前代未聞のあやかし王と人間との結婚の儀は、それは盛大に行われた。
宮中の最奥にある大きな神殿の中で、琴禰は白の綺羅裳を纏っていた。髪には翡翠や瑪瑙の玉飾りが垂れ飾られ、顔の周りでちらちらと揺れている。そして、琴禰の隣で佇む、豪奢な漆黒の羽織袴を着こなした煉魁は、一幅の絵のように麗しい姿だった。
厳かな雰囲気の中で儀式は行われ、終わると国民向けの祝賀御礼の一般参賀が興行された。
美しい人間の花嫁を一目見ようと、各地からお祝いに駆けつけた大勢のあやかしが集っていた。
当初は結婚に反対されていたのが嘘のように、あやかし国はお祝いの空気で溢れていた。
あやかし達の大歓声を浴びると、琴禰は緊張した面持ちで手を振った。
(幸せすぎて怖いくらい)
不安気に煉魁を横目で見ると、煉魁は慣れた様子で歓声に応えている。
琴禰の視線に気が付いた煉魁は、優しく微笑んだ。
『大丈夫だ、自信を持て』と目で言われた気がして、琴禰は背筋を張った。
(大丈夫、私は幸せになっていい。煉魁様が側にいる)
琴禰は不器用ながらも笑顔を見せる。すると、歓声が一際大きく上がった。
結婚式から数日後、琴禰は衝撃的な事実を知る。
「茶々って、白猫だったのね」
驚きを通り越して、いっそ感心しながら呟いた琴禰に、茶々は「ニャー」と目を細めて返事をした。
茶色の猫だから、茶々と名付けたのに、今では綺麗な白猫なので不釣り合いな名前になってしまった。
あやかし国に連れてきた当初は、洗っても汚れが落ちきらなかったのか、うっすら茶色が残っていた。しかし、毎日櫛で梳かしていたら汚れていた毛がなくなり、本来の白い猫に変貌を遂げた。
「どうしましょう、改名する?」
茶々に聞いてみるも、返事すらせずに無視して毛繕いに勤しんでいる。
「困ったわ。でも、茶々も急に名前を変えられても困惑するわよね」
『茶々』と呼ぶと、『ニャー』と返事をする。とてつもなく賢い猫だと琴禰は思っているが、扶久に言わせると『返事をする猫はいますよ』と大して驚いていない様子だった。
宮殿内を縦横無尽に我が物顔で寛ぐ猫たち。
三匹の子猫たちも、すっかり大きくなった。
元気でやんちゃな白茶色の虎鉄と、三毛猫の美々、そして車に轢かれかけた八割れの最中。
全て琴禰が名付けた。
あやかし国には、動物を飼うという習慣がないらしく、最初は困惑されたが、今ではすっかり馴染んで可愛がられている。
けれど、なぜか煉魁と猫たちは相性が悪いらしく、いまだに警戒されている。
煉魁の力が強すぎるのが影響しているのだと思うが、猫と煉魁との微妙な距離感は見ているとなかなか面白い。
煉魁の方は仲良くなりたいと歩み寄っているのだが、どうにも上手くいっていない。
たまに、煉魁が猫に揶揄(からか)われているように見える時もあるので、琴禰は笑ってしまう。
完璧な俺様王である煉魁を困らせることができるなんて、さすが猫様だ。
最近、煉魁がこれまでより仕事に精を出すようになったらしく、琴禰は臣下たちから感謝されていた。というのも、琴禰が、
『お仕事を頑張る殿方って素敵ですよね』
と何とはなしに呟いたからだ。
国を上げての盛大な結婚式をしてからは、さらに公務に意欲的になった。
責任感が生まれたのか、はたまた琴禰に良く思われたいためか、よく分からないがやる時はやる男なのでとても頼もしい。
琴禰も料理を一生懸命学んで、毎日立派な御膳を作っている。
煉魁はもちろん、侍女たちにも好評なので、お菓子を作って配るなど大忙しだ。
