一日中、考えていた。彼女のことを。
 屋上で身を投げ出そうとしていた彼女は、今日も生きている。彼女がなにに悩み、苦しんでいたのかは俺は知らない。冷めた目をしているが、普通に学校生活を送れているようでよかった。
 そう思う反面、再び彼女がそういった悲しい行動に出てしまうのではないかと心配になる。
 隙あらば外を眺め、彼女の姿を探した。
 移動教室のときも、昼食のときも、体育のときも。ばったり会えないかと期待していた。
 だが、そんなに事が上手くいくはずもない。
 そもそもこの学校は、学年によって校舎が分かれている。よほどのきっかけがなければ、彼女に会うチャンスは訪れないだろう。
 だとすれば──

 帰りのホームルーム。一日のさよならを告げる号令がかかった直後、俺は鞄を持って猛ダッシュで校門へと向かった。
「おい、ファーマー! 廊下は走るな!」と、ガチ鬼の怒号が聞こえたが、気づかないふりをして昇降口を抜け出した。
 一年の棟は敷地内の一番奥側にあって、他学年に比べると校門から多少の距離がある。
 すでに上級生たちが下校をはじめていた。部活動の準備をする光景もチラホラ目に移る。

 彼女は、まだ帰っていないよな?
 わからないが、今日はバイトが休みだし時間ならいくらでもある。校門前で待っていれば、きっと会えるはず。
 なぜこんなにも必死になっているのか、俺自身よくわからない。
 彼女が気になる。それに、今朝助けてくれたことも礼を言いたい。
 そうだ。俺はひとこと「ありがとう」を伝えたいんだ。
 そうやって俺は、彼女に会う口実を探している。

 頭を巡らせ校門に行き着いた頃には、すっかり息が上がっていた。
 ひとまず呼吸を落ち着かせ、俺は帰路につく生徒たちを一人一人確認しはじめる。
 何人かが不思議そうな顔をしてチラチラとこちらを見てきた。中には、怪訝な表情を向けてくる輩もいる。相手と目が合ってしまったときには、やたらと気まずい空気が流れた。
 中には「こいつはなぜ赤毛に染めてやがるんだ?」と思った人もいるのかもしれない。明らかに文句がある顔をしているクセに、直接絡んではこないんだ。
 俺の赤毛が憎たらしいか? そう問いかけてやってもいいが、無駄な揉め事はやめておこう。好奇の目で見てくる輩なんて無視するが一番。
 多少のイラつきを抱えながらも、俺は彼女の姿を探し続けた。

 ──だんだん帰宅する人数が増えていく。
 同級生たちも校門にぞろぞろとやって来た。その波に紛れたクラスメイトの数人が「まだ帰らないのか、イヴァン!」と声を掛けてきたりもした。
 だが俺は、首を横に振って適当にあしらうのみ。つまらなそうに去っていく同級生たちを横目に、俺はその場から微動だにしなかった。

 人の波がピークに達した頃、一人ずつ目で追うのがさすがに難しくなってきた。前が詰まるのほどの数。下手をすれば、彼女を見失ってしまうかもしれない。
 門の隅に寄り、俺はとにかく集中して目を配る。
 十分、二十分と時が経ち、やがて人の流れは落ち着きを見せてきた。

 校庭から、運動部が盛んに活動をするかけ声が鳴り響いてくる。
 活動のない生徒たちはほとんど帰ったのだろう。校門前は再び静まり返った。

 ……ダメだ。見つからない。もしかして、見失ってしまったのか。それとも、彼女は何か部活に入っているのだろうか。
 最終下校時刻は六時。現在は、四時半。あと一時間半は待ってみるべきか。

 そこまで待つのは退屈だ、なんて思ってしまう。だが、せっかくここまで粘ったのに帰るのは惜しい。
 それに、一目でいいから彼女に会いたい。そんな想いが、たしかに俺の中に存在していた。
 退屈だっていいだろ。最後まで待ってみよう。

 その前にひと休みをしたいと、俺の喉が飲み物を欲していた。
 校内にはいくつか自販機がある。ここから一番近いのは、食堂前だったかな。二年の棟の一階にあったはず。

 まだ一度も利用したことがない食堂を目指し、迷いそうになりながらも歩みを進めた。二年の昇降口を通り過ぎ、全くひと気のない道を進む。本当にこっちであっているのだろうか。
 多少の不安を抱えながらも、とりあえず奥の方へ進むと──

「あった」

 思わずひとりごとが漏れる。
 食堂入り口のすぐ横に立つ自販機。やっと見つけたところで、俺はハッとした。

「……あれ?」

 本当の目当てはなんだったか、俺は改めて思い起こした。

 自販機の真横にあるベンチに、一人の女子生徒が座っていた。足を組み、何かの分厚い本を読みながら、ワイヤレスイヤホンを耳に当てている。
 綺麗な黒いショートボブは、西陽に照らされ、今日も一段と輝いて見えた。

 間違いなく、彼女だった。

 探しものを見つけた瞬間、俺の胸が高鳴った。勢いよくベンチの前に立ち、彼女と視線を合わせるためにサッと跪ついた。

「こんなところにいたんだね!」

 彼女がイヤホンをしていてもお構いなしに、俺はガツガツと話しかけてみせた。
 こちらの存在に気づいた彼女は、案の定というべきか、驚いたように目を見開いた。