予期せぬ相手の登場に、俺は固まってしまう。絡んできた三人の男たちも、口をあんぐりさせて言葉が出ない様子。
リュウジさんは俺たちを眺めながら眉を潜めた。
「なんだ、お前ら。朝から喧嘩か」
そう問われ、男たちが慌てた様子で弁解し始める。
「いや、そういうわけじゃ……。聞いてくれよリュウジ。この一年の野郎がいきなり殴りかかろうとしてきてさ」
「ちょっと話をしただけで。急にこいつがキレるから、おれらもビックリしたよ!」
耳を傾けるリュウジさんの表情は渋い。制服の上からでもわかる筋肉質な体がとにかく迫力があり、圧倒されてしまう。三人の男たちが、リュウジさんを恐れているのが見て取れる。
リュウジさんは両腕を組みながらギロッと俺を睨みつけてきた。
「どうして殴りかかろうとしたんだよ」
「この人たちが、失礼なことを言った。サエさんをバカにされて、許せなかった。ただ、それだけです」
俺のひとことに、リュウジさんの顔が歪む。
瞬時に場が凍りついた。
「違う……ジョーダンだって」
「おれらが玉木さんをバカにしたりするわけないじゃん」
「リュウジの幼なじみなんだもんな? 別に変な目で見たりもしねぇし……」
「黙れ」
強圧的な声で、リュウジさんは叫んだ。それは、悲痛な心の絶叫にも聞こえた。
男たちは涙目になりながら口を噤む。三人ともガクガク震えて、怯えたネズミのような面をしていた。
リュウジさんは肩をすくめ、首を大きく横に振る。
「厄介事は勘弁だ。お前らは二度とサエを話題にするんじゃない」
「あ、ああ……」
「無駄な揉め事もするな。わかったらさっさと行け」
「わ、わかった」
顔を見合わせ、三人は冷や汗を垂らしながらこの場から忙しなく走り去っていった。縮こまる様は、なんとも不格好だ。
リュウジさんはゆっくりと俺の前に立つと、こちらを見下ろして口を開く。
「お前、面貸せよ」
「……はい」
逃げるわけにもいかず、俺は黙って彼の後を付いていった。
リュウジさんが俺を呼び出した場所は、学校の体育館裏だった。周囲には誰もいない。誰かが来る気配もない。
相変わらずリュウジさんは怖い顔をして、俺を見下ろすんだ。
「お前なにしてんだよ。喧嘩っ早い野郎だったのか」
「いえ、そういうわけではないです」
「暴力沙汰になったら、最悪退学になるかもしれないぞ」
「……そうですね」
力なく頷く俺を眺め、リュウジさんは肩をすくめる。
「あいつが……サエがバカにされたと言っていたな?」
「……はい」
「お前、オレの忠告を無視してサエと仲良くしてるんだってな。二年の間では話が広まってる。しつこく付きまとったんだろ」
「そんな。付きまとってるのは誤解です。サエさんに声をかけて、何回か話をしただけです」
「それだけじゃないだろ」
「……」
俺は、言葉に詰まる。
もちろん、それだけじゃない。彼女と連絡先を交換したり、デートに行ったり、挙げ句の果てには家にも招いた。さすがに、そのことをバカ正直に打ち明けるなんてしたくない。
返事をする前に、俺からも質問をする権利があるはずだ。
──なぜ俺は、彼女と関わってはいけないのか。
これに関する明確な理由を聞いていないので、ずっとモヤモヤしている。ちゃんと訳を教えてほしい。
俺はリュウジさんの目をしっかりと見た。
「ひとつだけ訊いてもいいですか?」
「なんだ」
「なぜリュウジさんは、俺と彼女が関わることが許せないんです?」
我ながら意地悪な訊きかただと思った。
リュウジさんは、彼女となにか深い関係があるのだと思う。俺と彼女が親しくなるのを反対しているのは、嫉妬だったり束縛だったりする可能性だってある。
