なんとか結界を破って外に出ようとしていた琴禰は、体力を使い果たし座り込んでいた。
(どうすればいいのだろう。いつ力が発動されてもおかしくないのに)
焦燥感が増すが、力が発動される気配はない。
澄八はもう人間界に降り立ったはずなのに、おかしい。
(裏切りに気づかれた今、私を生かしておく理由なんてないのに。むしろ、早々に始末しておきたいはず)
澄八の考えがわからない。先延ばしされればされるほど、悪い方向に進んでいるような気がして怖かった。
そんな時、遠くに行ったのか気配のしなかった煉魁が、宮殿に戻ってきた。
(煉魁様! 私に近付かないで!)
琴禰は強く願ったが、煉魁は迷うことなく寝室に入って来た。
「お待たせ、琴禰」
煉魁はとても優しい声で言った。琴禰を労わる気持ちが感じられて、再び涙が溢れてくる。
「近寄らないでください!」
琴禰は自分の体を抱きしめ、大きな声で叫んだ。
「もう大丈夫だ。澄八は俺が拘束した」
涙を流しながら、顔を上げる。言葉の意味をはかりかねていると、煉魁は慈しむような眼差しで琴禰に近付いてきた。
「血の契約は発動されない。もう恐れなくていいのだ」
「どうしてそれを?」
煉魁は座り込んでいる琴禰を、そっと包み込むように抱きしめた。
「人間界に行って、全てを聞いてきた。契約の発動には術式が必要となる。おそらく澄八は手を使って術を使うのだろう。澄八は手を骨折して術が使えなくなっていた。だが念のため、体を動かせないようにしてきたから、あいつは一生術を使えない」
琴禰は煉魁の胸の中で、何度も瞬きをした。
確かに澄八は、というか祓魔師たちは術式を行うときに、指に印を結んで構える。式神など高度な術式は、白紙などを用いる必要がある。
琴禰は力が強いので、あやかしのように術式を用いなくても力を使うこともできるが、それは異能だからだ。
術を使わずに車を持ち上げることができ、祓魔の力では考えられないことをやってしまったから排除された。
血の契約を発動させるという大きな力が必要な時は、澄八の力では術式を用いず発動させることはできないだろう。
どうして澄八は力を発動させなかったのか理由がわかったけれど、体を動かせないようにしてきたとはどういうことなのだろう。
「腕を拘束してきたのですか?」
「いや、念のため手足も動けなくさせてきた。まあ口は動くので餓死することはないだろう」
なかなか非道な行いだ。つまり、澄八は一生寝たきりの状態になったということだ。
「だからもう、恐れることはない。安心して俺の側にいろ」
にわかには信じがたいことだが、力の発動がされないということが、煉魁の言葉が真実であるという何よりの裏付けだ。
琴禰は体から力が抜けていくのを感じた。
「煉魁様、嘘をついていて申し訳ありませんでした」
「何を言う。一番辛かったのは琴禰だろう?」
煉魁の言葉に、琴禰の目から温かな涙が零れ落ちる。
「離縁してくださいって言ってごめんなさい」
「うん、もう二度と言うなよ」
離縁に関しては煉魁も相当まいったらしく、苦笑いしていた。
琴禰を心から大切に思っていることが伝わってくる。
「お側にいてもいいのですか?」
琴禰は潤んだ瞳で煉魁の顔を見上げる。
「ああ、一生側にいろ」
煉魁は琴禰の唇を奪うように口付けした。
―― 人間界。
手足がまったく動けなくなった澄八は、灰神楽家に運ばれ、布団に寝かされていた。
絶望の淵の中で、澄八は諦めてはいなかった。
不幸中の幸いか、頭と口は動く。起死回生の一手はないかと思考を巡らす。
そして桃子は、寝たきりとなってしまった婚約者を見捨てなかった。
我儘で見栄っ張りな桃子の性格上、寝たきりとなってしまった男など早々に捨てるかと思いきや、優しく介抱する姿を見て、両親たちは胸を痛めながらも感心していた。
昔から桃子には甘かった両親なので、澄八が寝たきりとなってしまっても、桃子がそれでも一緒になりたいと言うなら受け入れてやろうと話していたほどだ。
「澄八さん、お粥を持ってきました」