日の光が差す絢爛豪華なあやかしの宮中を歩いていると、琴禰の存在に気が付いたあやかし達が足を止め、にこやかな笑顔で会釈してくれる。
こんな日が来るなんて、まるで夢のようだ。どこに行っても邪魔にされ、疎まれ、排除されていた。
にこやかに挨拶をされるたび、ここにいてもいいと言われているようで、感謝の気持ちが湧き上がってきて泣きそうになるのだ。
琴禰が滅ぼした祓魔の村は、復興に一苦労しているらしい。
というのも、最も頼りになる大巫女と、祓魔四人衆は記憶がないので何もできない。他の者達も祓魔の力が消えてしまったそうで、ただの人間と変わらなくなった。
祓魔の特別な力があるから富を手に入れていたのに、それがなくなってしまったので地道に村づくりをしていくしかないからだ。
それを聞いても、琴禰は心を動かされなかった。もう終わったことだ。
彼らがどんな生活をしていても、琴禰にはもう関係のないことだと思った。
琴禰の居場所はあやかしで、この地で一生生きていくと決めた。それが琴禰にとって最大の幸せである。
宮中の端にある大きな練兵場で、煉魁が衛兵の鍛錬に付き合っていると聞いた琴禰は、そこに向かっていた。
宮中は広すぎていまだに把握しきれていない。花嫁修業の時に教わった宮中の地図を、頭の中で必死に思い出し、なんとか辿り着いた。
広大な用地に、多くの衛兵が鎧を着て、剣の稽古をしていた。
特別な力を持っているのに剣を扱うのかと不思議に思って見ていると、どうやら剣に力を込めると一太刀で建物を斬れるほどの威力を出すことが可能らしい。
祓魔も式神を使うので、力の弱い者ほど道具を用いた方が、力の発現を自在に操れるのだろう。
(祓魔も元は、罪を犯したあやかしが、人間と交わったことで特別な力を持つことができたから、発力源は同じなのかもしれないわね)
起源が一緒なら、琴禰にも、あやかしの力が使えるようになるかもしれない。
料理をする時になど便利なので使えるようになりたいが、力は一向に目覚める気配はない。
そんなことを考えながら見ていると、空を飛ぶように跳ね、まるで華麗な踊りを舞うかのように剣を操る者が現れた。
薄い紫を帯びた白地の着物が天女の羽衣のように宙に舞い、豊かな銀色の髪が靡いていた。
(はわわわ、素敵……)
琴禰は目を奪われて恍惚に酔いしれた。
この世のものとは思えないほど美しい姿。飛ぶように空を駆ける者などあやかしの国でも珍しい上に、まるで体の一部かのように剣を自在に操れる者など一人しかいない。
皆が呆気に取られて、あやかし王を眺めている。
『さあ、これをやってみろ』と言われても、誰も真似できない。
あやかし王が地面に着地すると、割れんばかりの喝采が鳴り響いた。琴禰もつられて拍手を送る。
すると煉魁は、遠くの拍手の音に気が付いたのか、練兵場の隅でこっそり見学していた琴禰に気が付いた。
目が合った琴禰は、慌てて物陰に隠れる。
「どうした、琴禰。こんなところにいるなんて」
一瞬のうちに煉魁は琴禰の後ろにいた。
「いえ、あの、練兵場にいると聞いて、差し入れを持ってきました」
振り返って、風呂敷に入れていた物を差し出す。
「差し入れ?」
煉魁は風呂敷を受け取ると、興味深そうにそれを眺めた。
「はい。おはぎを作ったのです。あやかしの調理器具では失敗してしまうことが多かったのですが、ようやくまともに作ることができました」
