俺の言葉が届くと蒼空さんは視線を逸らした。
 若干の沈黙中、俺は蒼空さんからの返事をただ待っていた。

「懐かしい名前だね」

 そう言うと視線が俺の方へ戻ってきた。どこか寂し気な微笑みと共に。

「じゃあそうなんですか?」
「確かに昔はそういう名前で歌わせてもらってたね」
「じゃあ、もしかして嫌がらせを受けてたっていうのも」

 訊いていいものなのか。そう思いながらも俺は口を動かしていた。

「さぁ。それはどうだろうね」

 蒼空さんは言葉にこそしなかったのもののあまり話したくなさそうなのがその表情からは伺えた。
 流石にしつこく訊くのは気が咎める。だからそれ以上は何も言わなかった。
 でも全てが想像の範疇にはなるが、あの掲示板が本当だとして蒼空さんが何故この世界を終わらせようとしているかは分かった気がする。関係の無い人からすれば自分勝手なのかもけど、引退してしまう程の嫌がらせを受けてたとしたらそれが原因ってこともありえると思うから。

「でもその話はまた今度でいいかな? 今は夢喰いをどうにかしないと。これ以上、誰かの夢が奪われる前に」

 でもそう言う蒼空さんはとても真剣で優しい眼差しをしていた。
 それが俺を惑わせる。詐欺師なら相当な手腕だ(もっとも何も知らない単なる素人の意見に過ぎないけど)。
 だけど俺の選択肢は決まっている。蒼空さんがどちらにしろ断れば一旦か永久的に会えなくなるかもしれない。なら振りだとしても今は協力してた方が良いのかも。本当は鯨の噴き出す夢結晶がみんなを戻せないとしても他に何か方法があるのかもしれないし。

「分かりました。でもどうやって見つけ出すんですか? それに俺なんかに何か手伝える事があるんですか?」
「成功するか分からないんだけど、見つけるんじゃなくておびき寄せようかなって思ってるんだよね」
「おびき寄せる?」
「そう。夢喰いっていうのは夢に敏感なんだ」

 蒼空さんはそう言いながら鼻を触った。

「だから……」

 その言葉の後にテーブルに出てきたのは別の小瓶。でも中には夢の欠片じゃなくて粉のようなモノが入っている。

「これを使っておびき寄せる」
「これは?」
「これは簡単に説明すれば夢の欠片を粉状にしたモノ。本当はこんな勿体ない事したくないんだけどね」

 仕方ない、そう言うような表情だ。

「それでそれをどうするんですか?」
「多分、まだ夢喰いはこの街にいるはず。だから街中に夢の匂いをまき散らして最後は目的の場所に誘い込む。そこで夢喰いを捕らえるんだ」
「まき散らす方法は?」
「この粉を詰めた小袋を持って歩き回るんだ。でもあんまり時間が経つと消えちゃうから二人で分担しないと」
「でも街中って……。二人でも広すぎないですか?」
「大丈夫。範囲はある程度絞るから」

 俺は一度、粉末の入った小瓶を見た。あまり気は進まないけど協力するならやるしかないみたいだ。

「分かりました」
「助かるよ。ありがとう」

 その笑顔を見ながら胸で一抹よりは大きな不安がざわめく。

「じゃあ明日までに準備はしておくから。また連絡するね」
「はい」