関さんは颯爽とカウンター内に戻ってきた。列に並ぶお客さんたちの対応を、何事もなかったようにこなしていく様がなんとも頼もしい。
俺はすっかり刺激されていた。さっきまでの萎えていた気持ちなんか忘れるほどに。
雑念を捨てよう。関さんに倣って、俺も丁寧な対応を心がけるんだ。
次々に来店してくるお客さんたちのオーダーを受け、商品をお渡ししていると時間があっという間に過ぎた。列がひと段落ついたとき、俺は隣に立つ関さんに目を向ける。
普段は目つきが悪く無愛想な関さんは、接客モードに入ると柔らかい表情になる。今さらそのことに気づいた俺は、改めて称賛したくなった。
「すごいですね、関さん」
「あっ? なにがだ」
「素晴らしい対応でしたよ。車椅子のお客さんに対しても」
「はぁ? 当たり前だろ。言ったじゃねぇか。どんな客にも公平に接しろと」
特別なことなんてなにもしてねぇ、と呟く関さんの顔が、ほんの少しだけ綻んだ。そんな言動さえ格好いい。
「すごい自然でしたね。なんていうか、手慣れてる感じがしました」
俺が感心していると、隣で関さんがふと笑った。それから、穏やかに語りはじめるんだ。
「オレの古い友人に、少しだけ足が不自由な奴がいてな。なにかあれば、学校で手助けしてたんだ。そいつはいつも前向きでいい奴で……。オレは将来、そんな奴らの支えになりたくて介護士を目指してるんだ。手慣れてるというよりも、体が勝手に動くと言った方が正しいな」
聞いたこともないほど、あたたかみのある口調だった。関さんって、こんなにも優しい声を持っていたのか。
驚きと共に、初めて関さんの夢を知り、俺は心の奥がじんわりとあたたかくなる。
「立派な夢があるんですね」
「意外だろ?」
「いいえ……。あっ。いや、正直言うとかなり意外でした」
「おいこら。ちょっとは気遣え」
「すみません。でも、本当に素敵な話だと思いました。俺は……将来の夢がありません。目指してるものもないですから、大きな志がある関さんを尊敬します」
恥ずかしさを誤魔化すように、俺は渇いた声で笑ってみせた。
関さんはこんな俺をなんとも言えない表情で睨むと、静かに口を開く。
「お前はまだ若い。焦らなくても、夢がほしけりゃこれからいくらでも見つけられる」
「えーっと。関さん。俺たち五歳しか違わないんですが……?」
「オレにとって高校生なんてクソガキだよ」
クソは余計ですよ! と俺が言うと、関さんは茶化すように鼻で笑う。
それから真面目な顔になって、俺にこんな言葉を向けた。
「案外、きっかけなんて近くに転がってるもんだ。それに気づいたら、なりたい自分を目指せばいい」
今まで俺は、関さんはただの怖い先輩だと思っていた。でも、それは全然違った。根は優しくてすごく真面目な人なんだと気づかされた。
関さんからもらった言葉は、今の俺にはなかなか実感が湧かない。でも、いつか理解できるときがくるかもしれない。きっと忘れないでおこう。
これ以上の私語は慎め、と言いながら、関さんはその後も丁寧な接客を続けた。オフのときには決して見せない、親しみのある笑顔。このギャップが、一層関さんのよさを出していると俺は思った。
──午後四時。客足が落ち着き、店内は再びまったりとした時間が流れる。
バイトが終わるまで、残り一時間。ラストまでの時間の流れが、いつも遅く感じるんだよな。
カウンターに立ちながら、帰りは寄り道でもするか、などと考えていた、そんなときだ。
「──今日も頑張ってるみたいね?」
聞き覚えのある綺麗な声がした。お客さんの顔を確認し、俺は思わず「あっ」と声を漏らす。
「サエさん!」
カウンター越しに、私服姿の彼女が現れたんだ。
俺はすっかり刺激されていた。さっきまでの萎えていた気持ちなんか忘れるほどに。
雑念を捨てよう。関さんに倣って、俺も丁寧な対応を心がけるんだ。
次々に来店してくるお客さんたちのオーダーを受け、商品をお渡ししていると時間があっという間に過ぎた。列がひと段落ついたとき、俺は隣に立つ関さんに目を向ける。
普段は目つきが悪く無愛想な関さんは、接客モードに入ると柔らかい表情になる。今さらそのことに気づいた俺は、改めて称賛したくなった。
「すごいですね、関さん」
「あっ? なにがだ」
「素晴らしい対応でしたよ。車椅子のお客さんに対しても」
「はぁ? 当たり前だろ。言ったじゃねぇか。どんな客にも公平に接しろと」
特別なことなんてなにもしてねぇ、と呟く関さんの顔が、ほんの少しだけ綻んだ。そんな言動さえ格好いい。
「すごい自然でしたね。なんていうか、手慣れてる感じがしました」
俺が感心していると、隣で関さんがふと笑った。それから、穏やかに語りはじめるんだ。
「オレの古い友人に、少しだけ足が不自由な奴がいてな。なにかあれば、学校で手助けしてたんだ。そいつはいつも前向きでいい奴で……。オレは将来、そんな奴らの支えになりたくて介護士を目指してるんだ。手慣れてるというよりも、体が勝手に動くと言った方が正しいな」
聞いたこともないほど、あたたかみのある口調だった。関さんって、こんなにも優しい声を持っていたのか。
驚きと共に、初めて関さんの夢を知り、俺は心の奥がじんわりとあたたかくなる。
「立派な夢があるんですね」
「意外だろ?」
「いいえ……。あっ。いや、正直言うとかなり意外でした」
「おいこら。ちょっとは気遣え」
「すみません。でも、本当に素敵な話だと思いました。俺は……将来の夢がありません。目指してるものもないですから、大きな志がある関さんを尊敬します」
恥ずかしさを誤魔化すように、俺は渇いた声で笑ってみせた。
関さんはこんな俺をなんとも言えない表情で睨むと、静かに口を開く。
「お前はまだ若い。焦らなくても、夢がほしけりゃこれからいくらでも見つけられる」
「えーっと。関さん。俺たち五歳しか違わないんですが……?」
「オレにとって高校生なんてクソガキだよ」
クソは余計ですよ! と俺が言うと、関さんは茶化すように鼻で笑う。
それから真面目な顔になって、俺にこんな言葉を向けた。
「案外、きっかけなんて近くに転がってるもんだ。それに気づいたら、なりたい自分を目指せばいい」
今まで俺は、関さんはただの怖い先輩だと思っていた。でも、それは全然違った。根は優しくてすごく真面目な人なんだと気づかされた。
関さんからもらった言葉は、今の俺にはなかなか実感が湧かない。でも、いつか理解できるときがくるかもしれない。きっと忘れないでおこう。
これ以上の私語は慎め、と言いながら、関さんはその後も丁寧な接客を続けた。オフのときには決して見せない、親しみのある笑顔。このギャップが、一層関さんのよさを出していると俺は思った。
──午後四時。客足が落ち着き、店内は再びまったりとした時間が流れる。
バイトが終わるまで、残り一時間。ラストまでの時間の流れが、いつも遅く感じるんだよな。
カウンターに立ちながら、帰りは寄り道でもするか、などと考えていた、そんなときだ。
「──今日も頑張ってるみたいね?」
聞き覚えのある綺麗な声がした。お客さんの顔を確認し、俺は思わず「あっ」と声を漏らす。
「サエさん!」
カウンター越しに、私服姿の彼女が現れたんだ。