煉魁はその場に胡坐をかき、風呂敷を広げた。中には重箱があり、蓋を開けると美味しそうなおはぎが並べられていた。
「おぉ、美味そうだ!」
煉魁の目が輝く。
「食べていいか?」
「はい。お口に合えばいいのですが……」
謙遜する琴禰だが、料理の腕前は、あやかしの料理人も唸るほどのものだ。一口頬張ると、上品な餡子の甘味と柔らかなもち米の風味が絶品だった。
「うん、さすがだな!」
煉魁は声を張り上げて言った。
「ああ、良かったです」
琴禰もほっと安堵した。
「こんな美味しい差し入れを持ってきてくれる嫁がいる俺は幸せ者だなぁ」
煉魁はしみじみと呟く。
(こんな美しい夫を持つ私も幸せ者です)
琴禰は心の中で拝むように言った。煉魁の美しさは、まさに人外の美しさ。神々しすぎて拝んでしまう。
琴禰も煉魁の隣にちょこんと腰を下ろした。
「今日はどのくらいで帰ってこられますか?」
「訓練が終わったら帰れるぞ。それとも、もう切り上げて一緒に帰るか?」
「いいえ、稽古を教える煉魁様の姿があまりにも美しかったので、もう少し見学していってもいいですか? 邪魔にならない所にいますので」
煉魁はおはぎを頬張りながら、まばたきを繰り返した。
「もちろん、いいぞ。そうか、かっこよかったか……」
少し照れ臭そうな顔をして、煉魁は呟いた。俄然、やる気になったのは言うまでもない。
琴禰は突然、煉魁の肩に頭を乗せた。
控えめに甘えるような仕草に、煉魁の胸の心拍数が上がる。
「煉魁様は、誰よりもかっこいいです」
偽りのない本音だった。
毎日一緒にいるのに胸の高ぶりを感じる。遠くから見ても見惚れてしまう。夫婦なのに、こんなにときめくのはおかしいのではないかと思うくらい、好きな気持ちで溢れていた。
それはもちろん、煉魁も同じことで、毎夜抱いているのに、肩に頭を乗せられたくらいで胸が高鳴ってしまう。
今すぐ寝殿に連れ込んで組み敷きたい欲求と戦っているほどだ。
「さて、残りはあとで頂くとする。琴禰にかっこいい姿を見せねばいけないからな」
煉魁は重箱の蓋を閉め、風呂敷で巻いた。
琴禰は鍛錬の続きを見られるので、目を輝かせた。
「と、その前に」
煉魁は立ち上がる前に、琴禰に口付けをした。軽い口付けかと思いきや、思いのほか長いので、琴禰は終わらせようと身を引いた。
すると、煉魁は琴禰を抱き寄せて、舌で無理やり唇を開かせ、咥内に侵入してきた。
まさか練兵場の片隅でそんなに激しい口付けをされると思っていなかったので、驚いて離れようとするも煉魁はさらに激しさを増す。
衛兵達からは見えない物陰にいるとはいえ、さすがに激しすぎる。
琴禰の体を知り尽くしている煉魁は、一気に琴禰の体温を上昇させる。
頬が高揚し、潤んだ瞳で煉魁を責めるように見つめる琴禰の色っぽさに、背筋がぞくりとする快感を覚える。
「それでは、いってくる」
唇についた琴禰の口紅を親指で拭いながら、満足気に立ち上がる。
腰がくだけるように、力が入らなくなった琴禰を置いて、煉魁は何事もなかったかのように衛兵達の元へ戻っていった。
(煉魁様ったら……)
少しだけはだけた着物の衿を直して、恨みがましく煉魁の後ろ姿を見やる。
しかし、たまに見せる少しいたずらっ気を秘めた瞳の煉魁もたまらなく好きなのだ。
ご機嫌で気合の入った煉魁は、剣を持つと一際大きく空に舞った。
まるで白竜のように中空にくねらせた体を遊ばせ、流星のように剣光をたなびかせる。
