『今日は、数年ぶりの大雪になる予報です。各地で積雪量が30センチメートルを超えるでしょう』

 どのチャンネルを点けても同じようなことしか言っていない。

「今日、こんな天気だけど約束してるのよね?」

「うん」

「でも、茜が友達を連れてくるのは、初めてじゃない?」

「そうかもしれないね」

 お母さんは、テーブルを拭きながら話している。

「最近の茜は楽しそうな顔をしているから、お母さんも嬉しいわ」

「えっ?顔に出てる?」

「うん、休日は家に帰ってきてからでもルンルンじゃない」

 自分では全く気づいていなかった。蒼生と会う前の日常をどんな風に過ごしていたかなんてすっかり思い出せなくなっていた。

「電車は……まだ動いているから大丈夫そうね」

「駅まで迎えに行くのよね?気を付けてね」

「行ってくるね」

 季節は過ぎ冬がやってきた。前に蒼生とクリスマスの日に私の家で一緒にご飯を食べようと連絡をしたら、いいね、と返ってきて、今日の16時に桜台駅の改札の前で待ち合わせをしている。お母さんもそれに合わせて、休みをとってお昼から準備をしてくれた。

 家から一歩出ると、冷気が顔にまとわりついて、吐く息も白かった。駅に着くころには、だんだん細かい雪が降り始めて歩く人みんなが傘を差し始めた。

 待ち合わせ時間の20分前。

(早く着きすぎたかな。まぁいっか)

