可能。)
 4,週に一度、日曜日には必ず会う。(都合がつかない場合は断念する。)
 5,"互いのことを恋愛対象として好きになってはならない。"』

「なんだこれ、キョーダイ同盟?」
「いいでしょ!」
「……ダサっ」
「ひどくない!?」
 転校生が頬を膨らませて不服そうにこっちを見つめて言う。
「……てか、やっぱ何かしら心当たりがあったんだ~。颯汰の願望は何だったのかな?」
「……男兄弟しかいなくて忙しかったから、妹のような癒しを与えてくれる存在がほしかった。それだけだ」
「ふーん?」
 転校生はまた草原に寝転んだ。ノートを俺の体に押し付ける。
「まあ、利害が一致したってことだね。ふふ。――じゃあ、これからよろしくね?お兄ちゃん?」
 いたずらに微笑んだその茉莉花の表情は、真っ赤な夕日に照らされて、眩しく思えた。
 風で地面にあった桜の花びら達が舞い、空はすっかり橙色に染まりきっていた。
「そろそろ、帰るか」
 俺は立ち上がって制服についた草を払い、帰路を歩み始める。
「あ!?待ってよ!置いてかないで~!お兄ちゃ~ん!!」
 制服を草だらけにしたままのイモウトが、俺の背中を急いで追いかけていった。