高校に入学したとき、同じクラスに知り合いはひとりもいなかった。同じ高校に進学した友達は何人かいたけれど、全員クラスが離れてしまったのだ。
 だから、隣の席だった怜南(れいな)が話しかけてくれたときはほっとしたし嬉しかった。

「はじめまして。あたし、稲田(いなだ)怜南」
「あ、はじめまして。楠木茉優です」
「どこの中学?」
「西中だよ」
「うちのクラスにいないよね。あたしも仲よかった子たちとクラス離れちゃってさあ。よかったら友達になろうよ!」

 波長が合うというのはこういうことなのだと思った。
 怜南は可愛くて明るくてお喋りで、毎日お腹を抱えて笑ってしまうくらい楽しい日々を過ごしていた。
 まるで昔からずっと一緒にいたみたいに怜南といることに違和感がなくて、みんなにも同じ中学出身だと思われるほどだった。親友と呼べる存在になるまで時間はかからなかった。

「あたし、こんな風に女の子の親友ができると思わなかった」

 出会って二か月が過ぎた初夏の放課後、カラオケでひと通り好きな曲を歌ったあとにふと訪れた静寂の中で、怜南がぽつりと呟いた。

「なんていうか、女同士のべたべたした友情?みたいなの、すごい苦手で。ずっと一緒に行動したり、べつに用事があるわけでもないのに毎日連絡取り合ったり、全然好みじゃないのにお揃いのもの持ったり、全部めんどくさいんだよね。でも、茉優はそういうのないからつき合いやすいっていうか。一緒にいて楽しいし」
「私だよ。あんまり、女の子とうまくつき合えなくて」
「そうなの? なんか意外。茉優可愛いし明るいし、友達多そうなのに」

 少し悩んで、今まで誰にも打ち明けられなかった中学時代の話をした。
 すると怜南は、怪訝そうな顔で首をひねった。

「それ、茉優は悪くなくない?」
「んー……そのときは正直すごいむかついたけど、今思えば、確かに私も無神経だったかもって……。トイレも教室移動も、ひと声かけるとかシノが戻ってくるまでちょっと待つとか、それくらいはするべきだったんだよ。クラス会のことだって、先に言っとけばあんなことにならなかったのかなって思うんだ。隠してたみたいに思われちゃったのかも」
「そんなことで怒る方がおかしいよ。しかも仲間増やしていじめるとかまじでありえない。一軍女子と仲よくなって調子に乗っちゃったんじゃない? あたし嫌いだなーそういうの。それに、友達だからって無理に全部合わせる必要ないじゃん。ほんと女ってめんどくさいよね」

 共感してくれたことが、私の味方をしてくれたことが嬉しくて、心にかかっていたストッパーが外れた私は濁流のような勢いで一気に悩みを吐き出した。
 孤立してしまったのはあのときが初めてではないこと。妹ばかり可愛がるお母さんのこと。なぜ自分が人とうまく関われないのかわからないこと。──どこにも居場所がないような気がして、寂しかったこと。

「あたしは茉優のこと大好きだけどな」
「え?」
「ほんと、一緒にいてこんなに楽なのも楽しいって思えるのも茉優が初めてだから。あたしは茉優とならずっと友達でいられそうな気がする。単に友達とも親とも相性悪かっただけじゃない? そんな気にすることないよ」

 言葉を紡ぐことができない私を見て、怜南は満面の笑みを見せた。

「よし、歌おう! めちゃめちゃ盛り上がる曲!」

 曲を入れた怜南は、テーブルに置いていたマイクを二本持って立ち上がり、片方を私に向けた。
 込み上げた涙を堪えながら受け取り、私たちは声がかれるまで馬鹿みたいに歌ってはしゃぎ続けた。