あれから、十日が経つ。
 二人で出かけた日以来、校内で一度も彼女とすれ違わなくなった。放課後に食堂前のベンチを訪れてみても一切姿を現さない。
 最初の数日間は彼女は体調不良で学校を休んでいるのだな、と思った。だが、日が経つにつれてそれは違う可能性を俺は考えはじめる。

 こんなにも会えなくなるなんて、さすがにおかしい。

 マニーカフェにも顔を出してくれなくなった。おまけに、俺がメッセージを送っても返事がこなくなった。
 だから俺は気づいた。彼女に避けられているんだと。

 俺は諦めの悪い男だ。彼女に「関わるな」と言われても納得できない。あの言葉の裏には、なにかがある。彼女の本心とは到底思えなかった。

 俺が悶々としていても、日常は容赦なく流れていく。
 いつものように朝目覚め、学校へ行く支度をしてから家を出た。ぼんやりしながら自転車に乗って学校を目指す。

 なんの代わり映えのない通学路。日に日に色のない背景に変わっていった。それほど、この日常の風景がどうでもいいものに感じた。
 どうしても、気分が晴れないんだ。母やクラスメイトたちに「最近、元気がない」などと指摘されるくらい、俺は落ち込んでいた。
 彼女の件で悩んでいるなんてこと、誰にも相談できるはずもなく一人で抱え込んでいた。考えては落ち込み、また考えて落ち込むことを繰り返してばかり。

 彼女と会いたい。話がしたい。だが、連絡も一切つかない。このままでは解決の糸口は見つからない。

「はぁ」

 大きなため息が漏れる。
 喉が渇いたな。途中のコンビニでなにか飲み物でも買おう。
 通りかかった店の前に自転車を停め、店内へ向かう。だが入口を見ると、三人の男子学生たちがドア前を塞ぐ形でお喋りに夢中になっているのが目に映る。三人とも、村高の制服を着ていた。

 ……邪魔だな。

 多少イラッとしながらも、俺は柔らかい口調で三人に注意をする。

「すみません。そこ、通らせてください」
「おっと。悪ぃ」

 三人は俺の存在に気づくと、すぐさま入口を開けた。

「どうも」と言って、俺がコンビニへ入ろうとしたときだった。
 一人の男子が、俺の顔をぐいっと覗き込んでくるんだ。

「あれ? あんた、もしかして」

 なぜかニヤニヤしながら俺を見てくる。面識のない人だ。

「最近、噂になってる奴じゃん」

 ……噂? なんのことだ?
 見知らぬ相手にわけのわからないことを言われ、俺は首をひねる。
 面倒臭い相手に絡まれたことには違いないので、俺は適当にあしらおうとした。

「なんのことか知りませんけど、人違いだと思いますよ」

 俺が首を振っても、聞き入れてくれない。さらに他の二人も俺の顔をジロジロ見てきては、一斉に喋り出す。

「わっ。ガチじゃん!」
「お前が玉木と仲良くしてる例の一年か」

 ……玉木。その名前を聞いて、俺の心拍が一気に早くなる。
 サエさんのことを言ってるのか。噂って、そんなに話が広まってるのかよ?
 というか、別に俺が誰と親しくなろうが関係ないだろ。どうして突っかかってくるんだ、この人たちは。

「なんか問題あります?」

 無表情で俺が問いかけると、三人はギャハハと笑った。なにが面白いのか、全くもって意味不明。

「いいよなぁ、あんた。玉木って超美人じゃん。おれらにはすげぇ冷たいのになー」
「そうそう。スタイルもめちゃくちゃいいだろ? 入学当時は玉木を狙ってた奴、結構いたんだけどな、あんなんだから誰も落とせなくて」
「付き合えなくてもいいから、一回くらいヤらせてくれたらいいのにな! どんな野郎が近寄ってもフルシカトするんだぞ? ガード固すぎだろ!」

 面白おかしく話す三人を前に、俺の全身がカッと熱くなった。

 ……なんだよ、こいつら。ふざけてるのか?

 下品な話をする奴らに虫酸が走る。
 俺が震えるそばで、男たちの妄言は止まることを知らない。

「あいつ、美人なのに暗いからホントもったいないよなぁ。付き合うどころか友だちにもなれねぇわ」
「お前、一年のクセして凄いよな。よくあの玉木を落とせたよな。付き合ってんだろ?」
「どうなんだ。もうヤッたのか? やっぱりすげえのか」

 そう言われた瞬間、俺の中でなにかの糸がぶち切れた。拳を強く握りしめ、三人の下衆どもを睨みつけた。

「あんたら、バカにしてんのか」

 自分でも聞いたことのないほどの低い声だった。
 俺の態度が豹変したことに、三人は一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐに睨みをきかせてくる。

「……あ? なんだよ、一年」
「文句あるのか」

 三人は俺に詰め寄ってくる。だが、俺は怒りと苛立ちで恐怖心を忘れてしまっていた。

「二度とサエさんをバカにするな!!」

 怒りにまかせて、俺は一人の男の胸ぐらを掴んだ。自制が効かなかった。

 全員、ぶっ飛ばしてやる!

 俺は握り拳を高く挙げた。思いっきり男の頬を殴ろうとした──その瞬間。

「やめろ」

 背後から、怒気のこもったテノール声が聞こえてきた。

 この声は……

 ハッとして振り返ると、俺たちの後ろには見覚えのある大男が立っていた。鋭い目つきをこちらに向けて、呆れたような顔をしているんだ。

 彼を前に、俺の怒りの感情は瞬時に消え失せる。
 下衆男の胸ぐらをパッと放し、俺は大男に体を向けた。

「……リュウジさん」

 俺が小さく名を呟くと、リュウジさんは大きなため息を吐いた。