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時折、君の瞳は切なさで埋もれる。
なんとなく気づいていた。だけど、訊いてはいけない気がして。君に問いかけられずにいた。
いつも冷静で冷淡な表情をしているけれど、本当の君は心が繊細なんじゃないかな。
辛くなったら、一人で悩まないで。その胸に抱えている気持ちを、吐き出してくれないか。
君のことをもっと知りたい。教えてほしい。話してほしい。
こんな俺なんかじゃ、頼りないと思われるかもしれないけれど。
俺たちは、似ているところがある。君の気持ちも、少しは理解できると思う。
だから、もしできたら、少しずつでもいい、心を開いてはくれないか。
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昨夜は眠れなかった。深夜遅くまでスマートフォンと睨み合っていたからだ。
と言ってもSNSで無駄な時間を過ごしていたわけじゃないし、動画を見て暇を潰していたわけでもない。
ずっと待っていたんだ。彼女からの連絡を。
でも、結局なんの音沙汰もなかった。
なにがあったんだろう。まさか、事故に遭ったのか。それとも、悪い奴に攫われたりしたのか……。色々と考えてしまい、悪い方向ばかり転んでしまった。
不審者情報の通知が届いていないか何度もチェックした。事故や事件の速報が入っていないかも、確認しまくった。
これといったニュースはなくて、どうしたものかと落ち込む。
いつもより一時間早く起きて、家を出る準備をはじめた。
出発する前に、せめて紅茶だけでも飲んでいこう。そう思い、リビングへ行くと──
「イヴァンか。今朝はずいぶん、早いな」
スーツ姿の父が、優雅にホットティーを飲んでいた。
昨日は帰宅しても父とは一切会話を交わさなかった。面倒なやり取りは極力したくないんだ。
紅茶なんて、どうでもよくなる。すぐにでも家を出よう。
「学校行ってくる」
踵を返し、さっさと玄関へ駆け込む。「昨日の話、まだ何も解決していないからな!」と、騒ぐ父の声が聞こえたが無視した。
そんなことを話し合っている暇はない。そもそもまだ俺は答えを出していないんだ。
鞄を肩にかけ、家を飛び出した。
今日は、曇り空が広がっている。
蒸した通学路を自転車で駆け出し、学校に到着したのは八時前。いつもより三十分も早く到着した。この時間、生徒の数はまばらだ。
どうする? このまま校門の前で彼女を待ってみようか? それとも、二年の教室まで行ってみるか? さすがにクラスへ押しかけたら迷惑かな。
あれこれ悩み、俺は自転車に跨がりながら動けなくなってしまう。
こんなことなら連絡先を教えるだけじゃなく、俺も彼女のIDを登録させてもらえばよかった。
一人で後悔していると、額にポツリと冷たさを感じた。
「あ……」
空を見上げると、どんより雲から小さな雫が落ちてきた。
雨が髪を濡らし、制服に染み込み、地面を叩く。
このタイミングで雨か。校門で待つのはやめた方がよさそう。
自転車を押して駐輪場へと向かう。この数秒の間に、雨はどんどん強くなっていった。
天気予報なんてろくにチェックしないから、俺はこの雨がいつ止むのかも知らない。
だが、時間はまだまだある。俺は一年の昇降口で上履きに履き替え、自分の教室には寄らずに二年の棟へと直行した。
一年の棟からは、二階に上がって南側の廊下を辿ればいい。彼女のクラスは六組だから、三階にあるはずだ。
わざわざ教室まで行ったら、彼女には迷惑がられるかもしれない。もし文句を言われたら、昨日メッセージをくれなかったから心配したと伝えてやろう。
彼女が元気なことが確認できればそれでいい。
二年六組の教室前に行き着いた。二年生もまだ数人しか登校してきていない。
チラッと室内を覗くと、後ろの席の方で大柄な男たちが三人ほど固まっているのが目に入る。彼らは柔道着を身に纏っていた。これから部活動の朝練だろうか。
それにしても、ガタイがいい。柔道着の上からでも筋肉質なのがよくわかる。
俺が教室前でウロウロしているのが気になったのだろう、一人の大男が突然席を立ち上がり、廊下に出てきた。彼の帯は黒色である。
「おい」
テノール音が廊下に響き渡った。あまりの迫力に、全身がビクッと跳ねる。
「うちのクラスになんか用か?」
「……あっ。いや、その」
黒帯の男はこちらへにじり寄ると、俺の目の前でぴたりと足を止めた。背丈は俺の頭半分くらい大きい。百九十はありそうだ。
「友人を、探しまして」
「誰だ」
「このクラスに、玉木サエさんという人がいますよね」
「……ああっ?」
黒帯男は、眉間にしわを寄せた。
「おめぇ、どこのクラスだ。名前は?」
圧のかかった口調。こんな巨体に見下ろされては、変に逆らえない。
固唾を呑み、俺は正直に答える。
「イヴァン・フォーマーと言います。一年一組の……」
「一年だと? サエになんの用だ」
「えっ」
……サエ? 下の名前を呼び捨てにするなんてずいぶんと馴れ馴れしいんだな。
なんて、俺が言える口ではないか。
彼は彼女と同じクラスなんだ。同級生なら、親しくなるのも不思議ではない。
そう思いつつも、この人と彼女はどういう関係なのか気になってしまう。言い草からして「ただのクラスメイト」という感じはしない。
疑問に思っていても、威圧感たっぷりの黒帯男に気安く質問する勇気なんて俺にはなかった。下手したらひねり潰されるかも。
「彼女から、連絡がなくて」
「は?」
「いや、その……昨日家に着いたら教えてくれると約束していたのに、なんの音沙汰もなくて心配なんです」
「なに言ってんだ、お前は」
「その……俺、彼女のIDを知らないんですよ」
……あっ。今のは言わなくてよかったかも。客観的に見ると、俺の言ってることは意味不明だ。
黒帯男は怪しむような目を俺に向けてきた。眉の間のしわが、更に深くなっている。
「おーい、リュウジ!」
「なにしてるんだよ。朝練の時間なくなるぞ!」
俺たちがやり取りをしていたさなか、教室から男子たちの声がした。黒帯男の仲間のようだ。
彼はため息を吐き、教室の方を振り向く。
「今行く」
拳を握りしめ、低い声で俺にこんな警告をしてきた。
「一年の野郎がサエとなんの関係があるのか知らないが、あいつに気安く近づくな」
「……え?」
「サエを傷つけたら、容赦しないぞ」
その発言に、全身が凍りついた。
傷つけたらって。どういう意味だよ……? なんでそんな風に言われなきゃならないんだ。
俺は、ただ彼女と──
そこまで頭の中で嘆いたところで、俺は続きの言葉を並べられなくなった。
俺は、彼女のなんなんだろう。部活の先輩後輩でもないし、学年だって違う。強いて言うなら、マニーカフェの店員とお客さんという関係だ。
所詮、俺は彼女にとってなんでもない存在なんだ。
現実を突きつけられた気分に陥る。虚しさの針が、俺の心を容赦なく傷つけた。