〈速報です〉
テレビから聞こえた声に、はっと我に返る。
画面を見れば、淡々と原稿を読み上げていた女性キャスターが前のめりになって報じていた。
〈十七歳の少年が、殺人未遂の疑いで逮捕されました。調べによると──〉
どくん、と心臓が大きく跳ねる。
緊迫した空気が画面越しに伝わり、指先が震える。
見たくもないのに目が離せない。
〈加害者の少年は被害者の少年にいじめを受けていたと供述しており──しかし学校側はいじめについて把握していなかったと──〉
ふいに女性キャスターの声が途切れ、動画配信サービスのホーム画面に切り替わった。
驚いて振り向けば、いつの間にか戻ってきたらしい亜実ちゃんが平然とした顔でリモコンを操作していた。
「え……なんで勝手に変えるの」
「ニュース観たかったの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「最近はまってたドラマ、あと数話で終わるんだもん。気になってしょうがないから。茉優も一緒に観ようよ」
なんて勝手な人だ。観ていようが観ていなかろうが、チャンネルを変えるならひと言断るのが礼儀だろう。いくら部屋の主だからって。
「べつにいいけど……」
いい加減文句を言ってやろうと思ったのに、亜実ちゃんが「やったー」と嬉しそうに笑うからほだされてしまった。
亜実ちゃんはもともと底抜けに明るかったけれど、それにしてもやけにはしゃいでいる気がする。こんなに子供みたいな人だっただろうか。昔はまだそれなりにお姉ちゃん感があったのに。
ソファーに並んで座り、ネット配信のドラマを観る。知らない俳優ばかりだし途中からだと内容もわからないし、正直あまり面白くない。
「本読んでもいい?」
「つまんなかった?」
「うん。昭和の人には面白いの?」
「わたし平成生まれだけどね。まあ好きなの読みな」
立ち上がって私が使っている部屋に向かい、本棚を漁る。普段読書はほとんどしないけれど、テレビは亜実ちゃんが占領しているわけだし、漫画は旦那さんのものらしいから勝手に読むのは気が引けるし、スマホは触れない。今の私にとって暇つぶしになりそうなものが本しかないのだ。
意外と几帳面なところもあるらしく、作家名ごとに、しかもあいうえお順に並べられていた。
左上から順に見ても、かろうじてわかるのは東野圭吾と湊かなえくらいだ。小説を読んだことはないけれど、ドラマや映画は何度か観たことがある。一番多いのは〝薬丸岳〟という人の本だった。
「亜実ちゃんってこの人が好きなの? やくまる……がく?」
「うん、一番好き」
「そうなんだ」
ずらりと並んでいる背表紙をひと通り見て、なんとなく気になった『Aではない君と』というタイトルの本を手にリビングへ戻った。
「なんでそれ……ちょっと待ってて」
好きなの読みなって言ったくせに、亜実ちゃんは私の手から本を取り上げて立ち上がる。本棚に向かうと、またすぐに戻ってきた。
「こっちにしな。お子ちゃまなんだから」
「お子ちゃまじゃないし」
渡されたのは、ザ・恋愛小説という感じのキラキラした表紙の本だ。
渋々受け取って、渋々開く。中身もザ・恋愛小説という感じのそれを流し読みしながら横目で亜実ちゃんを見れば、ドラマの続きが気になってしょうがないと言ったくせにスマホをいじっていた。
「ドラマ観ないの?」
「観てるよ?」
「ずっとスマホいじってるじゃん」
「スマホいじりながら観てるの。まあいいや。お腹空いたし敦志んとこ行こ」
たったの一話でドラマを消した亜実ちゃんは、立ち上がって伸びをした。
どこまでマイペースなんだこの人。
「そんなにご飯作りたくないの? 私簡単なものなら作れるけど」
「違うよ。敦志が来いって」
「嘘だ。めんどくさいだけでしょ」
「嘘じゃないっつの。ていうか、いいんだよなにもしなくて。掃除も助かったけどさ。たまにはなにも考えずにのんびりしてればいいんだよ」
亜実ちゃんはたまにじゃなく、いつものんびりしている気がする。
「亜実ちゃんって普段はご飯作ってるの?」
「平日は毎日作ってるよ。朝は作らないけど。わたし朝食は食べないし、そもそも起きれないし」
「でも、旦那さんは食べるんじゃないの?」
「旦那は独身時代からコンビニでパン買ってて、結婚してからもなんとなくそのままの流れでって感じ」
「そんなんで子供できたらどうするの」
「あはは。考えたこともなかった」
「結婚してるのに子供のこと考えないの? 亜実ちゃんってちょっと──」
変わってるよね、と言いかけたとき、『結婚』と『子供』というキーワードが脳内で膨らみ、ふいに昔の記憶が甦った。
「結婚するつもりないって言ってたよね」
「え?」
「私が、イトコがほしいから早く結婚して子供産んでって言ったとき。覚えてる?」
「ああ……うん、覚えてるよ」
確か亜実ちゃんが転勤する少し前、私が小学四年生くらいの頃だった。同い年のイトコがいる友達がいて、すごく仲がよさそうで羨ましくて、亜実ちゃんにねだったのだ。亜実ちゃんは当時まだ二十歳くらいだったけれど、小学生からすれば十分に大人だし、女の人は大人になるとみんな結婚して子供を産むのだと思い込んでいた。
だけど亜実ちゃんの返事は、『わたし結婚するつもりないからなあ』だった。
そういえばあのとき、亜実ちゃんは珍しく困った顔をしていた。
「したね、結婚」
「そうだねえ」
「したくなったの?」
「まあねえ」
干してあった服に着替えながら、どこかおぼろげに答える。
亜実ちゃんがこんな曖昧に受け答えするのは珍しい。
「なんで結婚するつもりなかったの?」
「まあ、若かったし」
「……そうなの?」
若いときの方が結婚に憧れるような気がするけれど。
やっぱり、亜実ちゃんは変わっている。