その姿は誰にも真似できない唯一無二の美しさだった。
【完】
宮中の最奥にある大きな神殿の中で、琴禰は白の綺羅裳を纏っていた。髪には翡翠や瑪瑙の玉飾りが垂れ飾られ、顔の周りでちらちらと揺れている。そして、琴禰の隣で佇む、豪奢な漆黒の羽織袴を着こなした煉魁は、一幅の絵のように麗しい姿だった。
厳かな雰囲気の中で儀式は行われ、終わると国民向けの祝賀御礼の一般参賀が興行された。
美しい人間の花嫁を一目見ようと、各地からお祝いに駆けつけた大勢のあやかしが集っていた。
当初は結婚に反対されていたのが嘘のように、あやかし国はお祝いの空気で溢れていた。
あやかし達の大歓声を浴びると、琴禰は緊張した面持ちで手を振った。
(幸せすぎて怖いくらい)
不安気に煉魁を横目で見ると、煉魁は慣れた様子で歓声に応えている。
琴禰の視線に気が付いた煉魁は、優しく微笑んだ。
『大丈夫だ、自信を持て』と目で言われた気がして、琴禰は背筋を張った。
(大丈夫、私は幸せになっていい。煉魁様が側にいる)
琴禰は不器用ながらも笑顔を見せる。すると、歓声が一際大きく上がった。
結婚式から数日後、琴禰は衝撃的な事実を知る。
「茶々って、白猫だったのね」
驚きを通り越して、いっそ感心しながら呟いた琴禰に、茶々は「ニャー」と目を細めて返事をした。
茶色の猫だから、茶々と名付けたのに、今では綺麗な白猫なので不釣り合いな名前になってしまった。
あやかし国に連れてきた当初は、洗っても汚れが落ちきらなかったのか、うっすら茶色が残っていた。しかし、毎日櫛で梳かしていたら汚れていた毛がなくなり、本来の白い猫に変貌を遂げた。
「どうしましょう、改名する?」
茶々に聞いてみるも、返事すらせずに無視して毛繕いに勤しんでいる。
「困ったわ。でも、茶々も急に名前を変えられても困惑するわよね」
『茶々』と呼ぶと、『ニャー』と返事をする。とてつもなく賢い猫だと琴禰は思っているが、扶久に言わせると『返事をする猫はいますよ』と大して驚いていない様子だった。
宮殿内を縦横無尽に我が物顔で寛ぐ猫たち。
三匹の子猫たちも、すっかり大きくなった。
元気でやんちゃな白茶色の虎鉄と、三毛猫の美々、そして車に轢かれかけた八割れの最中。
全て琴禰が名付けた。
あやかし国には、動物を飼うという習慣がないらしく、最初は困惑されたが、今ではすっかり馴染んで可愛がられている。
けれど、なぜか煉魁と猫たちは相性が悪いらしく、いまだに警戒されている。
煉魁の力が強すぎるのが影響しているのだと思うが、猫と煉魁との微妙な距離感は見ているとなかなか面白い。
煉魁の方は仲良くなりたいと歩み寄っているのだが、どうにも上手くいっていない。
たまに、煉魁が猫に揶揄(からか)われているように見える時もあるので、琴禰は笑ってしまう。
完璧な俺様王である煉魁を困らせることができるなんて、さすが猫様だ。
最近、煉魁がこれまでより仕事に精を出すようになったらしく、琴禰は臣下たちから感謝されていた。というのも、琴禰が、
『お仕事を頑張る殿方って素敵ですよね』
と何とはなしに呟いたからだ。
国を上げての盛大な結婚式をしてからは、さらに公務に意欲的になった。
責任感が生まれたのか、はたまた琴禰に良く思われたいためか、よく分からないがやる時はやる男なのでとても頼もしい。
琴禰も料理を一生懸命学んで、毎日立派な御膳を作っている。
煉魁はもちろん、侍女たちにも好評なので、お菓子を作って配るなど大忙しだ。
