「そう言えば蒼空さんっていくつなんですか?」

 絵を描き進めながら俺はふと頭に浮かんだその質問を気が付けば口にしていた。そういう話はまずかったか? と思いはしたが、口から飛び出してしまった言葉は発射された弾丸のように既に後の祭り。

「いくつに見える?」

 一応、質問自体は大丈夫なようだったが、俺は正直この手の返しが嫌いだ。というより面倒だ。実際、何度かされたことがあるが何故わざわざ博打紛いの事を(お金を失う事は無いが大きく間違えれば最悪相手の機嫌を損ねる可能性のある博打だ)しなければいけないんだ、そう思いながら必死に口にする数字を考える。それはもう数学の授業より真剣に。

「そーですね。大学生よりは大人っぽく見えるけどそんなに歳がいってるようにもみえないし――何て言うんでしょう。落ち着いたお兄さんって感じですよね。なんでまぁ――二十五か六ぐらいですかね。どうですか?」
「ふーん。いいんじゃない」

 いいんじゃない? それはどういう意味なんだろうか? 良い線をいってるけど正解じゃないという意味なのか、それとも当たっては無いけど気分的に悪くない年齢ってことなのか? 
 でもそれはどちらにせよ間違いってことだし……。
 初めての返しに戸惑ってしまった俺はつい首を傾げながら少し黙ってしまった。

「――それってどういう意味ですか?」
「ん? 二十五か六って思うんでしょ? いいんじゃない」
「当たってるってことですか? それとも違う?」
「それじゃあ二十五ってことで」
「じゃあって……」

 結局ちゃんとした答えを聞くことは出来なかったが、ぼんやりと立ち入り禁止の標識が見えた俺はそれ以上訊くのを止めた。大した問題でもそこまで気になるという訳でもないから別にいいけど。
 それからまた俺は絵に集中し、蒼空さんは適当に寛いでいた。もうふと頭に爆弾まがいの疑問が過ることもなく時間を忘れて絵を完成へと近づけていった。
 そして我に返ったように集中が一度途切れると今の出来を見ながら大きな伸びをひとつ。朝起きて最初に浴びる朝日のようにそれは気持ち良かった。

「蒼空さん」

 伸びを終え隣を見てみると蒼空さんは最初の時同様に目を瞑り寝転がっていた。寝ているのかと思ったが、それもまた最初同様に目は瞑ったまま声だけが返ってきた。

「もういいの?」
「まぁ一応進んだので今日はこれぐらいで大丈夫です」
「ならこっちも続きと行こうか」

 蒼空さんが体を起こすと俺はとりあえず画材を片付けた。
 そして全てを片付け終えると昨日と同じ様に蒼空さんと夢の欠片集めを再開。昨日は友達に話を聞けたり、意外とみんな何かしらの夢があったから順調に集められたけど、この日はそうもいかず。
 だけどそれでも小瓶の中ではいくつかの新たな光が輝いていた。
 それに昨日は会えなかった零奈と桃真からも、夢の話を聞くことが出来た。二人は丁度、カラオケへ行こうとしていたらしい。だからカラオケで待ち合わせたけど桃真は遅れて来るらしくそこにいたのは零奈だけ。

「あたしは歌かなぁ。歌うの好きだし、だから歌を仕事にしたいですね」
「それは素敵な夢だね。でもただ歌うだけじゃなくてどんな歌を歌うのか、どういう風に歌うのか、ライブでのパフォーマンスもそうだし、それから人気が出てきたら周囲からの期待も上がってくるし、色々と大変だと思うよ。まぁ、それも含めてやりがいのある仕事なんだろうけどね」
「そうなんですよね。実はそこら辺がちょっと心配なとこでもあるんですよね。ちゃんと出来るかなって。特に作詞は自分でやりたいんですけどちゃんと書けるかどうか……」

 それから二人は歌手のあれやこれについて色々と話に花を咲かせた。それに参加できない(というか無理にするつもりもない)俺は一人その様子を傍から眺めていただけ。にしても蒼空さんはこんな話にも対応できるなんて凄いな、と感心しながら。
 そして二人の話がひと盛り上がりした頃合いで桃真が登場。

「おれ? おれはやっぱ今やってるラップとDJの両方で食っていくのが目標かな。自分でビート作って自分でラップして、誰かとコラボして曲作ったり。そんな感じで今やってる事がそのまま仕事になるように頑張るって感じっすね」

 音楽という共通の――だけど違う夢を持つ零奈と桃真が語るのを見ながら俺は、感心させられながらもどこかやっぱり羨ましく思っていた。昨日もそうだけど、みんな何かしらの夢があってそれを楽しそうに語って……。
 だけど俺には何もない。そう思うと一人置いて行かれたような気持ちになり若干の焦りすら感じた。もしあの頃、もう一度立ち上がる事が出来てれば。あの衝撃をむしろやる気の燃料に変えられていたら。今も俺はみんなと同じ様に――子どものように煌びやかで真っすぐな表情を浮かべながら画家になる夢を語れていたのかもしれない。
 でもそれが出来ない現実の自分が何だか少し情けなくすら思えてきた。俺も何か他に、あの頃のように熱中できることが今後見つかるのだろうか。みんなを見てると自分のこれからに対し少し不安すら覚える。

 そして桃真からも話を聞かせてもらった後は、自然な流れでそのままカラオケが始まった。それは零奈の歌や桃真のラップには劣るが俺もそれなりに歌い、だただ楽しい時間。
 もちろん蒼空さんも何曲か歌った訳なんだけど、彼は呆気に取られる程に歌が上手かった。そんな一面もあったんだと被ってたら脱帽したい気持ちになりながらもどこか懐かしい感覚に心を擽られた。まるで昔見たCMソングを時が経ち久しぶりに耳にしたような――そんな懐かしさ。本当に不思議な人だ。俺は歌う蒼空さんを見ながら改めてそう思っていた。
 そんな俺の隣で感嘆の声を零す二人。溢れ出した感情がそのまま言葉となって口から零れ落ちたといったような声だった。

「おぉー! うまぁ(うめぇ)」

 最初は途中で抜ける予定だったが、結局二人と最後までカラオケを楽しんだ俺と蒼空さん。それからまた夢の欠片集めを再開した。空が燃え上がるような赤で染め上げられるまで。

 だけど時間だけが過ぎていき最終的な成果は半分程度。個人的にはあまり進歩は感じられなかったが蒼空さんはそうでもない様子だった(かと言って満足しているようにも見えなかったが)。
 そして少し歩き疲れた脚を休める為、公園のベンチに腰掛けていた俺は蒼空さんから貰ったお茶を手に、一日の内で決まった時間帯にしか見えない茜色の空を見上げていた。もちろん隣には蒼空さんが座っている。
 いつもは清々しい青色をしているのにこの時間帯だけは頬を赤らめるような色合いの夕焼け空はどこか可愛らしくも見えた。もしくは今にも紅葉が降ってきそうな色合いとでも言うんだろうか。そういう絵も悪くない。
 大きなその鯨が空を泳ぐのなら、この神秘的に染まった空も泳ぐのだろうか。空を見上げ色々な事を考えていると、ふとそんなことが頭に浮かんだ。
 そして気が付けばあの巨体がこの空を自由に泳ぐ様を想像していた。少し薄暗い影が若干の不気味さを漂わせながら頭上を通過すると夕日を背景にブリーチング。実際に見なくとも絵になるのが分かる。