だけど、そんな理由でリュウジさんが俺を牽制するとはどうしても思えないんだ。
もっとこう、特別で複雑で、悲しい事実がある気がしてならないんだ。
「あなただけじゃありません。二年生の人たちも様子がおかしい。俺とサエさんが親しくすることに対してよくないと思っている」
俺の切実な疑問に対し、リュウジさんは目を逸らした。
「お前に訳を話す義理はない」
「そんなの納得できないです。サエさんは俺を『普通の高校生』として見てくれた。俺が声を掛けると必ず答えてくれるし、笑った顔は凄く素敵だ。これからもサエさんと仲良くしたいだけです。それがダメな理由がわかりません。ちゃんと話を聞かせてください!」
興奮のあまり、俺は一気に言葉を並べてしまった。
だが、俺の話を聞いたリュウジさんの表情が一変したんだ。
「……サエの、笑顔だと?」
さきほどまでの怒りに溢れた顔ではなくなり、驚いたような目になった。
「あいつが、笑うのか」
「……? そうですけど」
眉の間に寄せていたしわが少しずつ薄くなっていく。
「あいつの笑った顔なんて、もう何年も見ていない。信じられないな」
「え……なに言ってるんですか。サエさんと話をしていると、時々微笑んでくれますよ。とくに薔薇の話をするときの彼女は一番輝いていた。生き生きと花の魅力を語るサエさんを見て、俺も嬉しくなりました」
彼女と歩いたイングリッシュローズの庭。あの場所で、彼女と過ごした時間を思い出すと、胸が締めつけられる。
俺にもう一度目を向けると、リュウジさんは震えながらも口を開いた。
「……その話が本当なら、サエにとってお前は特別なのかもな」
「え?」
「いいか。今から話すことは他言するな。二年の奴らにもお前のクラスの奴らにも。もちろん、サエ本人にもだ。わかったか」
リュウジさんは時折、声を震わせながら彼女の「過去」を語りはじめた。それはとても複雑で、悲しい過去だった。
リュウジさんは俺たちを眺めながら眉を潜めた。
「なんだ、お前ら。朝から喧嘩か」
そう問われ、男たちが慌てた様子で弁解し始める。
「いや、そういうわけじゃ……。聞いてくれよリュウジ。この一年の野郎がいきなり殴りかかろうとしてきてさ」
「ちょっと話をしただけで。急にこいつがキレるから、おれらもビックリしたよ!」
耳を傾けるリュウジさんの表情は渋い。制服の上からでもわかる筋肉質な体がとにかく迫力があり、圧倒されてしまう。三人の男たちが、リュウジさんを恐れているのが見て取れる。
リュウジさんは両腕を組みながらギロッと俺を睨みつけてきた。
「どうして殴りかかろうとしたんだよ」
「この人たちが、失礼なことを言った。サエさんをバカにされて、許せなかった。ただ、それだけです」
俺のひとことに、リュウジさんの顔が歪む。
瞬時に場が凍りついた。
「違う……ジョーダンだって」
「おれらが玉木さんをバカにしたりするわけないじゃん」
「リュウジの幼なじみなんだもんな? 別に変な目で見たりもしねぇし……」
「黙れ」
強圧的な声で、リュウジさんは叫んだ。それは、悲痛な心の絶叫にも聞こえた。
男たちは涙目になりながら口を噤む。三人ともガクガク震えて、怯えたネズミのような面をしていた。
リュウジさんは肩をすくめ、首を大きく横に振る。
「厄介事は勘弁だ。お前らは二度とサエを話題にするんじゃない」
「あ、ああ……」
「無駄な揉め事もするな。わかったらさっさと行け」
「わ、わかった」
顔を見合わせ、三人は冷や汗を垂らしながらこの場から忙しなく走り去っていった。縮こまる様は、なんとも不格好だ。
リュウジさんはゆっくりと俺の前に立つと、こちらを見下ろして口を開く。
「お前、面貸せよ」