日の光が差す絢爛豪華なあやかしの宮中を歩いていると、琴禰の存在に気が付いたあやかし達が足を止め、にこやかな笑顔で会釈してくれる。
こんな日が来るなんて、まるで夢のようだ。どこに行っても邪魔にされ、疎まれ、排除されていた。
にこやかに挨拶をされるたび、ここにいてもいいと言われているようで、感謝の気持ちが湧き上がってきて泣きそうになるのだ。
琴禰が滅ぼした祓魔の村は、復興に一苦労しているらしい。
というのも、最も頼りになる大巫女と、祓魔四人衆は記憶がないので何もできない。他の者達も祓魔の力が消えてしまったそうで、ただの人間と変わらなくなった。
祓魔の特別な力があるから富を手に入れていたのに、それがなくなってしまったので地道に村づくりをしていくしかないからだ。
それを聞いても、琴禰は心を動かされなかった。もう終わったことだ。
彼らがどんな生活をしていても、琴禰にはもう関係のないことだと思った。
琴禰の居場所はあやかしで、この地で一生生きていくと決めた。それが琴禰にとって最大の幸せである。
宮中の端にある大きな練兵場で、煉魁が衛兵の鍛錬に付き合っていると聞いた琴禰は、そこに向かっていた。
宮中は広すぎていまだに把握しきれていない。花嫁修業の時に教わった宮中の地図を、頭の中で必死に思い出し、なんとか辿り着いた。
広大な用地に、多くの衛兵が鎧を着て、剣の稽古をしていた。
特別な力を持っているのに剣を扱うのかと不思議に思って見ていると、どうやら剣に力を込めると一太刀で建物を斬れるほどの威力を出すことが可能らしい。
祓魔も式神を使うので、力の弱い者ほど道具を用いた方が、力の発現を自在に操れるのだろう。
(祓魔も元は、罪を犯したあやかしが、人間と交わったことで特別な力を持つことができたから、発力源は同じなのかもしれないわね)
起源が一緒なら、琴禰にも、あやかしの力が使えるようになるかもしれない。
料理をする時になど便利なので使えるようになりたいが、力は一向に目覚める気配はない。
そんなことを考えながら見ていると、空を飛ぶように跳ね、まるで華麗な踊りを舞うかのように剣を操る者が現れた。
薄い紫を帯びた白地の着物が天女の羽衣のように宙に舞い、豊かな銀色の髪が靡いていた。
(はわわわ、素敵……)
琴禰は目を奪われて恍惚に酔いしれた。
この世のものとは思えないほど美しい姿。飛ぶように空を駆ける者などあやかしの国でも珍しい上に、まるで体の一部かのように剣を自在に操れる者など一人しかいない。
皆が呆気に取られて、あやかし王を眺めている。
『さあ、これをやってみろ』と言われても、誰も真似できない。
あやかし王が地面に着地すると、割れんばかりの喝采が鳴り響いた。琴禰もつられて拍手を送る。
すると煉魁は、遠くの拍手の音に気が付いたのか、練兵場の隅でこっそり見学していた琴禰に気が付いた。
目が合った琴禰は、慌てて物陰に隠れる。
「どうした、琴禰。こんなところにいるなんて」
一瞬のうちに煉魁は琴禰の後ろにいた。
「いえ、あの、練兵場にいると聞いて、差し入れを持ってきました」
振り返って、風呂敷に入れていた物を差し出す。
「差し入れ?」
煉魁は風呂敷を受け取ると、興味深そうにそれを眺めた。
「はい。おはぎを作ったのです。あやかしの調理器具では失敗してしまうことが多かったのですが、ようやくまともに作ることができました」
