繋がっているようで一線を画す青と蒼。
見上げれば芸術を代弁するかのような雲が流れ。視線を下ろせば冀望を体現するかのよな煌々たる水面。
どこまでも広く。どこまでも深く。どこまでもアオイ。
それは確かにブリーチングした鯨がそのまま浮遊しては、空を泳いでしまいそうな景色だった。既に幻想的で何かが起こりそうな気持ちにさせてくれている。
そんな景色の見れる岬は小屋がある場所から思ったより遠くない場所にあった。
「ここですか?」
こんな場所があったのか、そう感心を含ませた俺は景色を見渡しながら呟くように尋ねた。
「そう。ここ」
遅れて鯨臥さんを見遣ると、彼は答えながら空を見回している。その視線を追い。同じ様に見上げてみるが――当然ながらそこにあるのは青空と雲だけ。
一通り見回してみても鯨の姿は無く、言葉を口にしながら隣の鯨臥さんの方へ顔を戻した。
「それで、その夢鯨っていうのは……」
その言葉に空を見上げていた顔がこっちへ向く。
「んー。いないね」
その表情と言葉は何とも軽く爽やかだった。
だけど俺はやっぱり空を泳ぐ鯨なんて本当は居ないんだと、若干の期待分だけ密かに落胆した。もしかしたらと彼から感じたモノが多少なりともそう思わせてくれてた分、落差が心に響く。
同時にやっぱりこの人は冗談を言っていて俺は上手く嵌められたんだと敗北感のようなモノも感じた。でも騙したり嘘だと思わず冗談だと思ったのは、やはり彼の何とも言い表せない雰囲気の所為なのかもしれない。俺は何故か彼が悪い人だとは思えなかった。
「あー! 絶対今、コイツ嘘吐きとか思ってるでしょ!」
何も言わずそんな事を思いながら顔をただ見てたからか、声を上げた彼は不機嫌そうな表情を浮かべた。
でもそれは概ねその通りで、嘘吐きとまでは思ってないけど確かに空を泳ぐ鯨なんていないとは思ってる。それどころか彼を多少なりとも疑い始めているのもまた事実。
「いや……でも――」
肯定も否定も出来ず視線は逃げるように彼から逸れた。
「そりゃあ彼だって生き物で動いてる訳だし、必ず見れるとは限らないでしょ」
「そうかもしれないですけど、あの言い方はてっきりそうかと思って……」
「甘いよ。蓮君」
そう言いながらチッチッチと人差し指を振るその姿は、申し訳ないけどちょっとうざかった。
「でも本当に存在するですか? そんな鯨」
「いるよ」
考えるまでもなく自信の籠った堂々たる即答。
「ならもちろん鯨臥さんは実際に見た事あるんですよね? 夢とかじゃなくて現実で」
「僕と同じことを言うね」
ふふっ、と僅かに笑い声を零す鯨臥さん。
「でももちろん。しっかりとこの目で見た事あるよ。この大空を自由に泳ぐ大きな、大きな夢鯨をね」
鯨臥さんはそう言いながら空を撫でるように両手を動かす。
すると突然、俺達は影に包まれた。まさか――。
そう思いすぐさま空を見上げる。
だけどそこに期待した巨体は無く、ただ雲が太陽の前を通過しただけだった。
「あぁー。残念。もしかしたらと思ったのに」
同じく空を見上げていた鯨臥さんはそこまで残念そうではない声でそう言った。
そして先ほどと大して変わらない表情で俺を見た。
「よし! 分かった。僕も嘘吐きなんて思われたくないからこうしようか」
別に嘘吐きとまでは思ってない。ただ今のとこは、陽気でよく分からないお兄さんってとこだ。
「一緒に夢鯨を呼ぼう」
「呼ぶ?」
俺の頭に真っ先に浮かんできたのは儀式だった。宇宙人と交信的な少し怪しい儀式。とりあえずこの人がどんな人だろうとも、もしお金や商品購入など何かしらの団体への入会を促されたらすぐに別れよう。その瞬間、俺は秘かに心に決めた。
「そう。夢の欠片を集めて呼ぶんだ」
「夢の欠片ってさっき言ってたやつですよね?」
正直、聞き流してたからよくは覚えてない。
「夢見る者達の希望と情熱から成る夢の欠片。それが彼の餌なんだ」
「えーっと。それを今から集めるってことですか?」
一体そんな抽象的なモノをどうやって手にするんだろうか? それをどうやってその鯨は食べるのか?
