友だちどころか、俺は彼女のことをそれ以上の存在として見ている。そんなことを知られたら、余計母親に嫌厭されるんだろうな。「敵」と見なされる可能性もある。
でもそれは、大した問題じゃない。気にしている場合じゃない。
とにかく今は、彼女の無事を願う方が重要なんだ。
彼女の傷口は、かなり深かった。たとえ手術が成功したとしても、心の傷は簡単には癒せないだろう。
起きたことが非現実的で、突然訪れた悪夢のようで、思い返すだけで吐き気がした。
アカネだって、ずっと自責の念に駆られてしまっている。
正直、この先が不安で不安で仕方がない。俺たちは、立ち直ることができるのだろうか。笑顔で明日を迎えることができるのだろうか。
恐怖の感情が湧き出て、俺は今にも泣き叫びたい気持ちでいっぱいだ。
──誰も何も喋らなくなり、張り詰めた空気が漂う。外の音も一切聞こえない遮断された空間で、俺たちは手術室の扉を見つめ続けた。『手術中』のランプが点灯し、その光はいつまでも消えないんじゃないかと思うほど永い時間に感じた。
しかし、永遠に終わらないものはこの世に存在しない。
病院に到着してから何時間が経過しただろう。『手術中』のランプがパッと消え去った。数秒もしないうちに手術室の扉がゆっくりと開かれ、中から看護師と男性医師が現れた。
彼女の父親は、その場にそぐわない声量で叫んだ。
「娘は、娘はどうなりましたか!?」
あまりの大声に医者たちは驚いたように目を見張るが、冷静に答える。
「お父様ですか」
「そうです! 玉木サエの父です。こちらは妻の姜」
「ご安心ください。今は眠っていますが、娘さんは無事ですよ」
「そうですか……! ありがとうございます、ありがとうございます!」
「このあと、先生より術後についてのご説明がありますので、お父様とお母様は面会室でお待ちください」
どうぞこちらへ、と看護師に促され、父親たちはそそくさとその場をあとにした。
その光景を見て、俺も思わず足を進めた。
「あの、すみません!」
「君たちは?」
医者は首を傾げて俺たちを見やる。
「ええっと……俺たち、サエさんの友だちです。彼女に会わせてくれませんか」
「ああ。彼女に付き添ってくれた子たちだね」
「そうです」
「残念だけど、ご家族以外の面会はできないんだ」
「えっ」
「病院のルールだから。悪いけど理解してくれ」
「……そんな。ひと目だけでも」
「君の気持ちはわかるよ。後日、本人に直接連絡してあげて。かなり精神的にショックを受けているみたいだ。もちろん、君たちも自分の心のケアを忘れずにね」
医師は優しい口調でそう言ってくれるが、俺の気持ちはズタボロだ。最後の最後まで、彼女になにもしてあげることができないのか……。
「通報してくれてありがとう。もう帰っていいよ」
医者はにこりとそう言うと、俺たちの横を素通りして立ち去っていった。
再び、静寂が訪れる。
俺は何にもしてない。事件が起きて、襲われた彼女を前にして、無我夢中になって救急車を呼んだだけ。救急隊員に対して、彼女の名前も上手く伝えられなかった。玉木さんなのか、姜さんなのか迷ってしまった。誕生日も知らなければ住所もわからなかった。
後悔ばかりが俺の中に膨れ上がる。
結果的に彼女は助かったわけだが、これまでの過程を見ると、俺は充分な行動を取れていなかった。
腹の奥が、沸騰するように熱くなる。気持ち悪い熱さだ。
俺は、俺自身に激怒している。
いざというときなにもできない、弱い奴。彼女を守りたい気持ちが大きいだけじゃ、ダメなのに。
俺が落ち込む横で、アカネが小さく口を開いた。
「イヴァンくん。帰ろう」
アカネらしくない。その声は、とても低くて暗かった。
でもそれは、大した問題じゃない。気にしている場合じゃない。
とにかく今は、彼女の無事を願う方が重要なんだ。
彼女の傷口は、かなり深かった。たとえ手術が成功したとしても、心の傷は簡単には癒せないだろう。
起きたことが非現実的で、突然訪れた悪夢のようで、思い返すだけで吐き気がした。
アカネだって、ずっと自責の念に駆られてしまっている。
正直、この先が不安で不安で仕方がない。俺たちは、立ち直ることができるのだろうか。笑顔で明日を迎えることができるのだろうか。
恐怖の感情が湧き出て、俺は今にも泣き叫びたい気持ちでいっぱいだ。
──誰も何も喋らなくなり、張り詰めた空気が漂う。外の音も一切聞こえない遮断された空間で、俺たちは手術室の扉を見つめ続けた。『手術中』のランプが点灯し、その光はいつまでも消えないんじゃないかと思うほど永い時間に感じた。
しかし、永遠に終わらないものはこの世に存在しない。
病院に到着してから何時間が経過しただろう。『手術中』のランプがパッと消え去った。数秒もしないうちに手術室の扉がゆっくりと開かれ、中から看護師と男性医師が現れた。
彼女の父親は、その場にそぐわない声量で叫んだ。
「娘は、娘はどうなりましたか!?」
あまりの大声に医者たちは驚いたように目を見張るが、冷静に答える。
「お父様ですか」
「そうです! 玉木サエの父です。こちらは妻の姜」
「ご安心ください。今は眠っていますが、娘さんは無事ですよ」
「そうですか……! ありがとうございます、ありがとうございます!」
「このあと、先生より術後についてのご説明がありますので、お父様とお母様は面会室でお待ちください」
どうぞこちらへ、と看護師に促され、父親たちはそそくさとその場をあとにした。
その光景を見て、俺も思わず足を進めた。
「あの、すみません!」
「君たちは?」
医者は首を傾げて俺たちを見やる。
「ええっと……俺たち、サエさんの友だちです。彼女に会わせてくれませんか」
「ああ。彼女に付き添ってくれた子たちだね」
「そうです」
「残念だけど、ご家族以外の面会はできないんだ」
「えっ」
「病院のルールだから。悪いけど理解してくれ」
「……そんな。ひと目だけでも」
「君の気持ちはわかるよ。後日、本人に直接連絡してあげて。かなり精神的にショックを受けているみたいだ。もちろん、君たちも自分の心のケアを忘れずにね」
医師は優しい口調でそう言ってくれるが、俺の気持ちはズタボロだ。最後の最後まで、彼女になにもしてあげることができないのか……。
「通報してくれてありがとう。もう帰っていいよ」
医者はにこりとそう言うと、俺たちの横を素通りして立ち去っていった。
再び、静寂が訪れる。
俺は何にもしてない。事件が起きて、襲われた彼女を前にして、無我夢中になって救急車を呼んだだけ。救急隊員に対して、彼女の名前も上手く伝えられなかった。玉木さんなのか、姜さんなのか迷ってしまった。誕生日も知らなければ住所もわからなかった。
後悔ばかりが俺の中に膨れ上がる。
結果的に彼女は助かったわけだが、これまでの過程を見ると、俺は充分な行動を取れていなかった。
腹の奥が、沸騰するように熱くなる。気持ち悪い熱さだ。
俺は、俺自身に激怒している。
いざというときなにもできない、弱い奴。彼女を守りたい気持ちが大きいだけじゃ、ダメなのに。
俺が落ち込む横で、アカネが小さく口を開いた。
「イヴァンくん。帰ろう」
アカネらしくない。その声は、とても低くて暗かった。