煉魁はその場に胡坐をかき、風呂敷を広げた。中には重箱があり、蓋を開けると美味しそうなおはぎが並べられていた。
「おぉ、美味そうだ!」
煉魁の目が輝く。
「食べていいか?」
「はい。お口に合えばいいのですが……」
謙遜する琴禰だが、料理の腕前は、あやかしの料理人も唸るほどのものだ。一口頬張ると、上品な餡子の甘味と柔らかなもち米の風味が絶品だった。
「うん、さすがだな!」
煉魁は声を張り上げて言った。
「ああ、良かったです」
琴禰もほっと安堵した。
「こんな美味しい差し入れを持ってきてくれる嫁がいる俺は幸せ者だなぁ」
煉魁はしみじみと呟く。
(こんな美しい夫を持つ私も幸せ者です)
琴禰は心の中で拝むように言った。煉魁の美しさは、まさに人外の美しさ。神々しすぎて拝んでしまう。
琴禰も煉魁の隣にちょこんと腰を下ろした。
「今日はどのくらいで帰ってこられますか?」
「訓練が終わったら帰れるぞ。それとも、もう切り上げて一緒に帰るか?」
「いいえ、稽古を教える煉魁様の姿があまりにも美しかったので、もう少し見学していってもいいですか? 邪魔にならない所にいますので」
煉魁はおはぎを頬張りながら、まばたきを繰り返した。
「もちろん、いいぞ。そうか、かっこよかったか……」
少し照れ臭そうな顔をして、煉魁は呟いた。俄然、やる気になったのは言うまでもない。
琴禰は突然、煉魁の肩に頭を乗せた。
控えめに甘えるような仕草に、煉魁の胸の心拍数が上がる。
「煉魁様は、誰よりもかっこいいです」
偽りのない本音だった。
毎日一緒にいるのに胸の高ぶりを感じる。遠くから見ても見惚れてしまう。夫婦なのに、こんなにときめくのはおかしいのではないかと思うくらい、好きな気持ちで溢れていた。
それはもちろん、煉魁も同じことで、毎夜抱いているのに、肩に頭を乗せられたくらいで胸が高鳴ってしまう。
今すぐ寝殿に連れ込んで組み敷きたい欲求と戦っているほどだ。
「さて、残りはあとで頂くとする。琴禰にかっこいい姿を見せねばいけないからな」
煉魁は重箱の蓋を閉め、風呂敷で巻いた。
琴禰は鍛錬の続きを見られるので、目を輝かせた。
「と、その前に」
煉魁は立ち上がる前に、琴禰に口付けをした。軽い口付けかと思いきや、思いのほか長いので、琴禰は終わらせようと身を引いた。
すると、煉魁は琴禰を抱き寄せて、舌で無理やり唇を開かせ、咥内に侵入してきた。
まさか練兵場の片隅でそんなに激しい口付けをされると思っていなかったので、驚いて離れようとするも煉魁はさらに激しさを増す。
衛兵達からは見えない物陰にいるとはいえ、さすがに激しすぎる。
琴禰の体を知り尽くしている煉魁は、一気に琴禰の体温を上昇させる。
頬が高揚し、潤んだ瞳で煉魁を責めるように見つめる琴禰の色っぽさに、背筋がぞくりとする快感を覚える。
「それでは、いってくる」
唇についた琴禰の口紅を親指で拭いながら、満足気に立ち上がる。
腰がくだけるように、力が入らなくなった琴禰を置いて、煉魁は何事もなかったかのように衛兵達の元へ戻っていった。
(煉魁様ったら……)
少しだけはだけた着物の衿を直して、恨みがましく煉魁の後ろ姿を見やる。
しかし、たまに見せる少しいたずらっ気を秘めた瞳の煉魁もたまらなく好きなのだ。
ご機嫌で気合の入った煉魁は、剣を持つと一際大きく空に舞った。
まるで白竜のように中空にくねらせた体を遊ばせ、流星のように剣光をたなびかせる。
その姿は誰にも真似できない唯一無二の美しさだった。
【完】