彼に会ってから疑問は尽きないし、段々と自分の人を見る目に不安すら抱き始めてる。
「そう。じゃっ、行くよ」
だけどそんな俺を他所に彼は来た道へと歩き出した。自信とは違う、その背中にあったのは確信――それを超えた常識のような類のものだ。まるで天動説が常識な時代へ行った俺らが地動説に疑いを抱かないかのように。いくら周りから何と言われようがそれが揺るぐことは無く、あとはそれをどう証明するか。今の鯨臥さんはそんな感じなのかもしれない。
なら、よく分からないけどここまで来たら今日ぐらいは付き合ってもいいのかもしれない。それにここで断るのも何だか申し訳ない気がするし。
半ば諦めにも似た気持ちのまま俺は彼の後を追った。
「あぁそれと、その鯨臥さんっていうのは止めてくれる? 何か君より大分、年上みたいだし」
「そうですか? でも年上ですよね? いくつかは分からないですけど流石に年下には見えないですし」
「そうだけど。それは止めてくれると嬉しいかな」
「じゃあ……。蒼空さんで」
「それならいいね」
見上げれば芸術を代弁するかのような雲が流れ。視線を下ろせば冀望を体現するかのよな煌々たる水面。
どこまでも広く。どこまでも深く。どこまでもアオイ。
それは確かにブリーチングした鯨がそのまま浮遊しては、空を泳いでしまいそうな景色だった。既に幻想的で何かが起こりそうな気持ちにさせてくれている。
そんな景色の見れる岬は小屋がある場所から思ったより遠くない場所にあった。
「ここですか?」
こんな場所があったのか、そう感心を含ませた俺は景色を見渡しながら呟くように尋ねた。
「そう。ここ」
遅れて鯨臥さんを見遣ると、彼は答えながら空を見回している。その視線を追い。同じ様に見上げてみるが――当然ながらそこにあるのは青空と雲だけ。
一通り見回してみても鯨の姿は無く、言葉を口にしながら隣の鯨臥さんの方へ顔を戻した。
「それで、その夢鯨っていうのは……」
その言葉に空を見上げていた顔がこっちへ向く。
「んー。いないね」
その表情と言葉は何とも軽く爽やかだった。
だけど俺はやっぱり空を泳ぐ鯨なんて本当は居ないんだと、若干の期待分だけ密かに落胆した。もしかしたらと彼から感じたモノが多少なりともそう思わせてくれてた分、落差が心に響く。
同時にやっぱりこの人は冗談を言っていて俺は上手く嵌められたんだと敗北感のようなモノも感じた。でも騙したり嘘だと思わず冗談だと思ったのは、やはり彼の何とも言い表せない雰囲気の所為なのかもしれない。俺は何故か彼が悪い人だとは思えなかった。
「あー! 絶対今、コイツ嘘吐きとか思ってるでしょ!」
何も言わずそんな事を思いながら顔をただ見てたからか、声を上げた彼は不機嫌そうな表情を浮かべた。
でもそれは概ねその通りで、嘘吐きとまでは思ってないけど確かに空を泳ぐ鯨なんていないとは思ってる。それどころか彼を多少なりとも疑い始めているのもまた事実。
「いや……でも――」
肯定も否定も出来ず視線は逃げるように彼から逸れた。
「そりゃあ彼だって生き物で動いてる訳だし、必ず見れるとは限らないでしょ」
「そうかもしれないですけど、あの言い方はてっきりそうかと思って……」
「甘いよ。蓮君」
そう言いながらチッチッチと人差し指を振るその姿は、申し訳ないけどちょっとうざかった。
「でも本当に存在するですか? そんな鯨」
「いるよ」
考えるまでもなく自信の籠った堂々たる即答。
「ならもちろん鯨臥さんは実際に見た事あるんですよね? 夢とかじゃなくて現実で」
「僕と同じことを言うね」
ふふっ、と僅かに笑い声を零す鯨臥さん。
「でももちろん。しっかりとこの目で見た事あるよ。この大空を自由に泳ぐ大きな、大きな夢鯨をね」
鯨臥さんはそう言いながら空を撫でるように両手を動かす。
すると突然、俺達は影に包まれた。まさか――。
そう思いすぐさま空を見上げる。
だけどそこに期待した巨体は無く、ただ雲が太陽の前を通過しただけだった。
「あぁー。残念。もしかしたらと思ったのに」
同じく空を見上げていた鯨臥さんはそこまで残念そうではない声でそう言った。
そして先ほどと大して変わらない表情で俺を見た。
「よし! 分かった。僕も嘘吐きなんて思われたくないからこうしようか」
別に嘘吐きとまでは思ってない。ただ今のとこは、陽気でよく分からないお兄さんってとこだ。
「一緒に夢鯨を呼ぼう」
「呼ぶ?」
俺の頭に真っ先に浮かんできたのは儀式だった。宇宙人と交信的な少し怪しい儀式。とりあえずこの人がどんな人だろうとも、もしお金や商品購入など何かしらの団体への入会を促されたらすぐに別れよう。その瞬間、俺は秘かに心に決めた。
「そう。夢の欠片を集めて呼ぶんだ」
「夢の欠片ってさっき言ってたやつですよね?」
正直、聞き流してたからよくは覚えてない。
「夢見る者達の希望と情熱から成る夢の欠片。それが彼の餌なんだ」
「えーっと。それを今から集めるってことですか?」
一体そんな抽象的なモノをどうやって手にするんだろうか? それをどうやってその鯨は食べるのか?
彼に会ってから疑問は尽きないし、段々と自分の人を見る目に不安すら抱き始めてる。
「そう。じゃっ、行くよ」
だけどそんな俺を他所に彼は来た道へと歩き出した。自信とは違う、その背中にあったのは確信――それを超えた常識のような類のものだ。まるで天動説が常識な時代へ行った俺らが地動説に疑いを抱かないかのように。いくら周りから何と言われようがそれが揺るぐことは無く、あとはそれをどう証明するか。今の鯨臥さんはそんな感じなのかもしれない。
なら、よく分からないけどここまで来たら今日ぐらいは付き合ってもいいのかもしれない。それにここで断るのも何だか申し訳ない気がするし。
半ば諦めにも似た気持ちのまま俺は彼の後を追った。
「あぁそれと、その鯨臥さんっていうのは止めてくれる? 何か君より大分、年上みたいだし」
「そうですか? でも年上ですよね? いくつかは分からないですけど流石に年下には見えないですし」
「そうだけど。それは止めてくれると嬉しいかな」
「じゃあ……。蒼空さんで」
「それならいいね」