教室を出てすぐに鳴り響いたチャイムの中、桃真と並んで歩き自販機へ向かいながら俺は何を飲もうか考えていた。

「れんさ。一昨日、颯汰のとこ行ったんだろ?」
「行った。お前に会いにだったけど居なかったからその後に連絡した」
「その時あいつ、漫画描いてた?」
「うん。描いてたけど、それがどうした?」

 答える前に桃真は少し浮かない表情を浮かべた。

「――それがさ。今朝、忘れ物取りに颯汰のとこに行ったんだけど……。何かもう描くの止めるみたいなこと言っててさ。それでイラスト関係の仕事探してるって言ってたんだよな」
「でもそういうこと今までに何回かあったじゃん。少ししたら落ち着いてまた描き始めるんじゃない?」

 自信作が賞で落ちた時とか、サイトで思った以上に伸びなかった時とか、颯汰さんはそう言って意気阻喪としてたことがこれまで何度かあった。でも決まって時間が経てばいつも通りやる気の炎を燃やしてはペンを走らせている。

「そうだといいいけど。なんか今回は別に落選したとかの原因がある訳じゃないってのと何かいつもと様子が違う気がすんだよな」

 そこに確信的なものは無さそうだったが、桃真にはどこか引っ掛かるらしい。

「――いやまぁ、気のせいって可能性もあるけど。何か心配でさ。今までずっと頑張ってたの見てきたから、ここで諦めて欲しくないんだよ。颯汰なら絶対なれると思うし。それにおれも颯汰が漫画家として描いてるとこ見たいしさ。だから時間がある時にでも行ってみてくんね?」
「分かった」
「でも今日は居ないみたいだからわりぃけど今日以外で頼むわ」
「おっけ」
「あっ、そうだ。それと――」

 忘れていた、と桃真はそう言ってポケットからビー玉を取り出した。

「これ」

 そのまま手渡されたそのビー玉は、まるで中に銀河を閉じ込めたような精巧な作りで、見惚れる程に綺麗なモノだった。いや、これはもはや作品と言っても過言じゃない。それは今まで一色かちょっとした模様がある程度のモノしか見た事なかった俺に衝撃を与えるには十分過ぎる程に目を奪われるビー玉だった(もし俺が将来ビー玉職人になったらこの瞬間の事をキッカケと呼ぶはず)。

「綺麗だよな」
「ビックリするぐらい。で、これ何?」
「それ、れんと一緒にいた人……えーっと蒼空さんだっけ? その人が颯汰のとこ、って言ってもレグルスな。に忘れてったらしくて、そんでれんに渡しといてっておれが預かってたんだよ。だからそれは返しといて、よろしく」
「おん。分かった。――でもいつ忘れたんだろう」

 確かあの時の蒼空さんはずっと打ってたし何かを取り出したとかも無かったはずだけど。

「何か昨日来てたって言ってたっけな」
「昨日?」
「うん」

 昨日ってことは夕暮れまで一緒に居たからその後に行ったってことか。何しに行ったんだろう? またバッティングしに?
 そんな疑問が一瞬、脳裏を過るが「別にいいか」とそのまま流れ去っていった。

「まぁ分かったわ。返しとく」
「よろしくー」

 そしてビー玉をポケットに仕舞った後、自販機に着くと少し悩んでから俺はお金を入れボタンを押した。



 それからその日も学校が終わり颯汰さんの所へ行こうと思ったが、今日は居ないと言われてた事を思い出した俺はそのまま絵を描きに向かった。
 だけど何故かこの日は全く筆が進まず、結局のとこ片付けてはイヤホンを付けてから草の上に寝転んだ。悪くない寝心地に少し肌寒い中、眠くは無いのに自然と瞼が下がる。特に何かを考えようと思った訳じゃないけど自然と思考は巡り始めた。
 そして絵をどういう風にしたらより良くなるかを一曲分考えた後、何となく今朝の話を思い出した。桃真がしていた颯汰さんの話。
 これまで何度か颯汰さんが落ち込んで描くのを辞めようとした事はあった。でも次の日になれば――長くても数日でまたやる気を取り戻しいつものように漫画を描き進める。別にそれは人間なら誰しも経験する気分の浮き沈みで、もっと言えば夢を追う者の宿命のようなモノ。桃真はあぁ言ってたけど正直、俺は大丈夫だと思う。

 ――そう、いつもなら。

 だけど今回は若干ながら胸がざわつく。それはきっと今、脳裏で勝手に思い出されてるあのネット掲示板が原因なんだろう。
 確か颯汰さんは蒼空さんが直接じゃないにしろ夢の欠片を集めた一人。そしてその颯汰さんが夢を諦めたかもしれない。他の人からすれば関係無いと言うかもしれないけど、ネット掲示板と蒼空さんが夢の欠片を集めた人、そしてその後に夢を諦めた(これはまだ定かじゃないが)。この三つを知ってる俺からすればそうは思えない。三つの点をまだ半透明な線が嫌でも結び始める。
 もしこれで本当に颯汰さんがもう漫画家を目指してないとすれば、蒼空さんは(悪い意味で)俺が思っている以上の人なのかもしれない。
 でも一つだけ疑問もある。どうして一番最初に集めた夏希じゃなくて颯汰さんなのか。順当にいけば夏希から始まるはず。
 もしかしたら俺が知らないだけで秘かに夏希も……。
 いや、それは言い切れないけど無いに等しいと思う。だってアイツは顔に出やすいタイプだから夢を諦めようとしたら思い悩んでそれが顔に出るはずだし。でも今日はいつも通り元気だった(むしろいつもよりテンションが高くて若干、面倒だった程だ)。

「まぁ、大丈夫だろ」

 そして他のみんなからも一際、いつもと違うような雰囲気は感じなかった。夏希と違って秘かにという可能性も無くは無いけど、期待の意も込めて大丈夫だと信じよう。