「ママっ!」

 嬉々とした声と共に母親の元にめいちゃんが駆け寄る。その間に蒼空さんは立ち上がった。

「見て! あのお兄ちゃんがくれたの」
「そう。似合ってるわよ。良かったわね。ちゃんとお礼言った?」

 母親の言葉に振り返った彼女は蒼空さんへ真っすぐな視線を向けた。

「お兄ちゃんありがとう!」

 喜色満面の笑みを浮かべながらお礼を言うその顔はとても愛くるしく、子どもの良い部分を凝縮したような表情だった。

「どういたしまして」

 その後、彼女の上空で交わされる大人の会釈。同時に「すみません」、「いえ」という言葉も無言で交わされたように感じた。

「ほら、もう帰るわよ」
「うん」

 視線を落とした母親を見上げ返し返事をした後、めいちゃんは蒼空さんへ顔を戻した。

「バイバイ。お兄ちゃん」

 そう言いながらボールを取りに来た時とは比べ物にならないくらいの表情で手を振るめいちゃん。まるで鏡のように相手に反応する正直で純粋な子どもをここまで笑顔にさせたのはもちろん蒼空さんで、俺はそこに彼の人の良さを感じた。
 そして親子が公園から去り俺の隣へ戻ってきた蒼空さんは口元を緩めたまま腰を下ろした。

「凄いですね」
「え? 何が?」

 蒼空さんの横顔を見ながら内から溢れたモノを口にすると、彼は謙遜やとぼけている様子はなく首を傾げた。

「人との接し方が上手いなぁと思って」
「――そんなことないよ」

 すると何故か蒼空さんは一瞬だけ暗い顔を見せた。それが何を意味するのか分かる訳も無く、かと言って訳を尋ねるには――それは少し躊躇してしまうような表情だった。
 お互いに何も言えずそれから突然やってきた沈黙は暫くここに居座った。二人の間に流れる空気が生み出したような秋風に撫でられながらも言葉は見つからず黙ったまま。
 そんな何とも言えない雰囲気の中、そっと蒼空さんは口を開いた。

「でも子どもって凄いよね。大人じゃ見れないような夢を本気で信じられるって」

 俺はその言葉を聞きながら先程のお姫様になりたいと笑顔で言うめいちゃんを思い出していた。なれるかどうかじゃなく、なりたいかどうかで判断できる眩しい程に真っすぐなその姿は微笑ましい。
 だけどこれから先、彼女が大人になるにつれ失われていくモノだと思うと、どこか物悲しさも感じてしまう。大人になるにつれ得るモノは多いけど、失うモノもまた多いのかもしれない。子どもは大人から学ぶけど同じ様に大人も子どもから学ぶ。いや、大人の場合は失ったモノを思い出すって言った方が正しいのかも。――って高校生がなに一丁前に大人を語っているだとか言われそうだけど。

「人って子どもから大人になる間にどれだけ夢を見てどれだけ捨てていくんだろうね?」
「――さぁ? でも少なくはなさそうですけどね。子どもって少しでも憧れたらすぐ拾いがちですし」
「『大人になれたら子どもに戻れ。子どもの指差す方向は、本当に行きたい場所へ続いてる』この言葉、知ってる?」
「いえ」

 初めて聞くその言葉に俺は首を振った。

「簡単に言えば、子ども心を忘れた大人になっちゃいけないっていう意味だと思うんだけど、好きな言葉なんだよね」

 俺はまだ高校生でまだ子どもの枠組みに入るかもしれないけど、子ども心を忘れず持っているかと問われれば口を噤んでしまう。

「蒼空さんはどうですか? まだ持ってると思います?」

 この人を知っていうにはあまりにも情報が少なすぎるけど、持っていそうな気はする。

「どうだろうね。もしかしたら失った時点でもう二度と手に入らないモノなのかもしれないし。自信はあまりないかな」

 そう微笑む表情はどこか微かに暗然としていた。

「まぁ君はまだまだこれからだし、いつでも胸に子ども心を。ね。――さて、今日はとりあえずこれくらいにしとこうか。思った以上に集まったしさ」

 彼は取り出した小瓶を顔の横でアピールするように振った。それに合わせ更に一つ増えた光たちが揺れている。
 そして少し振った小瓶をポケットに仕舞うと蒼空さんは立ち上がった。

「それじゃあ。帰り気を付けて帰ってね。バイバーイ」

 別れの言葉と一緒に手を振り、更に笑顔も加えて蒼空さんは後ろ向きのまま(俺の方を向いて)歩き出した。

「また」

 そんな蒼空さんへ俺は自然と手を振り返していた。
 そして数歩歩くと体をくるりと回転させた彼はそのまま公園を後にした。