そして、蒼生の気持ちをうまく整理できないまま大学生になった。
真由香ちゃんとは連絡を取っているものの大学は違うため、頻繁に会うこともできない。また、1人だった頃に逆戻りしてしまった。
(そういえばこの前蒼生の家に行った時、最後に蒼生のお母さんが渡してくれたカメラの意味ってどういうことだったんだろう?)
『蒼生から伝えられたのよ。もし、茜さんが自分のことで泣いていたら、カメラを見せれば大丈夫だって』
まだその理由は理解できずにいた。
大学では、自分で履修を組んで高校までの生活とは違った自由な学校生活を送ることができると期待していた。授業が始まるまでは何日かあり、明日からの2日間は、朝からロビーや教室でサークル勧誘と説明会が行われるとオリエンテーションの時に説明された。
小学校で全員何かの委員会に入らなければいけなかったことを除いて、今まで部活や委員会には入っていなかった。
サークルに入る気は起らなかったが、なにか自分のやりたいことが見つかるかもしれないと思い、一応行ってみることにした。
校内のどこを歩いていてもチラシを配っている人たちが大勢いて、それを避けては通ることができないため、私も断りながらひたすら歩いていた。
(やっぱり、来なくてもよかったかも)
すると、下を向きながら歩いている私の視界に1枚のチラシを持った手が飛び込んできた。
目に飛び込んできたのは"写真サークル"という文字だった。入るか入らないかはまた後で考えるとして、ひとまず受け取り帰路についた。
家に着いて、リビングでそのチラシを眺めていた。気にはなるが、人と関わらなければいけないことを考えると荷が重かった。
毎回こんなことを理由に逃げて続けている自分にも嫌になってくる。
現に、蒼生や真由香ちゃんと会って、人は必ずしも信頼できない人じゃないってわかったはずなのに。何か行動を起こすための一歩を踏み出す勇気はとてつもなく高い壁だった。
(でも、将来やりたいことに少しでも選択肢が増えるなら、入ってみてもいいのかも……蒼生が言っていた。当たって砕けろ精神?だっけ)
今までの私は、ずっと殻に閉じこもって人と関わるのを遮断してきたけど、なのに本当はそんな私を殻から引きずり出してくれる人が欲しかったんだと思っている。
蒼生は少しずつ私に殻から出たときの世界を見せてくれていたのに、また自分から殻に戻ろうとしている。
(蒼生がいないから、あの頃に戻るんじゃなくて。私が戻った方が傷つかないって、怖いって勝手に思ってたんだ)
でも、ここで進まなかったらいつまでの昔の私から変われないままで、怖くても、一歩踏み出さないと何も変わらないということは、痛いほどわかっている。
蒼生が言っていたことを心に留めて、まずは気負わずに、合わなかったらやめればいい精神で一度写真サークルを見に行くことにした。
チラシに書いてあるサークルの活動日は、不定期に木曜日だった。ホームページを見ると、運よく今週が活動日だったので、授業が終わった後で活動場所に向かった。
「おっ!1年生?」
「あ、はい……」
「こっちに座って」
声をかけてくれた人以外に数人がテーブルを囲んで座っていた。
「先に、俺の自己紹介をしちゃうね。代表で3年の松葉廣人です。人数は少ないけど、真面目なサークルだから緊張せずに楽しめると思うよ」
「ありがとうございます」
「それと、活動紹介だけど大体は個人活動になるから、こうやって集まった時はコンテストに応募する写真に悩んでいたらみんなで話し合うとかがメインになるかな」
「コンテスト……ですか」
「うん。強制ではないけど、自分が撮る写真がほかの人から見たらどんな感じに目に映るんだろうとか思ったことない?」
「えっと……」
「じゃあ、これからだね!とりあえず近いコンテストは夏にあるんだけど、どれに応募するかも自分で決められるから、ゆっくり考えていけば大丈夫だから心配しないで」
そう言って、今年のコンテストの案内の一覧表を差しだした。それを受け取った後は、他のサークルメンバーたちとの自己紹介の時間になり、気づけば1時間が経過していた。
こんなに人と長く同じ時間を過ごしたのは蒼生と一緒に居た時以来で、蒼生と一緒にいた時と似たような時間の流れだった。
「こんな感じでアットホームな雰囲気だから、ぜひ入ってくれたら嬉しいな」
「はい、考えてみます」
荷物を持ち、立ち上がる。
「ありがとうございました。失礼します」
始めは緊張していたけど、サークルの人と話しているうちにそれもどこかにいってしまった。帰る頃には、いつの間にか心の中は楽しさで満たされていた。
帰りの電車に揺られながら、いろいろと考えていた。蒼生がいなくなってから、何を撮ったらいいのかわからなくて、蒼生の家に行った日以来カメラを持ち歩くことを避けていた。でも、写真サークルに入るからには、何かしらのコンテストを目指して写真を撮る必要があった。
(蒼生と撮った写真を応募できたら一番いいんだけど……)
写真コンテストが一覧にまとめられたサイトを見てみると、部門もいくつかあり、テーマもそれぞれ設けられ、思ったよりもたくさん開催されていた。
(こんなにたくさんのコンテストがあるんだ)
しかし、写真を撮れていない今は、コンテストに応募するなんてことは到底考えられなかった。
写真サークルの次の活動の日に、サークルに入ることを伝えるためにもう一度顔を出すことにした。今のままじゃ何も変わらない、そう考えて一歩踏み出す。
「失礼します……」
ドアの鍵は開いていたので、ゆっくりと中をのぞいた。すると、電気はついているものの人の姿はなかった。
「あれ、間違えたかな」
大学のホームページからサークル一覧を見ると、活動している教室はここではなかった。すぐに、書かれている教室に向かった。
(今度こそ!)
「失礼します」
「おっ!内田さん?」
「はい。今日はサークルに入る旨を伝えに来ました」
「本当に?ありがとう!みんな喜ぶと思うよ」
「あと、今、自分が何を撮りたいのかわからなくなっていて……コンテストにはなかなか応募できないかもしれないですけど、それでも大丈夫ですか?」
「コンテストにはゆっくりで大丈夫だよ。まず、コンテストに応募するかはともかく、自分が撮りたいものを撮ることが一番だからね。例えば自分の写真集を出すなら、そう思って写真を撮ってみるのはどう?」
「写真集ですか?」
「そう、初めのころはよく撮れた写真だけを選ぶほうが難しいし、究極の一枚を撮るのも難しい。それなら、たくさん選べる写真集を自分が作るならどの写真を撮って選んでいくのか、そっちの方がハードルは優しいと思うよ」
この前もそうだったが、松葉先輩は私が言葉にできない思いや考えを言葉にして伝えてくれる。今なら、また写真を撮ることができるんじゃないかと思った。
「そうですよね。1枚に絞らなくてもいいんですよね」
「うん。まずは自分が好きな写真を撮ってみるのが一番いいかもしれないね」
その時に、蒼生と撮ったたくさんの思い出。どの写真も全部好きだった。その中から数枚を選ぶ必要はないということが、心のもやもやが軽くなった気がした。
(蒼生と撮った写真をベースにして撮ってみようかな)
そうして、机の中にしまっていたカメラを取り出し次の日からどこに行くにもカメラを持っていくようになった。