言葉の後、少しの間が空き片手は俺の方へ、もう片方の手は下がっていった。
「お金の事を考えずに何でも好きな事して、自由に生きていけるとしたら君は何をしたい?」
お金が無い世界。それを想像するのは、お金が酸素のように当たり前の俺にとって少し難しいけど、もしそんな世界で生きているとしたら俺は何をして過ごしているのか気にはなる。友達と遊んだり、家でゆっくりしたり、それなりの事をして日々を過ごしそうな気もするし、でもやっぱり自然と多くなってくるのは――。
「色んな事すると思うけど、こうやって絵を描くのが増えるのかもしれないですね」
「ならそれが君のやりたいことだよ。つまりそれが君の夢だよ」
俺の答えに鯨臥さんは透かさず向けていた手で指を差した。
確かに彼の言ってることは当たってるのかもしれない。人間は自分たちで生み出したこの世に存在しないお金という概念に縛られて生きている。それが無いと生きていくのは困難だからどうにか生きてる。だからそれを取っ払って自分を見ればそこには本当に望むモノがあるのかもしれない。
だけど結局それはもしもの話でしかない。どこぞのファンタジー小説だ。
「でも残念ですけど実際にこの世にお金は存在してますし、それを消費してみんな生きてるんです。もしこの世にお金が無ければ友達と遊んだりしながら絵を描くと思いますけど、結局この世にはお金が存在する。だから俺は――まぁまだ先の事は考えてないですけど多分、高校を卒業したら進学して就職してそれなりの人生を送ると思います」
「僕には可能性は十分だと思うけどね」
彼の視線は描きかけの絵へと向いていた。俺もそれを追う。
「確かに小さい頃からなんだかんだ描いてるんでそれなりだとは思いますけど、それなりなんてこの世界にごまんと居る訳だし、本物っていうのはもっとすごいですよ。――そんな事よりそう言うお兄さんの夢は何なんですか?」
俺はこれ以上「諦めるな」なんて説教じみた事を言われるのは正直ごめんだったから話を自分から彼へ変えた。
「僕? 僕の今の夢はね――」
言葉を区切ると彼は空を見上げた。今日も雲が流れるいい天気の空へ。
「夢結晶が空一杯を流れる光景を見るとこかな」
俺はどう反応していいのかが――言っている事同様に分からなかった。そもそもふざけているのか本気で言っているのかさえも分からない。まだ前者かもしくは何か比喩的な、別称的な何かなら納得できるけど、後者なら尚更意味不明だ。もっと言えば彼のまともそうな外見すら超えて、この人がイカれた人物だと思ってしまうかもしれない。
だけどそう言う先走った考えは一旦他所に置いておき、とりあえず原因の単語の真意を尋ねた。
「その夢結晶というのは?」
鯨臥さんは空を見上げながら一拍程度の間を空けて口を開いた。
「夢見る者達の希望や輝きと情熱。その煌びやかな活力で光る夢の欠片を餌にした夢鯨が噴き出す結晶」
言葉が止まったかと思えば彼の顔は空を見上げたまま(正確には少しだけ動いたが)横目で視線を俺へ。
「君は空を泳ぐ鯨って知ってる?」
「鯨ってあの?」
「そう。魚偏に京都の京と書く世界最大の哺乳類。鯨だよ」
当然ながら俺の頭に浮かんだのは海で泳ぐあの鯨。彼が世界最大の哺乳類と言ったからか、俺の中にある鯨のイメージが一番強いからか、種類はシロナガスクジラだ。
その鯨が空を飛ぶ姿は何となく想像出来る。
だけどその光景に現実味を抱く事は不可能だった。
「えーっと。何かの物語の話ですか?」
そんな突拍子もない事を何の脈絡も無く言うもんだからそういう物語があって、それに憧れた彼は空を自由に飛び回りたいとかと同じ叶わない夢の話をしてるのかと思った。それならまだ納得がいく。
「いや、違うよ」
だけど顔を俺の方へ向けた彼があまりにも真っすぐな目で否定するものだから、この人は本気で――現実的な意味でこの話をしてるんだなと。冗談やふざけてる訳でも無く、確信を持ってこの話をしてるんだなということが伝わってきた。
それに不思議とその表情と声は頭のおかしな人にも嘘を言ってるようにも思えなかった。雰囲気とでも言うのか根拠は無いけど彼から感じる自信のような何かが妙に信頼感やら安心感やらを感じさせる。本当にとても不思議な人だった。
