お互いに見つめ合い、口を閉ざしながらも距離を縮める。
二週間前に会ったときよりも、彼女の顔は疲れているように見えた。けれどその瞳はすごく優しくて綺麗で。俺はあっという間に吸い込まれていった。
二人の手と手が触れ合える距離まで歩み寄ると、俺は欲に任せて彼女を抱き寄せた。か細くて華奢な体は、強くしめつけると壊れてしまいそうだ。大切に、大切に、彼女を包み込み、俺は大好きな人のぬくもりを感じた。
「イヴァン」
「うん?」
「会いたかった」
──ずるい。それは、俺が先に言う台詞だ。
「俺も。ずっとずっとサエさんに会いたかった」
俺の鼓動は、またもや早鐘を打つ。密着した体から、このドキドキは彼女へ伝わっているのだろう。
夏の暑い空気の中、俺たちの周りは更に熱さを増していく。
「体はもう平気か?」
「ええ。電話で話した通り、治療も済んだの」
そっと俺の身から放れると、彼女は自分の胸の間に右手を当てた。
「でも、この部分に大きな傷跡が残ってる……お医者さんには、完全に消えることはないと言われたわ」
無理やり笑みを作るように彼女はそう言う。胸に手を当てる手が、微かに震えていた。
また、彼女は強がっている。強がらないでほしいよ。
事件発生時の惨たらしい光景が、頭の中を過った。あんな深い傷を負ってしまったんだ。傷が塞ぐことはできても、心身ともに癒すことはできない。
どう声をかけていいのかわからず、俺は彼女の右手をそっと握りしめる。
すると、彼女は目を細めて俺の手を握り返してくれた。
暑い天候の中でも、彼女のぬくもりは心地がいい。
「あなたに謝りたいことがあるの」
「……謝りたいこと?」
「うちの親が、失礼なことを言ったみたいで」
彼女は気まずそうに苦笑する。
母親のことだろうか。そうだとしたら、俺だって謝罪しなくちゃいけない。
「サエさんが謝ることじゃないよ。むしろ、俺の方こそごめん。お母さんにすげえ失礼な態度取ったから。サエさんの友人関係について口出しするな、とか、遠くから見守った方が親として正解だ、みたいなことを言ってさ……」
「ううん、いいの。私のママ、かなり厳しくて頑固なところがあるから。友だちと遊ぶ暇があるなら、勉強しなさいって昔から言われてきたわ」
「マジか……」
「私は日本に来てからずっと友だちなんてできなかったし、あまり気にしてこなかったの。でも、今回のことがあって、イヴァンが私のママにガツンと言ってくれてすごく嬉しかったわ」
「嬉しかった? なんで……?」
今振り返ってみても、相当俺は生意気だったと思う。もっとオブラートに包むべきだったな、と今更ながら後悔している。
「ママは、イヴァンの言動に驚いていたわ。あんなにハッキリ物事を言う人が日本にいるなんてって。逆に感心してたかな? パパなんて、イヴァンの考えかたに感化してたもの」
「え? そうなのか……?」
「過保護すぎたかもって、なんだか反省してるみたいだったわ。だから、私はチャンスだと思ったの。自分の気持ちを、パパとママに生まれて初めてぶつけてみたのよ」
彼女は生き生きと語り紡いでいく。
「私の人間関係について口出ししないでって。私だって勉強だけじゃなくて、好きな人との時間も大切にしたいし、やりたいことがある。だから、ママの要望通りにはいかないかもしれないけど、文句言わないでねって伝えたの」
彼女は俺の目をみて、ハッキリとそう言い放った。
ダメだ。俺の心臓はいよいよ喉から吐き出てきそうになる。
彼女のさりげないひとことを、俺はどうしてもスルーすることができない。
「サエさん……。今、『好きな人との時間を大切にしたい』って言ったのか……?」
「ええ。言ったわよ」
「ほ、本当にっ」
あまりの緊張に、俺は言葉に詰まってしまった。
なんでこんなにテンパっているのか、自分でも意味不明だった。
彼女と手を繫いでデートをして、ハグをして、挙げ句の果てには自分の部屋に招き入れ、キスまでしたくせに。
恋愛経験ゼロの俺は、自分でも焦るツボがよくわかっていない。
固まる俺のことをキョトンと見つめる彼女は、小首を傾げながら呟くんだ。
「どうしたの……?」
「いや、だって。サエさんの、その、好きな人っていうのは誰なんだろうなって」
「……? そんなの、イヴァンのことに決まってる」
当然のように答えると、彼女は突然に背伸びをしてきた。
彼女の顔が、ぐんと近くなる。
俺は驚き、目を見開き、動けなくなった。瞬間、唇に柔らかい感触がした。
──二人の間に、無音が流れる。
セミの鳴き声や、柔道部の掛け声が響いているはずなのに、今の俺の耳には全く届いていない。
彼女と交わす、二度目のキス。それは本当に唐突なものだった。
