「ふん。どうせまた呪詛返しの旅に出ていたのであろう。一族そろって無駄なことを」
時治が言った。しかしその声は映像の中から聞こえる。
ほどなくして、画面の中に時治が現れた。今より幾分か若いその姿は、二十年前の彼であることが窺える。
右京と時治が、二十年前に共に出雲大社を訪れている。
「なんやこれ。過去の映像なんか? 本物なんか、これ」
兼嗣の疑問に、時治は答えない。
映像の中の二人は肩を並べて、雨の降る参道を進んでいく。
「儂はもうじき、出雲に身を移すつもりだ。お前はやはり、本家を出る気はないのか?」
「ええ。心変わりはありません。せっかくお誘いいただいたのに申し訳ないのですが、私は最後の時まで、あの家で過ごすつもりです」
「ふん。お前も物好きな奴よ。あんな家に己の命までをも捧げて、一体何になる」
その口ぶりからすると、二十年前の彼はこれから右京が何をしようとしているのかを知っている。兼嗣は息を呑んだ。
「私はただ無意味に死ぬのではありません。こうすることで、自分の大切なものを守ることができるのなら、それは無駄死にではありませんから」
「やはりお前にも視えているのだな。あの武藤家の倅がどうなるのか」
武藤家の倅。それが自分のことを指しているのだと兼嗣は理解する。だが、『視えている』とは一体どういうことなのか。
「そう言うあなたも、やはり視えているのですね。……このままだと、兼嗣は間違いなく、獅堂に殺されます」
彼女が一体何を言っているのか、兼嗣はすぐに理解できなかった。
画面の中の時治は、まるで何もかもを悟っているように溜息を吐いて言う。
「たとえどんな道を辿ろうとも、獅堂が生きている限り、あの倅の死は免れない……か。周りも加減というものを教えてやらんから、そんなことになるのだ」
「獅堂も獅堂で、兼嗣を殺した後に必ず自死を選びます。己の犯した罪に苛まれながら、後悔の中で死んでいくのです。最終的にはどうやっても、獅堂を助ける術はありません。……ならせめて、そうなる前に、私がこの手で楽にしてやろうと思うのです。そうすれば、兼嗣だけは命を落とさずに済みます。それに、私が一緒に黄泉の国へ赴けば、獅堂の魂も少しは浮かばれるでしょう。この年末が最後の機会です。これを逃せば、兼嗣を救うことはできません」
彼女の言葉を、兼嗣は何度も頭の中で反芻する。けれど、言葉の意味はわかるのに、理解が追いつかない。というより、理解することを心が拒否している。
「皮肉なものだな。お前は『未来視』の力を授かったが故に、自分の未来を投げ捨てることになるのか」
「投げ捨てる……。確かに、あなたにとってはそう感じるかもしれません。でも私にとっては、これはちゃんと意味のあることなのです」
「武藤家の倅の代わりに、お前が死ぬ。それが本当に意味のあることだと? あの倅は、ただでさえ本家の人間から疎まれているのだぞ。そんな奴の代わりにお前が死んだとなれば、本家の人間は今度こそあの倅に何をするかわからんぞ」
「だからこそ、私はあなただけに打ち明けたのです。あなたは本家を嫌っていて、いずれあの家を出て行かれるのでしょう。あなたさえこれを口外しなければ、本家の人間にバレることはありません」
右京はそう言うと、どこか悪戯っぽい笑みを老人に向けてみせた。老人はそれを見て「ふん」と鼻を鳴らす。
「お前もなかなか底意地が悪い奴よの。儂がお前と同じ『未来視』の力を持っていると知った上で、あえてその話をしたのだな」
「さすがは時治さま。理解が早くて助かります」
二人の足はやがて参道の奥まで辿り着き、大国主命の像を通り越して拝殿の前に出る。そして時治が見つめる先で、右京は熱心に神への祈りを捧げていた。