でもやっぱり鯨が空を飛ぶなんていう話に現実味は持てなくて矛盾のような気持ちが依然と心を揺さぶる。
「いや、でも鯨が飛ぶっていうのはちょっと……」
「いやいや。飛ぶじゃなくて泳ぐだから」
「どっちも同じじゃ?」
今の俺からすればそんな事は取るに足らない誤差のような事。
でも彼は「ふふっ」と字幕を付けたくなるような笑みを浮かべては、こだわるように否定した。
「鯨は飛べないよ。だから夢鯨は空を飛んでるんじゃなくて泳いでる」
その違いと重要性が俺には理解出来なかったが、彼のこだわりのような部分ならそっちに合わせよう。そう思いそれ以上深く追求することも否定することもせず、次の正論という名の疑問をぶつけた。
「そもそも鯨って体が大きくて体重が重過ぎるから、水中を出たら数分の内に呼吸困難で死んでしまうんじゃ?」
もしこれが何かの物語の話ならこんな面白味の欠片も無い興ざめするような事は言わないんだけど、どうやら鯨臥さんは現実のものとして言っているようだからついそんな事を言ってしまった。
「普通の鯨ならそうだね。そういう意味では、夢鯨は普通じゃないのかもしれない。でも普通なんて結局あってないようなモノだし、言ってしまえばただの個人的意見だよ」
普通に考えてそんな鯨はいない。そう思ってた俺は心を見透かされた気分だった。
そして返す言葉が何も見つからない(ただ単に否定することは出来るけどそうしたところで何の意味もないと思ったから)。
「――見てみたい?」
言葉に困っていると彼がそんな事を訊いてきた。
――空を泳ぐ鯨。もし本当に存在するのなら、当然ながら実際にこの目で見てみたい。彼の言葉の真意よりも興味の方が勝る。もし本当に存在するのならだけど。
だから俺は迷うまでもなく答えを口にした。
「見れるなら見てみたいですけど」
「それじゃあ行こっか」
それからはあっさりと画材を小屋に仕舞った俺は、鯨臥さんの後に続いてどこにあるか分からないその場所へと向かった。
「お金の事を考えずに何でも好きな事して、自由に生きていけるとしたら君は何をしたい?」
お金が無い世界。それを想像するのは、お金が酸素のように当たり前の俺にとって少し難しいけど、もしそんな世界で生きているとしたら俺は何をして過ごしているのか気にはなる。友達と遊んだり、家でゆっくりしたり、それなりの事をして日々を過ごしそうな気もするし、でもやっぱり自然と多くなってくるのは――。
「色んな事すると思うけど、こうやって絵を描くのが増えるのかもしれないですね」
「ならそれが君のやりたいことだよ。つまりそれが君の夢だよ」
俺の答えに鯨臥さんは透かさず向けていた手で指を差した。
確かに彼の言ってることは当たってるのかもしれない。人間は自分たちで生み出したこの世に存在しないお金という概念に縛られて生きている。それが無いと生きていくのは困難だからどうにか生きてる。だからそれを取っ払って自分を見ればそこには本当に望むモノがあるのかもしれない。
だけど結局それはもしもの話でしかない。どこぞのファンタジー小説だ。
「でも残念ですけど実際にこの世にお金は存在してますし、それを消費してみんな生きてるんです。もしこの世にお金が無ければ友達と遊んだりしながら絵を描くと思いますけど、結局この世にはお金が存在する。だから俺は――まぁまだ先の事は考えてないですけど多分、高校を卒業したら進学して就職してそれなりの人生を送ると思います」
「僕には可能性は十分だと思うけどね」
彼の視線は描きかけの絵へと向いていた。俺もそれを追う。
「確かに小さい頃からなんだかんだ描いてるんでそれなりだとは思いますけど、それなりなんてこの世界にごまんと居る訳だし、本物っていうのはもっとすごいですよ。――そんな事よりそう言うお兄さんの夢は何なんですか?」
俺はこれ以上「諦めるな」なんて説教じみた事を言われるのは正直ごめんだったから話を自分から彼へ変えた。
「僕? 僕の今の夢はね――」