お盆の上に、小さな土鍋と取り皿を載せ、桃子は部屋に入ってきた。
顔は動かせるので、横に向ける。
「桃子が作ったのか?」
「いえ、お手伝いさんが作ったものです」
「そうか、それならいただこう」
以前、桃子が作ったものを食べて大変な思いをしたことがある澄八は、桃子の料理を警戒している。
桃子も料理は大嫌いなので、『もう作らなくていいよ』と澄八に言われて、ほっとしていた。
桃子は畳の上にお盆を載せると、粥を取り皿によそい、ふうふうと息を吹きかけた。
そして澄八の上半身を起こし、背中を壁にもたれかけさせて、痛くないように壁と腰の間に毛布をいれてやる。
これだけで大変な重労働だ。桃子は額にうっすら汗をかきながら、冷ました粥を匙に掬って、澄八の口に入れる。
「熱くはないですか?」
「うん、ちょうどいい」
桃子は安堵の笑みを漏らすと、再び粥に息を吹きかけた。
(桃子にこんな面があるとは、意外だな)
家事能力皆無で、贅沢好きな我儘娘。
正直にいって、結婚にはあまり乗り気ではなかったけれど、こんな体となってしまった今、選り好みしている場合じゃない。
(桃子を俺の手足として使い、血の契約の失効方法を調べさせるか)
まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
絶対的に優位な立場にいたはずなのに、少しの不運で形勢逆転された。
まだ力が完全に回復していなかったのに、焦って人間界に戻ったのがいけなかった。
落ちた時に手を骨折していなければ、今頃琴禰は暴発し、あやかし国に甚大な被害をもたらすことができたのだ。
(おのれ、あやかし王、絶対に許さない。だが、あの強大な力。葬り去ることができないなら、手下となり人間界の頂点に僕が君臨するのも悪くない)
澄八は口の端を歪め、腹黒い笑みを浮かべた。
その時だった。
屋敷の外で何やら言い争いになっている複数の声がした。
「どうしたのかしら」
桃子は立ち上がり、外の様子を見に行こうとして襖に手をかけた。
『ぎゃー!』
まるで断末魔のような悲鳴が聞こえた。
「お母親の声だわ!」
「待て!」
桃子は声のする方に駆け出して行きそうだったので、澄八が止める。
「何が起きているのかわからない。桃子は僕を抱えて裏口から逃げろ」
「私一人ではとても……」
「式神を作ればいいだろ。早く!」
桃子は軽く頷くと、震える手で着物の衿に手を入れる。祓魔師はたいてい何かあった時のために形代を肌身離さず持つしきたりがある。
桃子は形代を取り出したものの、手が震えてしまって、床に落としてしまった。
「何をやっている! 急げ!」
澄八に叱責された桃子は、涙目で形代を拾う。
すると、襖が壊れるくらい大きな音を立てて開かれた。
先頭に腰の曲がった大巫女。それに付きそう麻羅。
そして後ろには祓魔五人衆の姿があった。しかし、今は澄八がいないので四人衆となっている。
祓魔四人衆の中でも一番力の強い屈強な熊野久の手には、血に濡れた大きな日本刀があった。いましがた、誰かを殺してきたのは一目瞭然だった。
桃子は畳に膝をつきながら、恐怖に満ちた目で彼らを見上げる。
「まさか、お母親を殺したの?」
震える唇で問うと、日本刀を持った熊野久が自慢気に答えた。
「母親のみならず、家政婦も父親も皆殺しにしてきたぞ!」
桃子の目は絶望に染まる。そして、次は自分の番であることを悟った桃子は、立ち上がって逃げ出した。
「待て、俺を置いて行くな!」
澄八が叫んだ瞬間、桃子の背に深々と刀が突き立てられた。
「逃げられると思うなよ。一家全員皆殺しだ」
熊野久は舌なめずりをして、突き刺した日本刀を引き抜いた。その瞬間、血しぶきが部屋中に広がり、澄八の顔に鮮血がかかった。
血だまりの中に横たわり、絶命した桃子を見て、澄八は祓魔一族に裏切られたことを知る。
「僕は祓魔のために尽くしてきたのですよ! それなのにどうして!」
「祓魔のためとは笑わせる。お前はいつだって自分のためじゃ」
大巫女が侮蔑の眼差しで澄八を見下ろす。
