もしかしたら次の日の学校を桃真は休むかもしれない。そう思ったが、いつも通り登校してきた彼はいつも以上に机へ突っ伏していた。

「大丈夫か?」

 突っ伏したまま返ってきた唸るような返事。

「おれにはさ。やっぱ颯汰の言う通り無理なのかも」

 すると桃真は急にそんな事を言い出した。

「お前、何言って――」
「だってさ。あんだけ頑張った颯汰も結局、夢を叶えられなかったんだからおれなんかが出来る訳ないじゃん。それに颯汰が言った通りこんなことでダメだなんて思ってちゃ、この先はやっていけないって。なら今のうちに諦め方がいいだろ」

 これが昨日の出来事による影響なのか、あの掲示板に書いてあった通り蒼空さんが奪ってしまったのか分からない。だけど颯汰さんに続き零奈と桃真までもが語っていた夢を諦めようとしている。
 もしかしたら他のみんなんも……。

「それは今すぐ判断しなくてもいいだろ? とりあえず落ち着いてからそれについては考えろよ。あと、ちゃんと颯汰さんのとこに行って話した方がいいぞ」

 また唸るような声で返事が返ってきた。多分、分かったと言ってるんだろう。
 そして俺は桃真の元から離れるとあの二人を探した。
 教室を出ると廊下の窓を背に並んで凭れながら話をする莉玖と瑠依はすぐ見つかった。そんな二人の元へ足を進めると俺はこの前話してくれたあの夢についてまた尋ねた。

「あぁー、あれね」

 瑠依がそう言うと二人は意味ありげに顔を見合わせた。
 そして再び俺の方へ視線が向くと先に莉玖が口を開いた。

「いやぁ、今までは何かいける気がしてたんだけどな。よく考えたら流石に無理だろ。だってオレ達って映画観たり、そういう演技の動画見たり、二人で遊んだりしてるだけなんだぜ?」
「そうそう。それに子役経験も無いしこの学校演劇部も無いからそういう経験は学芸会ぐらいだよ。あと、あんな風に演技で泣いたりも出来ないよ」
「お前は出来るだろ。だってよく目ぇ潤ませて人、騙してんじゃん」

 莉玖は煽っているのか大袈裟にその時の瑠依の真似をした。

「騙してないよ! お願いしてるの。人聞きの悪い事言わないでよ。もう!」
「まぁとにかくオレ達もそんな憧れだけで突っ走れる程、子どもじゃないんだよ」
「観てたら出来る気がしてくるけど、それが実際にはすっごく難しい事だって流石に分かってるからね。莉玖もそこまで馬鹿じゃないでしょ」
「は? 誰が馬鹿だよ!」
「え? 成績の話する?」

 直後、莉玖の拳が瑠依の腕へ飛んだ。

「いったぁー。えぇー、莉玖ひっどーい」
「自業自得だ」
「じゃあお前ら卒業したらそういうのが学べるとこ行くって」

 いつも通り戯れる二人だったが、俺は気が気じゃなかった。

「あぁー、パスパス。まだ決まってないけど大学とか行くんじゃないかな。今から頑張ればもう少し上も目指せそうだし。あっ、ボクはね」

 横目を莉玖へやりながら口元をニヤつかせ、遠回しに成績の話を再開する瑠依。
 そんな彼に莉玖は拳を握って見せた。

「もう一発欲しいのか?」
「冗談だよ。冗談」

 両手を合わせて見せる瑠依に莉玖はそっと拳を下げた。

「でもオレはどーっすかなぁ」
「じゃあ一緒のとこ行こうよ。ボクは莉玖に合わせないけど、莉玖がここまで上がっておいで。勉強も教えてあげるしさ」
「チッ。腹立つけど、それもいいのかもな」
「まぁそんな感じでボクらは今、現実的な未来を見てるってとこだよね」
「そーだな」

 颯汰さんに零奈に桃真、瑠依と莉玖。やっぱりこれは偶然じゃないのかもしれない。俺が単なる都市伝説だと目を逸らしたあの話の一部が実際、現実のものになってるのかも。もしそうなら五人だけじゃなくて俺らが話を聞いて小瓶に詰めた人全員の夢が消えてしまう。
 そしてもし本当にそうだとしたら蒼空さんは……。
 でも何故だろうかまだそうと決まった訳じゃないという思いがあるのわ。まだ心のどこかでは違っていて欲しいと思ってる自分が居る。蒼空さんを信じたいのか彼を信じた自分を守りたいのか。どっちかは分からないけど、俺の中にはまだそんな感情が残っていた。

「まーた寝てるし」

 すると頭上(前の席)で椅子を引く音がした後、呆れ声で呟く夏希の声が聞こえた。そう言えばコイツにはまだ聞いてなかったっけ。
 俺は半ば諦めながら重い頭を上げた。といっても腕に顔を乗せる程度しか上げなかったけど。

「あれ? 起きてんじゃん」
「お前さ。前言ってた夢ってどうなった?」
「どうなったって? 別にどうにもなってないけど?」

 それは想像とは違う返事だったが、まだ期待は出来ない。いや、期待出来ないと思ってる時点で既に俺は多少なりとも期待していた。

「もしかしてまだ、目指してる?」
「まだって。そりゃあそうでしょ」

 何言ってんの? そう言いたげに少し笑いながら夏希は確かにそう言った。

「だってまだ話してから数日しか経ってないけど? アタシのことどんだけ飽き性だと思ってんのよ」

 その言葉は、今の俺には信じられないもののように聞こえた。そして気が付けばあまりの嬉しさに俺は、体を起こしては少し前のめりで夏希の手を両手で握ってしまっていた。

「その夢は絶対叶えろよ! 応援してるから」
「――あぁ? ……うん。えっ? なに急に? 寝惚けてんの? 怖いんだけど」

 夏希は体を引き気味にしながら訝しげな表情を向けていたが、それが気にならない程に俺は高揚してしまっていた。
 でもすぐに我に返ると慌てて手を離す。

「あっ、ごめん」
「どしたの?」
「いや、別に……ただ夢があってすごいなって思ってたから。つい。ごめん」

 下手な誤魔化しをしながら俺は遅れてやってきた恥ずかしさに顔が若干熱くなり、同時に気まずさを感じていた。
 するとそんな俺に救いの手を差し伸べるように次の授業のチャイムが鳴り響いた。

 そしてその日の夜。俺は小瓶の灯台を見つめながら考え事していた。

「――よし。やっぱり、ちゃんと蒼空さんにこの事を訊こう。彼が本当はどっちなのか確かめないと。もし夢を奪って世界の破滅を望んでいるんだとしたら……」

 一体その時は俺はどうしたらいいんだろうか? 一体何が出来るんだろうか?
 既に疑問が浮かび始めたけどそれは端に寄せ俺はラインを開いた。そう言えば連絡先を交換してから初めて連絡をするかも。そんな事を考えながら俺は蒼空さんにメッセージを送った。