言葉を区切ると彼は空を見上げた。今日も雲が流れるいい天気の空へ。
「夢結晶が空一杯を流れる光景を見るとこかな」
俺はどう反応していいのかが――言っている事同様に分からなかった。そもそもふざけているのか本気で言っているのかさえも分からない。まだ前者かもしくは何か比喩的な、別称的な何かなら納得できるけど、後者なら尚更意味不明だ。もっと言えば彼のまともそうな外見すら超えて、この人がイカれた人物だと思ってしまうかもしれない。
だけどそう言う先走った考えは一旦他所に置いておき、とりあえず原因の単語の真意を尋ねた。
「その夢結晶というのは?」
鯨臥さんは空を見上げながら一拍程度の間を空けて口を開いた。
「夢見る者達の希望や輝きと情熱。その煌びやかな活力で光る夢の欠片を餌にした夢鯨が噴き出す結晶」
言葉が止まったかと思えば彼の顔は空を見上げたまま(正確には少しだけ動いたが)横目で視線を俺へ。
「君は空を泳ぐ鯨って知ってる?」
「鯨ってあの?」
「そう。魚偏に京都の京と書く世界最大の哺乳類。鯨だよ」
当然ながら俺の頭に浮かんだのは海で泳ぐあの鯨。彼が世界最大の哺乳類と言ったからか、俺の中にある鯨のイメージが一番強いからか、種類はシロナガスクジラだ。
その鯨が空を飛ぶ姿は何となく想像出来る。
だけどその光景に現実味を抱く事は不可能だった。
「えーっと。何かの物語の話ですか?」
そんな突拍子もない事を何の脈絡も無く言うもんだからそういう物語があって、それに憧れた彼は空を自由に飛び回りたいとかと同じ叶わない夢の話をしてるのかと思った。それならまだ納得がいく。
「いや、違うよ」
だけど顔を俺の方へ向けた彼があまりにも真っすぐな目で否定するものだから、この人は本気で――現実的な意味でこの話をしてるんだなと。冗談やふざけてる訳でも無く、確信を持ってこの話をしてるんだなということが伝わってきた。
それに不思議とその表情と声は頭のおかしな人にも嘘を言ってるようにも思えなかった。雰囲気とでも言うのか根拠は無いけど彼から感じる自信のような何かが妙に信頼感やら安心感やらを感じさせる。本当にとても不思議な人だった。
でもやっぱり鯨が空を飛ぶなんていう話に現実味は持てなくて矛盾のような気持ちが依然と心を揺さぶる。
「いや、でも鯨が飛ぶっていうのはちょっと……」
「いやいや。飛ぶじゃなくて泳ぐだから」
「どっちも同じじゃ?」
今の俺からすればそんな事は取るに足らない誤差のような事。
でも彼は「ふふっ」と字幕を付けたくなるような笑みを浮かべては、こだわるように否定した。
「鯨は飛べないよ。だから夢鯨は空を飛んでるんじゃなくて泳いでる」
その違いと重要性が俺には理解出来なかったが、彼のこだわりのような部分ならそっちに合わせよう。そう思いそれ以上深く追求することも否定することもせず、次の正論という名の疑問をぶつけた。
「そもそも鯨って体が大きくて体重が重過ぎるから、水中を出たら数分の内に呼吸困難で死んでしまうんじゃ?」
もしこれが何かの物語の話ならこんな面白味の欠片も無い興ざめするような事は言わないんだけど、どうやら鯨臥さんは現実のものとして言っているようだからついそんな事を言ってしまった。
「普通の鯨ならそうだね。そういう意味では、夢鯨は普通じゃないのかもしれない。でも普通なんて結局あってないようなモノだし、言ってしまえばただの個人的意見だよ」
普通に考えてそんな鯨はいない。そう思ってた俺は心を見透かされた気分だった。
そして返す言葉が何も見つからない(ただ単に否定することは出来るけどそうしたところで何の意味もないと思ったから)。
「――見てみたい?」
言葉に困っていると彼がそんな事を訊いてきた。
――空を泳ぐ鯨。もし本当に存在するのなら、当然ながら実際にこの目で見てみたい。彼の言葉の真意よりも興味の方が勝る。もし本当に存在するのならだけど。
だから俺は迷うまでもなく答えを口にした。
「見れるなら見てみたいですけど」
「それじゃあ行こっか」
それからはあっさりと画材を小屋に仕舞った俺は、鯨臥さんの後に続いてどこにあるか分からないその場所へと向かった。