 いつもと違う景色に、自然と胸は高鳴っていた。

「きれい……」

 雪が降ることは1年に1回あるかないかといわれている地域で、久しぶりに日常の世界にひらひらと落ちてくる雪を見ているだけで、何時間も見ていられそうだった。

「茜?」

「へっ?あ、蒼生。あれ時間」

「遠くから呼んだけど、気づいてないから肩叩いちゃった」

「ごめん、雪見てて。きれいだなって思って」

「雪っていいよね。いつもと同じ世界なはずなのに、違う世界に来たみたいで」

「そうなの。車のライトとか電柱の明かりで照らされてキラキラしてるのもまた良くて……違うよ、こんなとこで話してたら、風邪ひいちゃう!早く行こ!」

「うん」

 その顔はやさしげで、降っている雪のようだった。

「あれっ、蒼生傘は?」

「忘れた。来るときは雪降ってなかったから」

「そうなの?」

「うん。じゃあ、これに一緒に入ろ」

「ありがとう」

「それより、受験の前なのにごめんね、無理言っちゃって」

「全然大丈夫だよ。最近会えてなかったから。だから、久々に会えて嬉しい」

 不意打ちの蒼生の言葉に頬がじんわりと熱くなったのを感じた。

「今日ね予備校の授業があったけど、お母さんに無理言って振替えしてもらっちゃった。蒼生は受験勉強順調?」

「うーん、まあまあかな。やるときはやるけど、なかなか……ね」

「だよね。私もそう、でもしなきゃいけないってわかってるから、自分に鞭打って頑張ってる」

「そっか」

「それよりさ、今日たこ焼きパーティーでよかったの?」

「うん。すごく楽しみにしてた」

「よりによって、なんでたこ焼き?チキンとかクリスマスケーキとかじゃなくて」

「夏祭りの時にたこ焼きが買えなかったから」

「そういうことだったんだね」

 案外単純な理由で思わず、吹き出してしまった。

「っ笑うなよ」

「お母さんに聞いたら、たこ焼き器あるって言ってたから。私も久しくたこ焼き食べてないから、楽しみ!」

「うん」

 蒼生も笑顔で返してくれて、話している間にあっという間に家に着いてしまった。玄関を開けた音に気付いたお母さんがリビングから出てきた。

「いらっしゃい。蒼生くん」

「お邪魔します」

「入ろ、入ろ!」

「うん」

 リビングのテーブルにはたこ焼き器を囲んで、ボウルにはタコ以外にも中に入れても合いそうなものをあらかじめ買っておいた。

「たこ焼きの後は、スイーツバージョンもできるから」

「えっ?どういうこと」

「これ生地が2種類あるでしょ。こっちはたこ焼き用でこっちはホットケーキミックスで作った方だから、チョコとか入れてみたいなって思って」

「いいね、面白そう」

「でしょ!」

 お母さんは横で、私たちがたこ焼きを作っているのを見守っていた。

「おっ、うまくひっくり返せた。たこ焼き作るのって楽しいんだね。初めてやったこのクルッてするやつ」

「ふふっ」

 それから満腹になるまで食べて、外はすっかり暗くなっていた。ゲームをしたり、まったりとクリスマスを満喫していた。お母さんは気を使ってなのか、たこ焼きパーティーが終わってからは自分の仕事部屋に籠っていた。

「もうこんな時間だね」

「早いね。楽しい時間ってあっという間に過ぎる」

「そういえば時間大丈夫?」

「あー、あと少しなら?電車で帰らないといけないから」

「そっか。すっかり忘れてた」

「ううん、大丈夫だよ」

「あのさ、茜と駅までゆっくり歩きたい」

「もう出る?」

「うん」

「……わかった。コート取ってくるから、ちょっと待ってて」

「うん」

 傘立てにはなぜか傘が1本しかなく、それを取ってドアを開けると、夕方よりも何倍も冷たい風が入ってきて、温かい家が冷えないように急いで玄関のドアを閉めた。

 蒼生と待ち合わせをした時よりも、雪は一層降りしきっていた。

「傘、一緒に入ろ!」

「大丈夫。別に濡れるわけじゃないし、雨より全然まし」

「寒いじゃん。蒼生が良ければ駅まで一緒に……」

「んー、僕はいいや。もう少し雪にあたりたい」

「風邪ひいちゃうよ」

「大丈夫。僕強いから」

「……わかった。じゃあ、私も傘さすのやめる」

「風邪ひくって」

「いいの。蒼生と同じことしていたいから」

 人通りがない住宅街で、雪を踏む音だけが響いている。

 真由香ちゃんと帰り道にファミレスに行くことをできたと報告したら、蒼生も嬉しそうに笑ってくれた。それから、ゆっくり歩いていて、歩道橋のところまでたわいのない話をたくさんした。

 すると急に蒼生は立ち止まって、

「あのさ、受験が終わったら……」

「ん?」

「4月になったら、あの神社の桜を見に行かない?桜が咲いているときだけ、神社の境内は桜で
埋め尽くされてとても綺麗だから。満開になったら、一緒に見に行こう。
青い海はあるけど、ゆるし色の海は4月しか見れないから、茜と一緒に見たい」
 
「やっぱり、神社の木って桜の木だったんだ」

「あそこに咲いている桜は運がいいと舞っている瞬間が見れるんだ、きれいだから茜と一緒に見たいと思って」

「うん、絶対行く!」

「約束ね」

 そう言って、小指を出してきた。私も笑顔で、小指で応えた。

 歩道橋の下を車だけが通り過ぎて、通行人は誰もいない。

 私たちがいるところだけ、一瞬時が止まったように感じた。改札に入る前までにもいろいろな話をして、笑って、盛り上がった。

「じゃあ、はい、これ」

「え、傘?」

「受験前に風邪ひいたら、嫌だから」

「いや、いいよ。悪いし」

「私の方が家近いんだから、遠慮しないで」

「でも……」

「はい!」

 強引に蒼生の手に傘を握らせた。

「絶対使ってね!これも約束だから!」

「……わかった。ありがとう」

 少し笑った後に頷いて、改札の中に入っていった。振り返って手を振ってくれるのを待っていたけど、そのまま見えなくなってしまった。

 コートと一緒にポケットに入れていたカメラで、この雪景色を残しておきたかった。さっき蒼生と約束をした歩道橋まで歩いた後に駅を遠くの景色にしてレンズの目の前に映る雪を撮った。

 月明りのない街中を煌々と照らす駅の光は雪をくっきりと形作っていた。