すると少し落ち着いたからか急にこんなことを考えてる自分が馬鹿らしくも思えてきた。確かにネットには沢山の情報があるけど、その中には嘘やそこまでいかなくても噂話程度の信憑性しかないモノも山ほど存在する。
 そして今まさに俺が中心に添えている掲示板の話は後者に等しい。ほぼ全ての人が単なるエンタメとして読むかスルーするかのどちらかだろう。なのに俺はそれを元に真面目に考えてる。単なる偶然である確率の方が大きいのにそれをこじつけて必然にしようとしているんだ。
 もちろんそうなると蒼空さんの言っていることも否定する事になるけど――彼には悪いが正直まだ半信半疑なとこはある。いや、割合的に言えばもっと低い二対八といったところだ(あえて言うならば二信八疑《にしんはちぎ》だ)。
 それに今あんまり真剣に考えても仕方ない。颯汰さんの事は直接話を聞けば分かるだろうし、蒼空さんのことは鯨を呼ぶ時がくれば分かるはず。
 結局、考えてるだけじゃ現実世界では何も進まない訳で、そうなれば何もしてないのと一緒。つまり今の俺は絵を完成へ向かわせることもなくただ寝そべってるだけ。
 何してるんだろう。俺。

「はぁー。今日はもう帰ろ」

 吐き出した溜息はすぐさま肌を撫でる風に連れられ、俺は小屋に鍵をしてから帰路に就いた。



 翌日。学校が終わった後、俺は百貨店に来ていた。昨日、次描く時に無くなりそうな画材があったからそれを買いに。馴染みのお店に着くと、一度確認してからこれば良かったと若干後悔しながらも、雲のようにふわりとした記憶を頼りに目的の物を手に取っていく。

「ありがとうございました」
「何か、買い忘れありそうだな」

 一抹の不安を感じながらも袋を片手に百貨店の出口へ。その途中、通りがけにふと目をやったお店の中に見覚えのある顔を見つけ俺は自然と足を止めた。偶然か少し遅れて相手の顔が上がる。
 そして俺の顔を見ると確認するような間が空き、その後に笑みを浮かべ片手が上がった。

「あれ? 蓮じゃん」

 そこに居たのは零奈。軽く手を上げ返し俺は方向を変えた足を動かして彼女の元へ向かった。

「何してんの?」
「ハンドクリーム。無くなっちゃったから買おうと思って」

 零奈の前には言う通りお試し用のハンドクリームが二つ並んでいた。その二つで迷っているんだろう。

「あっ。そーだ。折角だしこれどっちが良いと思う?」

 そう言うと片手を俺の顔へ近づけてきた。ここだと言うように手の甲が鼻に向けられている。俺は別に匂いに敏感という訳でも特別こだわりがあるという訳でもないのだけど、意見を求められたからと差し出された手を嗅いでみた。
 息を吸うとほんのり香る柑橘系の匂い。新鮮でさっぱりとしたその香りは、まるで窓を開け清々しい風を浴びるようにスッキリとさせてくれる。そんな好い匂い。

「めっちゃ好い匂いじゃん」
「でしょ~。じゃあ次はこっちね」

 もっと嗅いでたいと思わせる香りが遠ざかってしまうと、もう片方の手が別の匂いを連れやってきた。近づいたところで同じ様に嗅いでみる。
 こっちは石鹸の香りだ。柔らかで優しいその香りは、お風呂上りのリラックス感を与えてくれる。そんな好い匂い。

「どっちが良いと思う?」

 それはあまりにも難し過ぎる二択だった。良い意味でどっちでも良い。それか許されるのなら両方と答えたいぐらいに。
 だけどそうもいかず少しの間黙って考えた後、俺は答えのないこの二択に一応答えを出した(普段の授業もこれぐらい考えれば案外もっと理解出来るのかもしれない)。

「最初のやつ」
「こっち?」

 零奈は最初の方の手を上げて確認した。

「そう。その柑橘系の匂いがするやつ」
「なるほどねー」

 そう言いうと彼女は左右の手を交互に嗅いだ。

「じゃあこっちにしとっかな」

 言葉と共に手に取ったのは俺が言った方の商品(そこには柑橘系と書かれていたからそうだろう)。
 そして一度俺にそれを振って見みせると零奈は満足気にレジへと向かった。