結局それは次の日になっても引きずったままで、授業中もずっとどうにかできないかと只管に思考を巡らせていた。
 どうしようか、だけどそればかりが無限回路となり肝心な部分は未だ白紙。

「そう言えば、蓮」

 そう声を掛けられるまで前の席に誰かが座ってる事にすら気が付かない程にそのことで頭は一杯だった。
 でも名前を呼ばれ、我に返った俺が顔を上げてみると、そこには夏希じゃなくて零奈が座っていて隣には莉玖が立っていた。

「あたしさ。分かっちゃったんだよね」
「何が?」

 もしかしたら俺が聞いてなかっただけかもしれないが、そもそも肝心な問題が分からない。

「蒼空さんが何で初めてなのに会った事あるような気がしたか」

 そう言えばそんな事言ってたな。それに俺も初めて会うのにどこか見覚えのあるような気がしたのを覚えてる。零奈と同じかは分からないけどその理由とやらは気になる。

「そんな感じあったか?」
「あったよ。あれ? っていう感覚が」

 零奈はそう答えながらスマホを弄っていた。

「あっ、これだ。ほら」

 そう言って俺と莉玖に見えるように画面を向けた零奈。

「これって……」

 そこに映っていたのは、マイクを握り歌ってる男性の写真。

「あの人じゃん」

 今と髪型も違ければ、ピアスとかのアクセサリーも付けてるから雰囲気は少し違うけど――それは紛れもない蒼空さんだった。いや、本人かどうかは分からないから言い切ることは出来ない。
 でも双子かと思うぐらいその写真の人と蒼空さんは似ていた。

「あっ! これ星丘一夜?」
「そうそう!」

 星丘一夜。その名前で写真の人が誰なのかを思い出した。確かネットにあげていた動画から火が付き、瞬く間に人気急上昇していったミュージシャン。多分、この写真はライブで歌っている時のものだと思う。

「オレも何曲か聞いたことあるけどいい歌声してるだよな」
「そーなんだよね。あっ、もしかしてだから蒼空さんって歌上手かったのかな?」
「えぇー! お前あの一夜の生歌聞いたってやばいじゃん!」
「いや、本人か分からないんだけどね」
「でも確かこの人ってもう引退してたよな?」

 莉玖の言う通りもう活動はしてなかったはず。ある日、電撃引退を発表して結構なニュースになってたっけ。

「突然引退しちゃったもんね。でも実は色々な嫌がらせとか受けたって話じゃん。本当かどうかは分からないけど」
「うえぇー、こわっ」

 そう言いながら莉玖は顔を顰めた。

「で、どう?」

 そんな莉玖を他所に零奈の微かに期待した双眸が俺を見遣る。

「どうって言われてもな。俺も知らないし」
「なーんだ。でも、ということはまだ可能性はあるってことか」
「もし次カラオケ行く機会あったら行きたいから。よろしくな」

 莉玖は零奈へその時は誘ってくれと自分で自分の事を指差して見せた。

「おっけー」

 そして会話の終わりを見計らうように鳴ったチャイムで二人は自分の席へ。

 それから放課後、俺はとりあえず少しでも何か手がかりがないかと図書館へ向かうことにした。しかも学校のじゃなくて一般のだ。もちろんネットでも調べるつもりだけど、図書館の良い所は思いもよらない収穫があるかもしれないというところ。ネットは膨大な情報があるけどキーワードから伝っていく必要がある。だけど図書館は既存の本がそこにあってどんどん提示されていくから(正確には歩いて見ていくんだけど)意外な所に求めている情報があるかもしれない。
 とりあえずそんな偶然の出会いに頼る程には何も思い付かなかった俺はスマホで場所を確認してから図書館へと向かっていた。
 だけど一件のLINE通知がその足を止めた。

「え?」

 その相手は意外にも蒼空さんだった。
 彼から唐突に届いたメッセージによって俺の行先は急遽変更となり、その足が向かったのは、Étincelge(エタンセジュ)。夏希のバイト先だけど今日、彼女は休み。
 店内に入ると店員さんに知り合いがいることを告げ疎らに座る少ないお客を見渡す。
 蒼空さんは(偶然か必然か)あの日、ここに来た時と同じ窓際の席に座っていた。湯気の立ち昇るカップを目の前に外を眺めながら。
 そんな彼に近づいていくと(多分足音だろう)呼ぶまでもなくテーブルの前で顔がこちらを向いた。そして目が合うと言葉の代わりに向かいの席を手で指した。その言外に従い俺は向かいの席へ腰を下ろした。
 丁度、そのタイミングで店員さんがメニューを持って来たからとりあえずレモンティーを注文。店員さんがテーブルを離れると蒼空さんとの間に流れ始める奇妙な沈黙。