「大巫女様は我々に嘘をついていたのだ! あやかし王は厄災などではなかった。それなのにお前たちはまだ大巫女様に仕えるのか⁉」
大巫女を説得するのは無理だと思った澄八は、祓魔四人衆に向かって言った。
すると、年長者で祓魔五人衆をいつもまとめていた活津が、冷淡で底意地の悪い顔を浮かべながら答えた。
「確かに祓魔の中では大巫女様に異を唱える者が出てきたようであるが、我らは大巫女様の考えを支持する。妖魔が街に溢れかえれば、我らに頼らざるを得ないだろう。我らの時代の幕開けだ」
澄八は絶句した。
しかし、もしも澄八が動けていたら、彼らの考えに同調していた。だが今は、その考えを認めることはできない。自分の命が懸かっているのだから。
「ぼ、ぼ、僕を殺しても、あやかし王は死なない! それどころか琴禰を殺され、あやかしの国も破壊されたら、あやかし王は怒って祓魔を潰しに来るかもしれない!」
「否、あやかし王に会うて確信したぞ。あやつは琴禰に心底惚れておる。血の契約が発動されたら、己の命が犠牲になろうとも、琴禰を守ろうとするであろう。琴禰の元に、あやかし王がいる今が絶好の機会なのじゃ」
「で、で、でも、でも!」
動けない澄八は、必死に大巫女を説得しようと頭を回転させる。
(考えろ、考えろ! 俺の一番の武器である頭は動く。殺されてたまるか!)
「澄八よ、お前は自分が賢いと思っておるな。だが、お前はただの小賢しい男に過ぎない。血の契約が長年禁忌とされた理由が分からないのじゃろう? こんなに便利な術なのに、なぜ誰も使ってこなかったのか。あまりにも危険な術で、その強大な力ゆえ、命を奪われる者が後を絶たなかったからじゃ。人智を超越した力を浅はかに使うとどうなるのか。それが分からないとは、愚かな童よ」
大巫女は不気味に微笑み、日本刀を持った熊野久が澄八に近付く。
澄八は、嫌だ嫌だと駄々をこねる子どものように首を振り、顔面蒼白で半狂乱となった。
「やめろ、やめろ、やめろぉ~!」
澄八の絶叫と共に、胸に日本刀が突き刺さる。そして、血の契約は発動された。
(どうすればいいのだろう。いつ力が発動されてもおかしくないのに)
焦燥感が増すが、力が発動される気配はない。
澄八はもう人間界に降り立ったはずなのに、おかしい。
(裏切りに気づかれた今、私を生かしておく理由なんてないのに。むしろ、早々に始末しておきたいはず)
澄八の考えがわからない。先延ばしされればされるほど、悪い方向に進んでいるような気がして怖かった。
そんな時、遠くに行ったのか気配のしなかった煉魁が、宮殿に戻ってきた。
(煉魁様! 私に近付かないで!)
琴禰は強く願ったが、煉魁は迷うことなく寝室に入って来た。
「お待たせ、琴禰」
煉魁はとても優しい声で言った。琴禰を労わる気持ちが感じられて、再び涙が溢れてくる。
「近寄らないでください!」
琴禰は自分の体を抱きしめ、大きな声で叫んだ。
「もう大丈夫だ。澄八は俺が拘束した」
涙を流しながら、顔を上げる。言葉の意味をはかりかねていると、煉魁は慈しむような眼差しで琴禰に近付いてきた。
「血の契約は発動されない。もう恐れなくていいのだ」
「どうしてそれを?」
煉魁は座り込んでいる琴禰を、そっと包み込むように抱きしめた。
「人間界に行って、全てを聞いてきた。契約の発動には術式が必要となる。おそらく澄八は手を使って術を使うのだろう。澄八は手を骨折して術が使えなくなっていた。だが念のため、体を動かせないようにしてきたから、あいつは一生術を使えない」
琴禰は煉魁の胸の中で、何度も瞬きをした。
確かに澄八は、というか祓魔師たちは術式を行うときに、指に印を結んで構える。式神など高度な術式は、白紙などを用いる必要がある。
琴禰は力が強いので、あやかしのように術式を用いなくても力を使うこともできるが、それは異能だからだ。
術を使わずに車を持ち上げることができ、祓魔の力では考えられないことをやってしまったから排除された。
血の契約を発動させるという大きな力が必要な時は、澄八の力では術式を用いず発動させることはできないだろう。
