拝啓  茜へ

この手紙を読んでいる頃には、もう僕はこの世界にいないと思います。

話したり、笑いあったり、遊びに行ったりした時間が僕にとってはかけがえのない宝物で、自分が病気でいることさえ忘れてしまうほどに楽しい毎日でした。

この手紙は茜を傷つけてしまうかもしれないけど、最後まで読んでほしい。

それが僕の最初の願いです。

僕も茜とのたくさんの思い出は順を追って言わないと、ぐちゃぐちゃになってしまうから、茜と会った日から書きます。

茜と最初に会った日。

あの頃の僕は孤独で同じ毎日を過ごしていました。

はじめは本当にこんなところに来るのは電車で寝過ごしただけかと思っていたけど、茜は何度も僕のところにやってきて、話しかけてくれて。

ずっと一緒に居られないのは初めからわかっていたから、冷たい態度を取っていればもう来なくなる。

そう思っていたけど、僕に誰かと一緒に居る幸せを諦めさせてくれませんでした。

茜と話していくたびに、僕の周りを覆っていた殻を少しずつはがされていくような心地で、茜と過ごす時間を積み重ねるうちに、もう茜がいない毎日に戻るのが怖くなりました。

茜と過ごすことが茜を傷つけるって知っていたのに、止めることができなかった。



「ずっと一緒に居られないのは初めからわかっていた……そういえば蒼生のお母さんも、蒼生は昔から体が弱かったって」

(この便箋全部が蒼生の思い……)

 読むと決心がついていたはずなのに、この先を読み進めていくのが少し怖くなる。

 それでもゆっくりとつづきを読む。



茜がカメラを持ってきた日。

写真を撮ることが好きなんだなって、好きなことがある茜がうらやましかった。

ある日、茜に「相変わらずここにいるんだね」って言われた時は、そうだよねって正直思いました。

茜は学校がない日しか来ていないと思うけど、僕は何もなければあの神社に行っていたから。

同じ時間の電車に乗って、神社に来てもひとりぼっちで、同じ景色を見ながら時間が過ぎていく毎日に飽きていたのも事実。

そんな時に、茜は僕が同じだと思って過ごしている毎日も見方を変えるだけで同じということはないっていうことを教えてくれました。

僕と話している茜は、僕が憧れるようないわゆるキラキラした学生だと勝手に思っていたけど、少し勇気を出して自分のことを離したら茜も同じような思いをしていたこともわかった。

その時僕の中では、人と関わる前から自分のことを言い訳にして、相手のことを知ろうともしなかった僕が成長した瞬間だった。

でも、ここには何度も来ているけど海に入るのは初めてだったから内心ワクワクしているときに、カメラのシャッター音が聞こえた。

後ろを振り返ったら茜がカメラを構えていたから一瞬びっくりしたけど、茜が写真を見せてくれた時、僕はこんなに楽しそうにしていたんだって思った。

写真を見せてくれた時の茜の表情が忘れられなかった。

すごく楽しそうで嬉しそうで、見ているこっちも笑顔になるようなそんな感じで。

でも、写真も撮ってもらう代わりに、僕がしたいことに付き合ってもらうとかわがままばかりでごめん。

茜と夏祭りに行った時、



『お母さん、急なんだけど、家に浴衣ってあったりする?なかったら、別にいいんだけど』

今まで、こんなお願いなんてしたことがなかったから、お母さんは驚いた顔をしていた。

『そうね、小さいときのはもう捨てちゃったから……いとこに電話してみるわね』

『いや、いいよ、そこまでしなくても』

『お母さんが準備したいの』

電話をかけて10分ほど話していた。明日家まで持ってきてくれることになったらしい。

お母さんはやけに明るくて、夏祭り行く日も嬉しそうに浴衣の着付けをしてくれた。

『はい、できた!どこまで送ろうか?』

『夕日丘駅まで、18時に待ち合わせしてるから』

『わかった。まだ時間は早いから間に合うと思うけど』

早速、車で向かったが夏休みということもあり、思ったより道は渋滞していた。刻一刻と待ち合わせの時間が迫っていた。

『道混んでるわね、間に合うかしら……』

茜に連絡をしようとスマホを開くが、まだ連絡先を交換していないことに気づいた。

(送れないじゃん)

