清一郎は、頷いた。
寿子は頭を抱えながらも、先を促した。
「ええ人らでした。いきなり家に入り込んだわしを、迷子か言うて色々気を回してくれてその家の娘さん……スズさんは、いつも迷子になったらここで待つんやて言うて、心斎橋まで連れていってくれました」
「それで? そのつけ回してきてたっちゅう怪しいあやかしは?」
「近づいては来んかったけど、気配は消えんままでした。わしは店に戻りさえすれば安全やったけど、スズさんの家が目ぇつけられたらかなわんて思って、ご隠居はんにもろた守り袋をあげたんです。そやけどその夜、スズさんの家は何者かに襲われた……物盗りの仕業や言うわりにおかしかったんや。何も盗られず、家の者や奉公人の血だけが全部吸われとった……あやかしの仕業やって……あいつが来たんやって、わかった。わしが渡した守り袋を持っとったスズさんだけが生き残った……それが、事の顛末です」
「……北久宝寺町の小間物問屋『しろ屋』はんか?」
「そ、そうです。お母はん、知ってたんか?」
「同じ船場で、あないな事件が起こった店やで。知らんアホはおらへんやろ。しかし……なるほどなぁ、それでずぅっと責任を感じてたと。親類に預けられてからも行方を捜し続けて、お客さんから東京の方でそれらしい女子を見たて聞いて、呼び寄せたと……そういうことやな」
清一郎は決まり悪そうに、頷いた。
「名前は覚えとったんで……『白河スズ』て聞いて、間違いない思て」
「それで? そんだけ探し回って呼び寄せたんが嫁にするためやなかったというんは? どういうつもりで呼んだんだすか?」
「それは……引き取られた先で苦労してるて聞いたから……うちで少し働いて、他のええ店か嫁ぎ先を紹介したったら、これ以上肩身の狭い思いせんと暮らせるようになるかと思て……」
寿子は、特大のため息を零して清一郎を睨み据えた。
「清一郎……あんたなぁ」
「はい?」
清一郎の暢気な返事に、店中に響くような大きな音が返った。穴が空くかと思うほど強く畳を叩いた音だ。
「それで良えことしたつもりでっか! 人からもあやかしからも『化け者』やなんて呼ばれて一目置かれてるくせに、中身は子どもの頃のまんまやないの。情けない!」
「な、情けないのは重々わかって……」
「わかってるんやったら、何であんさんがやらへんのや。結局よそのお店やら嫁ぎ先、挙げ句はスズさん本人に全部任せっきりやないの。あんさん本人は、あの子に罪滅ぼしするためにいったい何をしますのや」
「そ、そやから親類の家から呼び寄せて……」
「生ぬるい!」
「生ぬるいて……」
「男でっしゃろ。大事にしたいて思てる女子のことを人任せにしなさんな。なんで『これからはわしが守るさかい、何も心配せんでええ』て言わへんのや!」
寿子の言葉に、清一郎は悲鳴を上げた。
「そ、そないな大それたこと、よう言わんわ……」
念のため言及するが、上記は清一郎の言葉である。
「ああもう……! ご隠居はんに化け術やのうて度胸を鍛えてもろたら良かったんや」
もどかしいのを通り越して苛立つ寿子は、畳をバシバシ叩いていた。
夜中だが構わない。むしろ店の誰かが起き出して、一緒にこのアカンタレを叱責してくれないかとすら思っていた。
すると、パタパタと足音が近づいてきた。小さくて軽い、丁稚の足音だ。
「旦さん、おいえさん、どないしまひょ」
えらく慌てた声だった。寿子は居住まいを正して、障子越しに尋ね返した。
「どないしたんや? 何ぞあったんか?」
「その……わ、若ご寮さんが……!」
寿子は頭を抱えながらも、先を促した。
「ええ人らでした。いきなり家に入り込んだわしを、迷子か言うて色々気を回してくれてその家の娘さん……スズさんは、いつも迷子になったらここで待つんやて言うて、心斎橋まで連れていってくれました」
「それで? そのつけ回してきてたっちゅう怪しいあやかしは?」
「近づいては来んかったけど、気配は消えんままでした。わしは店に戻りさえすれば安全やったけど、スズさんの家が目ぇつけられたらかなわんて思って、ご隠居はんにもろた守り袋をあげたんです。そやけどその夜、スズさんの家は何者かに襲われた……物盗りの仕業や言うわりにおかしかったんや。何も盗られず、家の者や奉公人の血だけが全部吸われとった……あやかしの仕業やって……あいつが来たんやって、わかった。わしが渡した守り袋を持っとったスズさんだけが生き残った……それが、事の顛末です」
「……北久宝寺町の小間物問屋『しろ屋』はんか?」
「そ、そうです。お母はん、知ってたんか?」
「同じ船場で、あないな事件が起こった店やで。知らんアホはおらへんやろ。しかし……なるほどなぁ、それでずぅっと責任を感じてたと。親類に預けられてからも行方を捜し続けて、お客さんから東京の方でそれらしい女子を見たて聞いて、呼び寄せたと……そういうことやな」
清一郎は決まり悪そうに、頷いた。
「名前は覚えとったんで……『白河スズ』て聞いて、間違いない思て」
「それで? そんだけ探し回って呼び寄せたんが嫁にするためやなかったというんは? どういうつもりで呼んだんだすか?」
「それは……引き取られた先で苦労してるて聞いたから……うちで少し働いて、他のええ店か嫁ぎ先を紹介したったら、これ以上肩身の狭い思いせんと暮らせるようになるかと思て……」
寿子は、特大のため息を零して清一郎を睨み据えた。
「清一郎……あんたなぁ」
「はい?」
清一郎の暢気な返事に、店中に響くような大きな音が返った。穴が空くかと思うほど強く畳を叩いた音だ。
「それで良えことしたつもりでっか! 人からもあやかしからも『化け者』やなんて呼ばれて一目置かれてるくせに、中身は子どもの頃のまんまやないの。情けない!」
「な、情けないのは重々わかって……」
「わかってるんやったら、何であんさんがやらへんのや。結局よそのお店やら嫁ぎ先、挙げ句はスズさん本人に全部任せっきりやないの。あんさん本人は、あの子に罪滅ぼしするためにいったい何をしますのや」
「そ、そやから親類の家から呼び寄せて……」
「生ぬるい!」
「生ぬるいて……」
「男でっしゃろ。大事にしたいて思てる女子のことを人任せにしなさんな。なんで『これからはわしが守るさかい、何も心配せんでええ』て言わへんのや!」
寿子の言葉に、清一郎は悲鳴を上げた。
「そ、そないな大それたこと、よう言わんわ……」
念のため言及するが、上記は清一郎の言葉である。
「ああもう……! ご隠居はんに化け術やのうて度胸を鍛えてもろたら良かったんや」
もどかしいのを通り越して苛立つ寿子は、畳をバシバシ叩いていた。
夜中だが構わない。むしろ店の誰かが起き出して、一緒にこのアカンタレを叱責してくれないかとすら思っていた。
すると、パタパタと足音が近づいてきた。小さくて軽い、丁稚の足音だ。
「旦さん、おいえさん、どないしまひょ」
えらく慌てた声だった。寿子は居住まいを正して、障子越しに尋ね返した。
「どないしたんや? 何ぞあったんか?」
「その……わ、若ご寮さんが……!」