どうして澄八は力を発動させなかったのか理由がわかったけれど、体を動かせないようにしてきたとはどういうことなのだろう。
「腕を拘束してきたのですか?」
「いや、念のため手足も動けなくさせてきた。まあ口は動くので餓死することはないだろう」
なかなか非道な行いだ。つまり、澄八は一生寝たきりの状態になったということだ。
「だからもう、恐れることはない。安心して俺の側にいろ」
にわかには信じがたいことだが、力の発動がされないということが、煉魁の言葉が真実であるという何よりの裏付けだ。
琴禰は体から力が抜けていくのを感じた。
「煉魁様、嘘をついていて申し訳ありませんでした」
「何を言う。一番辛かったのは琴禰だろう?」
煉魁の言葉に、琴禰の目から温かな涙が零れ落ちる。
「離縁してくださいって言ってごめんなさい」
「うん、もう二度と言うなよ」
離縁に関しては煉魁も相当まいったらしく、苦笑いしていた。
琴禰を心から大切に思っていることが伝わってくる。
「お側にいてもいいのですか?」
琴禰は潤んだ瞳で煉魁の顔を見上げる。
「ああ、一生側にいろ」
煉魁は琴禰の唇を奪うように口付けした。
―― 人間界。
手足がまったく動けなくなった澄八は、灰神楽家に運ばれ、布団に寝かされていた。
絶望の淵の中で、澄八は諦めてはいなかった。
不幸中の幸いか、頭と口は動く。起死回生の一手はないかと思考を巡らす。
そして桃子は、寝たきりとなってしまった婚約者を見捨てなかった。
我儘で見栄っ張りな桃子の性格上、寝たきりとなってしまった男など早々に捨てるかと思いきや、優しく介抱する姿を見て、両親たちは胸を痛めながらも感心していた。
昔から桃子には甘かった両親なので、澄八が寝たきりとなってしまっても、桃子がそれでも一緒になりたいと言うなら受け入れてやろうと話していたほどだ。
「澄八さん、お粥を持ってきました」
お盆の上に、小さな土鍋と取り皿を載せ、桃子は部屋に入ってきた。
顔は動かせるので、横に向ける。
「桃子が作ったのか?」
「いえ、お手伝いさんが作ったものです」
「そうか、それならいただこう」
以前、桃子が作ったものを食べて大変な思いをしたことがある澄八は、桃子の料理を警戒している。
桃子も料理は大嫌いなので、『もう作らなくていいよ』と澄八に言われて、ほっとしていた。
桃子は畳の上にお盆を載せると、粥を取り皿によそい、ふうふうと息を吹きかけた。
そして澄八の上半身を起こし、背中を壁にもたれかけさせて、痛くないように壁と腰の間に毛布をいれてやる。
これだけで大変な重労働だ。桃子は額にうっすら汗をかきながら、冷ました粥を匙に掬って、澄八の口に入れる。
「熱くはないですか?」
「うん、ちょうどいい」
桃子は安堵の笑みを漏らすと、再び粥に息を吹きかけた。
(桃子にこんな面があるとは、意外だな)
家事能力皆無で、贅沢好きな我儘娘。
正直にいって、結婚にはあまり乗り気ではなかったけれど、こんな体となってしまった今、選り好みしている場合じゃない。
(桃子を俺の手足として使い、血の契約の失効方法を調べさせるか)
まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
絶対的に優位な立場にいたはずなのに、少しの不運で形勢逆転された。
まだ力が完全に回復していなかったのに、焦って人間界に戻ったのがいけなかった。
落ちた時に手を骨折していなければ、今頃琴禰は暴発し、あやかし国に甚大な被害をもたらすことができたのだ。
(おのれ、あやかし王、絶対に許さない。だが、あの強大な力。葬り去ることができないなら、手下となり人間界の頂点に僕が君臨するのも悪くない)
澄八は口の端を歪め、腹黒い笑みを浮かべた。
その時だった。
屋敷の外で何やら言い争いになっている複数の声がした。
「どうしたのかしら」
桃子は立ち上がり、外の様子を見に行こうとして襖に手をかけた。
『ぎゃー!』
まるで断末魔のような悲鳴が聞こえた。