夕日丘駅に着いたのは18時になっていて、これから電車に乗らなければいけなかった。

車から降りるときにお母さんが言う。

『終わるころに連絡しなさいよ。また迎えに行くから』

『わかった。ありがとう』



いきなり遅刻しちゃってごめん。

あの時はかわいいって咄嗟に口から言葉が出てしまった。

それをうまく伝えられなくてごまかす感じになってしまったけど、本当は茜がかわいいって言いたかった。

いろいろな屋台を回って、たくさん食べて、茜と海で遊んだときみたいにすごく楽しかった。

初めて射的をやったけど、茜が髪飾りが欲しいって言ったから頑張ってみたけど、茜がいる前では落とすことができなかった。

でも、花火が始まるまでは時間があったからトイレに行く口実でもう一度射的をやった屋台に向かったんだ。



『あれっ?さっきの?』

『すみません、もう1回やらせてください』

『はいよ』

頑張って狙ってみたけど、やっぱり取れそうにもなかった。

(そういえば、あと花火始まるまで20分くらいって言ってたよな。お母さんに連絡しないと)

『あと20分で花火が始まるらしい』

すぐに既読がついた。

『じゃあそろそろ準備して迎えに行くね。夕日丘駅でいいのかしら?』

『いや、桜台駅のロータリーで』

『わかった。楽しんできてね』

台の上に体を乗せ、できる限り体を前に出して狙っていたが髪飾りの横をかすめたり、当たったりするものの落ちそうになかった。

『これを狙っているのかい?』

『あ、はい』

『いいね、青春だね』

そう言って、髪飾りを少し後ろにずらして取りやすくしてくれた。

(まぁ、これで取れなかったら諦めよう。トイレに行くとしか言ってないから遅いと心配させる)

代金を渡し、コルクをもらう。ねらい打っている間に、あっという間にお皿にはコルクは1つしか残っていなかった。

(これで最後……よしっ)

パシュッ

引き金を引くと、髪飾りは後ろに落ちた。

『やった……』

『はい、これ』

『ありがとうございます!』



茜の誕生日だから何かあげたくて、夏祭りの日を迎えるまでにいろいろプレゼントを考えていたんだけど、なかなか決めることができなくて……。

でも、茜の喜ぶ顔が見たい一心で頑張って取ったものだから、大切にしてくれていると嬉しいな。

花火を見るまでに長い階段を上るのは大変だったけど、茜と一緒に見た花火はすごくきれいだった。

花火を見ているときは、この時間が終わって欲しくない、このまま時間が止まってしまえばって思った。

この瞬間が終わってしまうと思うと悲しくて、それは花火も同じで散ってしまうと人は途端に興味がなくなってしまう。

こんなにも美しいのに儚さも持っている。それが自分と重なって涙が出そうだった。

溢れる寸前でこらえるので精いっぱいだった。

茜がカメラを構えているのはうっすら見えていたけど、その瞬間すらも残しておきたかった。

僕がこの美しい景色をしっかりと、この目で見ていたという証拠がほしかったんだ。

僕がその証拠を見ることができなくなっても、誰かに覚えていてほしかった。

茜と一緒に居る時間が増えてから何も持って帰らない、そう誓っていたんだけど、夏祭りが終わった後でもこの思い出に浸っていたかった。

文化祭の少し前に茜と会ったときに神社にいなかった理由は、まだこの手紙を書いている段階では伝えられないから後で書きます。

次に文化祭のことだけど、茜のヒーローになるとかカッコつけて言ったけど、大勢の人の前で彼氏宣言するのはさすがに恥ずかしかった。

文化祭前に海で会ったとき、あまり来てほしくない感じだったから、押しかけたら迷惑かなって思ったけど、文化祭がどんな感じか気になって。

ゲームをやったり、食べ歩きしたり初めて学校が楽しいって思えたかも。

僕1人では文化祭もきっと楽しくなかったと思うし、経験することもなかったと思うから本当にありがとう。

クリスマスもそうだけど、茜と一緒に居ると楽しくて、あっという間に時間が過ぎて1日ってこんなに短かったんだって何度も実感して。