3月5日。
何回行っても、蒼生に会えないのは初めてだった。
次第に蒼生と会うことができる期待は少しずつ消えかけていた。その方が会えなかったときの、悲しみは少なくて済むから。
長い階段を上り、神社に着いた。やっぱり蒼生はそこにはいなかった。でも、今日はそのまま帰りたくなくて、海に行って特に考えることもなく砂浜に座っていた。
どれくらいか時間が経って、太陽がオレンジ色に変わり始めた。すると、急に誰かが私を押してとっさに手をついた。
後ろを振り返ると、蒼生が息を切らして立っていた。
「蒼生?」
「……うん」
「本当に、蒼生なの?夢、じゃない?……」
右頬を引っ張ってみてもちゃんと痛くて、これが妄想や幻覚じゃなくてそこに蒼生が居ることがはっきりと分かった。
蒼生もしゃがんで私に目線を合わせてくれた。
「夢じゃない。ずっと茜に会いたかった」
「私も……」
私の涙が落ち着くまで、隣に座って背中をさすってくれた。
「あのさ、私が先にいるのって初めてじゃない?」
「そうだね。初めてかも」
「受験の時はなかなか来られなかったけど、終わって久々に来たら蒼生がいなくて」
「受験が長引いちゃってぎりぎりまで来れなくて、ごめん」
「そっか。それなら良かった」
「でも、まだ受験終わってからの疲れが取れてなくて、今日は帰ってもいいかな?また会おうよ」
「うん。しっかり休んでね、気を付けてね」
「ごめんね、せっかく受験終わったのに長い時間いれなくて」
「ううん、気にしなくて大丈夫だよ。また会おうね、約束」
あの日みたいに小指を蒼生の前に出し、蒼生もそれにゆっくりと応えてくれた。
「うん……。ありがとう」
どこか元気がない感じで、砂浜を戻っていく足取りはおぼつかず声をかけたくなるほどだった。
本当はもう少し海に一緒にいてからとも考えたけど、蒼生の後ろ姿を見ていたらいてもたってもいられなくて、走って追いかけた。
「やっぱり待って!途中まで送る」
とっさに蒼生の腕を掴んで止めた。年頃の男の子の割には、筋肉質というより骨ばっている腕だった。
「いや、いいよ。帰れるから」
「やだ、今の蒼生を1人にできない」
「大丈夫だから」
振り返った蒼生の目は赤くなっていて、涙が頬をつたって落ちた。
「ごめん、腕痛かった?放すね」
「違うんだ、ごめん。……茜のせいじゃない」
そう言って、最後は無理やり笑顔を作っているのがわかった。
「待っ……」
そしてすぐに、蒼生は駅まで走って行ってしまった。追いかけたほうがよかったと思うけど、振り返った時の蒼生の顔が頭から離れない。それが足を地面に張り付かせ、足かせになっていた。
「蒼生……」
その場にうずくまって、声をあげて泣いた。蒼生に拒絶されたこともそうだったが、蒼生に初めてあんな態度を取られたことが一番ショックだった。
(言えないこともあるかもしれない、だけど、蒼生は初めての友達だから。こういう時、友達ならどうしたらいいの?わからないよ……)
もう一度顔を上げる頃にはすっかり日が落ちて、海も森もお化け屋敷のように怖くなっていた。
「帰らないと」
泣き腫らした目をこすりながらも、時刻表の一番下の電車には間に合った。電車を待つ間にどうにかして落ち着かせようと深呼吸を何回もした。
家に着いて、いつもなら至福の時間であるお風呂に入っても気持ちが落ち着くことはなかった。
自分の部屋に移動しベッドに座った。
「はぁ、カーテン閉めないと」
重い腰を上げ、カーテンを閉めようとすると、白い薄いカーテンから丸い光が浮いていた。
「きれい……」
満月の月明かりだけが電気のついていない真っ暗な部屋を照らしていた。一瞬時間が止まったような錯覚に陥った。
(空ってこんなに狭かったっけ)
マンションやビルに挟まれているこの場所では、自分も世界も狭く感じてしまう。あの海の景色を知っているからなおさらだった。
カメラを机の上から持ってきて撮ってみたものの、画面越しだとただの丸になってしまい美しさはなくなってしまった。
「うまく撮れないや」
目に焼き付けて覚えておくしかできないこの月を飽きるまで眺めた後は、ベッドに寝転がり目を閉じた。
(次会ったときにちゃんと蒼生の話を聞こう。私には聞くことしかできないと思うから)