翌日。学校を終えると一度家に帰り鞄を置いてから蒼空さんに言われた場所へと向かった。そこはどの街中にもありそうな空きビルの一室。依然はオフィスに使われていたようだが今は何もない。準備をすると言っていたが一体何を準備したんだろうか。

「それじゃあ。これ」

 そう言って蒼空さんから手渡されたのは小さな巾着袋。これに粉が入ってるんだろう。でも思った以上に何の変哲もない普通の巾着袋だ。

「嗅いでみても良いよ」

 訝しげに巾着袋を見ているとそう言われたが、それは危険な香りがする。

「大丈夫なんですか? だって夢喰いはこれを口にして夢喰いになったんですよね?」
「大量じゃなければ大丈夫だよ」

 もちろん躊躇する気持ちもあったが、どんな匂いがするのかという好奇心が巾着袋を自分の鼻へ近づけた。若干の緊張を覚えながら警戒する犬のように匂いを嗅いでみる。
 だけど嗅覚は全く反応せず無臭だった。

「あれ?」
「まぁ僕達には何の匂いも無いんだけどね。それとルートはスマホに送っとくからね」

 直後、スマホが鳴るとルートの記された地図の画像が送られてきた。住み慣れた街だし別に方向音痴という訳じゃないからこれだけあれば大丈夫だろう。

「この通りに進んでここに戻って来ればいいんですね」
「そう。でもひとつ注意して欲しいのは、途中で夢喰いと出会うかもしれないってこと。外見が分からない以上、出来る限り知らない人に話しかけられても関わらないようにした方が良いかも。それが匂いに釣られてきた夢喰いかもしれないし」
「分かりました」
「それじゃあ。行こうか。これは一回よく振ってからベルトにでも下げといてね」

 実際、目の前で巾着袋を振って見せた蒼空さんはそれをベルトループに下げた。続いて俺もそれと全く同じ行動をした。
 ジャケットとコートに隠れたこの巾着袋が今もその夢の匂いとやらを漂わせているんだろうか。そう思うとどこか初めて香水をつけたような――いや、俺は香水をつけたことがないから今感じているのがそれに似た緊張なのかは分からない。
 そんな事を考えながらも蒼空さんと一緒にビルを出た。

「くれぐれも気を付けてね」
「でも気を付けるも何も俺には夢が無い訳ですし」
「それはどうかな。もしかしたら君も知らない夢がその奥で秘かに輝きを放ってるかもしれないよ。夢喰いは残火すら嗅ぎ付けるからね」

 蒼空さんの人差し指は俺の胸に触れその奥底とやらをを指差した。

「それに警戒して注意するに越したことはないし」
「まぁ、気を付けます」

 本当にそんなものが俺の中にあるのかは定かではなかったが彼の言う通りそうするに越したことはない。

「じゃあ、よろしく」
「はい」

 その言葉を最後に俺は蒼空さんと背中を向け合い別々の方向へと歩き出した。
 それからは巾着袋を揺らしながら時折、画像でルートを確認しただ只管歩くだけ。
 でもその夢喰いという得体の知れない存在がどんな外見か分からないこの状況下で、人混みを歩くのはかなり落ち着かず、すれ違う人全員に対して疑心暗鬼になってしまっていた。確かに俺には奪われる夢がないけれど、本当にそんな存在がいるのかすら確定した訳じゃないけど――それでも恐怖を感じないと言えば嘘になる。さながら幽霊だ。
 だけどそんな恐怖に弄ばれながらそれからも言われたルートを進んでいると気が付けば元のビルへと戻って来ていた。

「あれ? もう終わりだ」

 でも終わってしまえばまるで散々恐怖を煽っておきながら結局何も無いホラー映画のように呆気なく大したことないものだった。
 そして俺より少し遅れて戻ってきた蒼空さんと合流してからあの一室へ。蒼空さんは最後に部屋へ残りの粉を撒いた。