9月に入り、またすぐに試験の季節がやってきた。

 今回は副教科もあるから3日間で行われ、テスト返却の日も設けてある。毎回テストの結果は悪い方ではないけど、ずば抜けて良いという点数ではない。

 夏休みも蒼生と会う以外は勉強の時間に費やしていた。受験のために、夏休みは予備校での授業を増やしもした。なるべく家で勉強をしたかったがそういうわけにもいかなかった。

 学校は午前で終わり電車も空いていて、好きな端っこに座る事もできる。

 スマホを開いて漫画を読んでいるうちにあっという間に時間が過ぎて電車に乗っている時間も一瞬に感じた。

 夏休みのときは時間はゆっくり流れているものだと思ったばかりなのに、1日は、時間は、こんなにも早く過ぎ去ってしまうものなのかと改めて実感した。

 そして、前期が終わって成績も渡され、次は高校生活最後の文化祭がやってくる。

 1人の私にとって行事はどうやってやり過ごすのかを考えなければいけなかった。

 最後の文化祭ということもあり、クラスの文化祭への熱意は1、2年生の時と比べものにならないくらいに高まっていた。

 すぐに準備期間に入って今までも最低限の会話で済まして、自分の役割を全うしていた。

 テストが終わって、次の学活の時間に文化祭についての話し合いが行われた。最終的に決まったクラスの出し物は、キャラクターカフェをやることになった。

 いわゆる、コスプレカフェに近い。

 過去にもそういう事例は幾度かあり、その時に作られたり買ったりした衣装もあるらしい。

 おまけに、演劇部にも借りることのできる衣装は使うのだが、これれに無いものは分担して作ることになり、衣装の部分ごとにリレー方式で回して作ることになった。

 私は1番シンプルな不思議の国に迷い込んだ女の子のようなワンピースを着ることになった。

 クラスでも目立つ子は、メイドやもっと派手な衣装に決めた子もいる。演劇部にも1、2着しかないドレスを着たがる子もいた。

 そして、衣装づくり、クラス装飾、メニュー表や看板などを作るグループにわかれて準備を進めた。

 文化祭前の最後の土曜日。私はすでに自分の役割を終えていたので、準備期間までは特にやることがなかった。

 前と同じくらいに家を出て、遠海駅を目指した。迷わず神社に向かったが、そこに蒼生の姿はなかった。

 蒼生がいないのでは、ここに来た意味がないのと同じだった。

 駅に逆戻りするしかなく、神社の階段を下りていく。

 階段の両方を覆っていた木々はオレンジ色や赤色になりかけていた。カバンからカメラを取り出し、構えたまま上を見上げる。

 今まで青色やピンク色しか撮ってこなかったフォルダにはオレンジ色が入って、より一層カラフルになっていった。

「カメラにいろいろな思い出と一緒に色がついていくのっていいな……」

 神社から降りる階段の途中からあたりを飲み込みながら沈んでいく太陽が見えた。

 何枚か取り終えた後、海を眺めながらひたすら歩いていた。

 果てが見えない海は、これからの自分を表しているようできれいだけどどこか怖い暗示のようにも見えた。

 すると、視界に砂浜に1人座っている背中が見えた。

「蒼生?」

 駅に戻る理由が無くなり、内心舞い上がっていた。一応近くまで確認するが、確かに蒼生の後ろ姿だった。

「あーおい!」

 思いのほか勢いよく座ってしまった。

「おわっ!」

 案の定蒼生に体がぶつかってしまい、そのまま2人とも右に倒れてしまった。

「ごめん、1回神社に行ったけどいなかったから帰ろうとしたんだけど、蒼生の後ろ姿が見えたから走ってきちゃった」

 蒼生はポカンと口を開けて、動かなかった。

「受験もあるし忙しいから、また会えるとは思っていなくて、びっくりして……」

「なんか、来たくなっちゃって。息抜き的な?」

「そっか」

「なんかさ、蒼生が海を見ているのを見ていたら思い出しちゃった」

「何を?」

『でもさ、蒼生ってなんか海が似合うね』

『なんで?名前に"蒼"が入っているから?』

『違うよ。海の前に立ったら溶け込んでいくっていうか、いい意味でね、何て言えばいいんだろう』

「蒼生が海が似合うねって言ったこと」

「……うん?」

 完全に覚えていないような返事だった。

「あの時はどう言ったらいいかわからなかったけど、たまに蒼生の海を見ている目が怖くなる時があるの。

 何か遠くを見つめている感じで。花火の時も海を見るような同じ目をしていた気がする」

「……そうなの?全然気づかなかった。嫌な思いをさせていたならなんかごめん」

「ううん、悪いってことじゃなくて。私も海を見ていたら、ずっと続いていく終わりのない海に怖さを感じるときもあるけど、ずっと変わらずそこにいてくれるやさしさもあるというか……。なんか矛盾してるね」

「そうだね。僕も、海を見ていると果てしなく続く海に終わりはあるのかなって思ってた。たぶんどこまでも続いて、循環してなくならない。
それが、僕らと正反対なのが気に食わなくて。でも、そのおかげで海から何度も元気もらってきたから、茜が言っていることもよくわかるよ」

 そのまま少しの間、海を静かに眺めていた。久しぶりに聞いた、海が砂浜に押し寄せる音。

 こちらに来たと思えば帰っていくその繰り返しで、秒針よりはるかにゆっくりだった。

「そういえばさ、茜の学校の文化祭って終わった?」

 頭からすっかり抜けていた会話の話題だった。どう答えようか必死に考えていた。

「まだ終わっていないなら、行きた……」

「えっ!?」

「えっ?いや、まだ終わってないなら行きたいなって」

「あ、うん。まだ終わってはいないんだけど、なんか恥ずかしいというか」

「で、いつ?」

 文化祭に蒼生が来ることをためらう理由については触れてはこなかった。

「11月の5日と6日」

「おっけい。何高校だっけ?」

「桜台西高校。……えっ?本当に来る気?」

「うん。僕がしたことないことに手伝ってくれるって……」

 蒼生は、すごく真面目そうに返事をした。

「そうは言ったけど」

「まぁ、まだ予定次第では行けるかわからないけどさ」

「うん」