ミカちゃんが失恋してからしばらくの間は恋バナを控えていたけれど、新しい彼氏ができてからは復活し、今まで以上に勢いが増した。そんな三人の話を聞いて、意見を求められ、思ったことを言えば空気が一変する、というようなことは相変わらずちょくちょくあった。だから下手なことを言わないよう心がけ、だけどそうすればするほど居心地の悪さが膨れ上がっていくばかりだった。

「茉優ってなんで彼氏作んないの?」

 珍しく怜南がいない朝の教室で、ミカちゃんとナナミちゃんが恋バナで盛り上がっていたとき、聞き役に徹していた私にナナミちゃんが言った。

「私そういうのよくわからなくて」
「ふーん、変なの。ていうか茉優って顔は可愛いのに地味なんだよね。スカート長いし髪も黒いし、メイクも薄いし」
「でもさあ、意外とそういう子の方が男ウケいいんだよねー。男ってなんだかんだおとなしい子が好きなのかな。ヤマトナデシコ的な? ムネだって最初は茉優狙いだったし」
「ミカ!」

 ナナミちゃんに制されたミカちゃんは、慌てて両手で口を覆った。ふたりは教室を見渡し、まだ怜南が登校していないことを確認すると、顔を見合わせてにやりと笑った。

「もうぶっちゃけちゃうけどさ、ムネってもともと茉優狙いだったのね。でも茉優は全然男に興味なさそうだし、しかも明らかに怜南が俺に気あるしどうしよーとか言ってて」
「そうそう。だからとりあえず怜南とつき合ったけど、やっぱ茉優の方がタイプなんだよなーって未だに言ってんの」
「まあ怜南もだいぶましになったけどね。ムネと付き合いたての頃とか地味すぎてやばかったもん。でもやっぱ顔ってメイクだけじゃごまかしきれないんだよねー。しかも怜南ってメイク下手だから、ただ濃いだけでなんか変だし」
「無理しちゃってる感が出まくりなんだよね。ムネに釣り合うように頑張ってるんだろうけどさ、そもそも質が違うんだからどうにもなんないっていうか。健気(けなげ)すぎて見てて可哀想になってくるし、たまに痛々しい──」
「やめなよ」

 苛立ちをそのまま声にして、ふたりを見据えた。

「ていうか、やめて。怜南の悪口なんか聞きたくない」

 ふたりはぽかんとしながら顔を見合わせて、今度は目を伏せた。

「あ……はは。ごめんごめん」

 ふたりは乾いた笑いをこぼして、私の前から去っていった。



三宅(みやけ)と仲よかったっけ?」

 冬休み明けの朝、クラスの女の子と話し終えた直後にちょうど登校してきたナナミちゃんが言った。

「仲は……よくはないけど。ただ、なんの漫画読んでるの?って訊いただけだよ。私も漫画好きだから、面白いなら読んでみようかなって」
「ずっと思ってたけど、そういうのやめた方がいいよ」
「うん、もうやめる。ちょっと迷惑がられた気がするし。邪魔しちゃったかも」
「そうじゃなくて!」

 声を荒らげたナナミちゃんは露骨に眉根を寄せた。

「うちらみたいなのが三宅みたいなのに話しかけるのって、あんまりよくないっていうか。そういうのって暗黙のルールじゃん。偽善っぽいし。うちらだってあえて関わらないようにしてるんだよ」

 なにを言っているのか全然わからなかった。
 私たちと三宅さんのなにが違うのか、クラスメイトに話しかけることのなにがあんまりよくないのか、暗黙のルールなのか、偽善なのか、なにひとつ。
 私が問うよりやや早く、ナナミちゃんが続けた。

「あと、昨日のインスタってわざと?」

 質問の意図がわからなくて混乱が増す。
 冬休み最終日の昨日は四人で遊んで、撮った写真を帰ってからインスタに何枚か載せた。

「ごめん、わざとってどういう意味? 私なんかした?」
「あはは! なんでもなーい」

 わざとらしく笑ったナナミちゃんは、教室に入ってきたミカちゃんのもとへ駆け寄った。楽しそうに昨日の話をしているふたりを見ながら、教室の中心で立ち尽くすことしかできなかった。
 この頃からなんとなく気づいていた。ナナミちゃんとミカちゃんの態度や言葉の端々に、私を小馬鹿にするようなニュアンスが含まれていることに。
 だけど、なにか言われるわけでもハブかれるわけでもなかったし、遊ぶときだって誘われる。だから嫌われてはいないのだと思っていた。
 そんな細い糸が切れるまで、時間はかからなかった。