「お母親の声だわ!」
「待て!」
桃子は声のする方に駆け出して行きそうだったので、澄八が止める。
「何が起きているのかわからない。桃子は僕を抱えて裏口から逃げろ」
「私一人ではとても……」
「式神を作ればいいだろ。早く!」
桃子は軽く頷くと、震える手で着物の衿に手を入れる。祓魔師はたいてい何かあった時のために形代を肌身離さず持つしきたりがある。
桃子は形代を取り出したものの、手が震えてしまって、床に落としてしまった。
「何をやっている! 急げ!」
澄八に叱責された桃子は、涙目で形代を拾う。
すると、襖が壊れるくらい大きな音を立てて開かれた。
先頭に腰の曲がった大巫女。それに付きそう麻羅。
そして後ろには祓魔五人衆の姿があった。しかし、今は澄八がいないので四人衆となっている。
祓魔四人衆の中でも一番力の強い屈強な熊野久の手には、血に濡れた大きな日本刀があった。いましがた、誰かを殺してきたのは一目瞭然だった。
桃子は畳に膝をつきながら、恐怖に満ちた目で彼らを見上げる。
「まさか、お母親を殺したの?」
震える唇で問うと、日本刀を持った熊野久が自慢気に答えた。
「母親のみならず、家政婦も父親も皆殺しにしてきたぞ!」
桃子の目は絶望に染まる。そして、次は自分の番であることを悟った桃子は、立ち上がって逃げ出した。
「待て、俺を置いて行くな!」
澄八が叫んだ瞬間、桃子の背に深々と刀が突き立てられた。
「逃げられると思うなよ。一家全員皆殺しだ」
熊野久は舌なめずりをして、突き刺した日本刀を引き抜いた。その瞬間、血しぶきが部屋中に広がり、澄八の顔に鮮血がかかった。
血だまりの中に横たわり、絶命した桃子を見て、澄八は祓魔一族に裏切られたことを知る。
「僕は祓魔のために尽くしてきたのですよ! それなのにどうして!」
「祓魔のためとは笑わせる。お前はいつだって自分のためじゃ」
大巫女が侮蔑の眼差しで澄八を見下ろす。
「大巫女様は我々に嘘をついていたのだ! あやかし王は厄災などではなかった。それなのにお前たちはまだ大巫女様に仕えるのか⁉」
大巫女を説得するのは無理だと思った澄八は、祓魔四人衆に向かって言った。
すると、年長者で祓魔五人衆をいつもまとめていた活津が、冷淡で底意地の悪い顔を浮かべながら答えた。
「確かに祓魔の中では大巫女様に異を唱える者が出てきたようであるが、我らは大巫女様の考えを支持する。妖魔が街に溢れかえれば、我らに頼らざるを得ないだろう。我らの時代の幕開けだ」
澄八は絶句した。
しかし、もしも澄八が動けていたら、彼らの考えに同調していた。だが今は、その考えを認めることはできない。自分の命が懸かっているのだから。
「ぼ、ぼ、僕を殺しても、あやかし王は死なない! それどころか琴禰を殺され、あやかしの国も破壊されたら、あやかし王は怒って祓魔を潰しに来るかもしれない!」
「否、あやかし王に会うて確信したぞ。あやつは琴禰に心底惚れておる。血の契約が発動されたら、己の命が犠牲になろうとも、琴禰を守ろうとするであろう。琴禰の元に、あやかし王がいる今が絶好の機会なのじゃ」
「で、で、でも、でも!」
動けない澄八は、必死に大巫女を説得しようと頭を回転させる。
(考えろ、考えろ! 俺の一番の武器である頭は動く。殺されてたまるか!)
「澄八よ、お前は自分が賢いと思っておるな。だが、お前はただの小賢しい男に過ぎない。血の契約が長年禁忌とされた理由が分からないのじゃろう? こんなに便利な術なのに、なぜ誰も使ってこなかったのか。あまりにも危険な術で、その強大な力ゆえ、命を奪われる者が後を絶たなかったからじゃ。人智を超越した力を浅はかに使うとどうなるのか。それが分からないとは、愚かな童よ」
大巫女は不気味に微笑み、日本刀を持った熊野久が澄八に近付く。
澄八は、嫌だ嫌だと駄々をこねる子どものように首を振り、顔面蒼白で半狂乱となった。
「やめろ、やめろ、やめろぉ~!」
澄八の絶叫と共に、胸に日本刀が突き刺さる。そして、血の契約は発動された。