「――まぁいいですよ」

 結局、負けるようにそう答えてしまった。

「その間が何か気になるけど? まぁいいや。じゃあ僕がやる? それとも君がやる?」

 蒼空さんは自分のスマホを軽く差し出して見せた。どうしようか。そう思いながらスマホを渡すほど親しい間柄じゃないのは確実だしとか色々考えていると――その瞬間、俺の面倒臭がりな部分が顔を覗かせスマホを差し出させた(今の時代ロックを解除したスマホをそんな人へ渡すなんて下手すれば危険を招くということは分かっているが)。でもそれは多分、先に選択権をこちらにくれたからだと思う。なんて後付けでも置いておこう。
 そして彼は「おっけ」と呟きスマホを受け取ると俺に見えるようにテーブルへ寝かせ操作を始めた。

「はい。出来た」

 あっという間に連絡交換が終わると俺のスマホが無事に返ってきた。開かれた連絡帳に追加された鯨臥蒼空という名前。電話番号を交換したのなんていつぶりだろう。今じゃ殆どしないし。

「お待たせしましたぁ」

 スマホの画面を眺めていると夏希が飲み物とケーキを運んできた。手際よく並べていきスマホを仕舞う頃には俺の目の前には立ち昇る湯気が揺れる紅茶。そして向こう側にはホットコーヒーと美味しそうなケーキがひと切れ。

「ごゆっくりどうぞ」

 言葉の後、会釈をした夏希を見ていると顔を上げた彼女と目が合あった。すると冗談でも言うようにウィンクをひとつして夏希はテーブルを離れた。

「美味しそう」

 一体何が言いたかったんだとその後ろ姿を見送っていると、蒼空さんがスイーツ好きの女子のような声で呟くのが聞こえた。夏希の後姿から正面へ顔を戻すと丁度ひと口サイズに切った先端を口へ運んでいるところ。そしてケーキが口に入りワンテンポ置いてから彼の表情は花咲いた。
 そんな満足そう気で美味しそうにケーキを食べる彼を見ながら俺は紅茶をひと口。レモン香る甘いレモンティーは温かく美味しかった。

「それで。どうやってその夢の欠片を集めるんですか?」

 紅茶をひと口ふた口と楽しんだ後、本題についてずっと気になっていたことを尋ねた。夢見る者達の希望と情熱。何度か考えてみたが一体どうやってそんなものを手に入れるつもりなんだろうか? やっぱり分からない。
 俺の質問に蒼空さんは食べる寸前ではなかったが余程美味しいのかケーキをもうひと口食べてからこっちを向いた。

「まずは夢を持っている人を探して、その人に夢を語ってもらう。そうしたら集まるよ。って言葉で説明しても分からないと思うから実際に見た方がいいかもね」

 そう言うと既に用意していた次のひと口を開いたままの口へ投入。

「でも夢を持ってるかなんて見た目じゃ分からないし、そもそも急に知らない人からそんな事訊かれても話してくれますかね?」
「まぁ、一番の難題はそこだよね」

 大して策があるようには見えないが蒼空さんは何とも楽観的な雰囲気だった。それとも今はケーキに夢中で適当になってるだけなんだろうか?

「ちなみにこれまでその夢の欠片っていうのを集めた事は?」

 彼は口へケーキを送り届けたフォークをこっちへ向けた。

「もちろんあるよ」

 流石にそれはないかと思ってたけどちゃんと経験があって安心した。

「じゃあ量? っていうのか分からないですけどどれぐらい必要なんですか?」
「んー。まぁ彼を呼ぶだけならそんなに必要ないと思うけど、折角なら沢山食べて欲しいじゃん」
「沢山って……」

 俺は零すように呟きながら店内を見回した。友人同士で会話に花を咲かせる人やスーツ姿のパソコンで作業をする人、スマホに目を落とす男女。疎らに座る様々な人々を見ながら、もし彼ら全員からその夢の欠片と言うモノを手に入れられたとしたら十分足りるのか。それともまだまだ足りないのか。そんな事を考えていた。
 すると突然、目の前(俺の横の席)に人が滑り込むように座ってきた。俺は内心、一驚に喫しながらも誰かを確認するために視線をその人へと向ける。