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それほどの悪夢ではなかったものの、気分は最悪だった。
重い体を起こし、昨日とさほど変わらない格好に着替えてリビングへ向かう。
好きに過ごしていいと言われているから、とりあえずテレビをつける。芸能人のスキャンダルやらグルメ情報やらをぼんやりと観ながら過ごし、亜実ちゃんが起きてきたのは十一時になる頃だった。
「おはよう~」
全然早くないけど、と言いかけて、昨日と同じになると思ったからやめた。
亜実ちゃんは今日もソファーにダイブしてうつらうつらしている。叱る代わりにため息をついた。
亜実ちゃんとお母さんは、本当に血が繋がっているのか疑問に思うほど正反対だ。
お母さんは娘の私から見ても完璧主義だと思う。例えば、休日だろうと平日と同じ時間に起きて、私や恵茉やお父さんが起きる頃には身支度を済ませて朝ご飯も用意されている。お昼まで寝過ごして着替えもせずにソファーで二度寝しようとするなんてことは絶対にない。
逆に言えば、イレギュラーにはとことん弱い。
「早く着替えて顔洗って歯みがいてきなよ」
「あんたけっこう口うるさいよね」
「亜実ちゃんがだらしなさすぎるの。ついでに厚げ……いいから早く」
「厚化粧って言いかけたな」
私に軽くチョップをして、めんどくさいなあとぶつぶつ文句を言いながら亜実ちゃんは洗面所に向かった。
亜実ちゃんの後ろ姿を見送りながら、ふと思い出す。
親や親戚に、私の性格は亜実ちゃん譲りだとよく言われた。自分じゃよくわからないけれど、もしかすると周囲がそう感じたのは、私があまりにもお母さんに似ていないからではないだろうか。
恵茉は誰の目から見てもお母さん似だ。頭も要領もよく、しっかり者で人望が厚い。小学生の頃は当然のように学級委員長を務め、中学では一年の頃から生徒会に入っている。学校生活において課せられる〝みんなで仲よく〟がとても上手で、お母さんを安心させてあげられる。
だからこそお母さんは恵茉を溺愛し、イレギュラーを起こしてばかりの私を敬遠するのだろう。
小学校三年生の夏、クラスの男の子と喧嘩になったことがある。女の子にちょっかいを出しているところを止めに入ると、彼と口論になった。言い合いの末に彼が掴みかかってきて、驚いた私はとっさに彼の手を振り払い、するとバランスを崩した彼は机に突っ込んで額に怪我を負ってしまった。
かすり傷だったから親を呼び出されるまではいかなかったけれど、連絡は当然行った。家に帰ると、神妙な面持ちのお母さんが待ち構えていた。
怒られることを察知した私は、恐る恐るソファーに座った。怪我をさせてしまったことを謝り、だけどわざとじゃないのだと経緯を説明した私に、お母さんは眉根を寄せて言った。
言い訳するんじゃない、どうして恵茉みたいにみんなと仲よくできないの?と。
今思えば、当時すでにお母さんは私に辟易していたのだろう。友達と喧嘩になったのは初めてじゃなかったのだ。そのたびにお母さんは相手の親に頭を下げる羽目になっていたのだから、嫌気が差すのも無理はない。
だけどまだ幼かった私は、お母さんが私の話を聞いてくれないことがただただショックだった。せり上がってくる涙を堪えながら、忙しなく動き続けるお母さんの口を見ていた。
のちに知ったことだけれど、私が怪我をさせてしまった彼とからかわれていた彼女は密かに両想いだったそうだ。密かにといってもお互い〝好き〟という言葉を伝えていなかっただけで、クラス公認の仲だった。
どうやら私は、彼女からすれば好きな人とのじゃれ合いを邪魔しただけだったらしい。そしてなぜか、私が実は彼のことが好きで、彼女に嫉妬してふたりの仲を裂こうとした、という根も葉もない噂が立った。
彼女が彼を好きだなんて知らなかった、なにも聞いていなかったと弁解した私に返ってきたのは、雰囲気でなんとなくわかるじゃん、という言葉だった。