二週間前に会ったときよりも、彼女の顔は疲れているように見えた。けれどその瞳はすごく優しくて綺麗で。俺はあっという間に吸い込まれていった。
二人の手と手が触れ合える距離まで歩み寄ると、俺は欲に任せて彼女を抱き寄せた。か細くて華奢な体は、強くしめつけると壊れてしまいそうだ。大切に、大切に、彼女を包み込み、俺は大好きな人のぬくもりを感じた。
「イヴァン」
「うん?」
「会いたかった」
──ずるい。それは、俺が先に言う台詞だ。
「俺も。ずっとずっとサエさんに会いたかった」
俺の鼓動は、またもや早鐘を打つ。密着した体から、このドキドキは彼女へ伝わっているのだろう。
夏の暑い空気の中、俺たちの周りは更に熱さを増していく。
「体はもう平気か?」
「ええ。電話で話した通り、治療も済んだの」
そっと俺の身から放れると、彼女は自分の胸の間に右手を当てた。
「でも、この部分に大きな傷跡が残ってる……お医者さんには、完全に消えることはないと言われたわ」
無理やり笑みを作るように彼女はそう言う。胸に手を当てる手が、微かに震えていた。
また、彼女は強がっている。強がらないでほしいよ。
事件発生時の惨たらしい光景が、頭の中を過った。あんな深い傷を負ってしまったんだ。傷が塞ぐことはできても、心身ともに癒すことはできない。
どう声をかけていいのかわからず、俺は彼女の右手をそっと握りしめる。
すると、彼女は目を細めて俺の手を握り返してくれた。
暑い天候の中でも、彼女のぬくもりは心地がいい。
「あなたに謝りたいことがあるの」
「……謝りたいこと?」
「うちの親が、失礼なことを言ったみたいで」
彼女は気まずそうに苦笑する。
母親のことだろうか。そうだとしたら、俺だって謝罪しなくちゃいけない。
「サエさんが謝ることじゃないよ。むしろ、俺の方こそごめん。お母さんにすげえ失礼な態度取ったから。サエさんの友人関係について口出しするな、とか、遠くから見守った方が親として正解だ、みたいなことを言ってさ……」
「ううん、いいの。私のママ、かなり厳しくて頑固なところがあるから。友だちと遊ぶ暇があるなら、勉強しなさいって昔から言われてきたわ」
「マジか……」
「私は日本に来てからずっと友だちなんてできなかったし、あまり気にしてこなかったの。でも、今回のことがあって、イヴァンが私のママにガツンと言ってくれてすごく嬉しかったわ」
「嬉しかった? なんで……?」
今振り返ってみても、相当俺は生意気だったと思う。もっとオブラートに包むべきだったな、と今更ながら後悔している。
「ママは、イヴァンの言動に驚いていたわ。あんなにハッキリ物事を言う人が日本にいるなんてって。逆に感心してたかな? パパなんて、イヴァンの考えかたに感化してたもの」
「え? そうなのか……?」
「過保護すぎたかもって、なんだか反省してるみたいだったわ。だから、私はチャンスだと思ったの。自分の気持ちを、パパとママに生まれて初めてぶつけてみたのよ」
彼女は生き生きと語り紡いでいく。
「私の人間関係について口出ししないでって。私だって勉強だけじゃなくて、好きな人との時間も大切にしたいし、やりたいことがある。だから、ママの要望通りにはいかないかもしれないけど、文句言わないでねって伝えたの」
彼女は俺の目をみて、ハッキリとそう言い放った。
ダメだ。俺の心臓はいよいよ喉から吐き出てきそうになる。
彼女のさりげないひとことを、俺はどうしてもスルーすることができない。
「サエさん……。今、『好きな人との時間を大切にしたい』って言ったのか……?」
「ええ。言ったわよ」
「ほ、本当にっ」
あまりの緊張に、俺は言葉に詰まってしまった。
なんでこんなにテンパっているのか、自分でも意味不明だった。
彼女と手を繫いでデートをして、ハグをして、挙げ句の果てには自分の部屋に招き入れ、キスまでしたくせに。
恋愛経験ゼロの俺は、自分でも焦るツボがよくわかっていない。
固まる俺のことをキョトンと見つめる彼女は、小首を傾げながら呟くんだ。
「どうしたの……?」
「いや、だって。サエさんの、その、好きな人っていうのは誰なんだろうなって」
「……? そんなの、イヴァンのことに決まってる」
当然のように答えると、彼女は突然に背伸びをしてきた。
彼女の顔が、ぐんと近くなる。
俺は驚き、目を見開き、動けなくなった。瞬間、唇に柔らかい感触がした。
──二人の間に、無音が流れる。
セミの鳴き声や、柔道部の掛け声が響いているはずなのに、今の俺の耳には全く届いていない。
彼女と交わす、二度目のキス。それは本当に唐突なものだった。