「……はい」
逃げるわけにもいかず、俺は黙って彼の後を付いていった。
リュウジさんが俺を呼び出した場所は、学校の体育館裏だった。周囲には誰もいない。誰かが来る気配もない。
相変わらずリュウジさんは怖い顔をして、俺を見下ろすんだ。
「お前なにしてんだよ。喧嘩っ早い野郎だったのか」
「いえ、そういうわけではないです」
「暴力沙汰になったら、最悪退学になるかもしれないぞ」
「……そうですね」
力なく頷く俺を眺め、リュウジさんは肩をすくめる。
「あいつが……サエがバカにされたと言っていたな?」
「……はい」
「お前、オレの忠告を無視してサエと仲良くしてるんだってな。二年の間では話が広まってる。しつこく付きまとったんだろ」
「そんな。付きまとってるのは誤解です。サエさんに声をかけて、何回か話をしただけです」
「それだけじゃないだろ」
「……」
俺は、言葉に詰まる。
もちろん、それだけじゃない。彼女と連絡先を交換したり、デートに行ったり、挙げ句の果てには家にも招いた。さすがに、そのことをバカ正直に打ち明けるなんてしたくない。
返事をする前に、俺からも質問をする権利があるはずだ。
──なぜ俺は、彼女と関わってはいけないのか。
これに関する明確な理由を聞いていないので、ずっとモヤモヤしている。ちゃんと訳を教えてほしい。
俺はリュウジさんの目をしっかりと見た。
「ひとつだけ訊いてもいいですか?」
「なんだ」
「なぜリュウジさんは、俺と彼女が関わることが許せないんです?」
我ながら意地悪な訊きかただと思った。
リュウジさんは、彼女となにか深い関係があるのだと思う。俺と彼女が親しくなるのを反対しているのは、嫉妬だったり束縛だったりする可能性だってある。
だけど、そんな理由でリュウジさんが俺を牽制するとはどうしても思えないんだ。
もっとこう、特別で複雑で、悲しい事実がある気がしてならないんだ。
「あなただけじゃありません。二年生の人たちも様子がおかしい。俺とサエさんが親しくすることに対してよくないと思っている」
俺の切実な疑問に対し、リュウジさんは目を逸らした。
「お前に訳を話す義理はない」
「そんなの納得できないです。サエさんは俺を『普通の高校生』として見てくれた。俺が声を掛けると必ず答えてくれるし、笑った顔は凄く素敵だ。これからもサエさんと仲良くしたいだけです。それがダメな理由がわかりません。ちゃんと話を聞かせてください!」
興奮のあまり、俺は一気に言葉を並べてしまった。
だが、俺の話を聞いたリュウジさんの表情が一変したんだ。
「……サエの、笑顔だと?」
さきほどまでの怒りに溢れた顔ではなくなり、驚いたような目になった。
「あいつが、笑うのか」
「……? そうですけど」
眉の間に寄せていたしわが少しずつ薄くなっていく。
「あいつの笑った顔なんて、もう何年も見ていない。信じられないな」
「え……なに言ってるんですか。サエさんと話をしていると、時々微笑んでくれますよ。とくに薔薇の話をするときの彼女は一番輝いていた。生き生きと花の魅力を語るサエさんを見て、俺も嬉しくなりました」
彼女と歩いたイングリッシュローズの庭。あの場所で、彼女と過ごした時間を思い出すと、胸が締めつけられる。
俺にもう一度目を向けると、リュウジさんは震えながらも口を開いた。
「……その話が本当なら、サエにとってお前は特別なのかもな」
「え?」
「いいか。今から話すことは他言するな。二年の奴らにもお前のクラスの奴らにも。もちろん、サエ本人にもだ。わかったか」
リュウジさんは時折、声を震わせながら彼女の「過去」を語りはじめた。それはとても複雑で、悲しい過去だった。