面白かったりいつもと違ったり、特別な週末を送った後の週初めはあの特別が嘘だったように意外と普通なものだ。
 そして俺も自分の席から見慣れた教室を見渡すと、不思議な人との出会いも空を泳ぐ鯨の話も夢の欠片も、全部がただの夢のように思えた。

「えーっと。他に言う事あったっけな」

 (じゃんけんで負けてホームルームをすることになったらしい)伊吹先生の声が教室に響く中、俺は窓の外に広がる蒼穹を眺めていた。でもそこに浮かんでいるのは大きな鯨じゃなくて羊雲。遥か遠くで飛ぶ小さな飛行機はあれど鯨なんて奇想天外な存在はこの空にはいなかった。
 それはこの空だけじゃなくて本当にこの世のどこにも居ないのだろうか。鯨臥蒼空というのは実際感じた通りの不思議な人間なのか、それとも単なる妄想に憑りつかれた人間なのか。はたまた人々の夢を奪い世界を終焉へ導く魔王のような存在なのだろうか。多分、この一度芽生え心に根を下ろした疑問は目を逸らしても真実が分かるまで何度でも問いかけてくるんだろう。
 するといつの間にかネット掲示板を見た時と同じような事を考えていた俺の蟀谷に何かがぶつかる軽い衝撃が響いた。しかも二度も連続で。無視してもいい程度のものだったが、俺はゆっくり顔だけをその方向へと向ける。
 そこには丸めた小さな紙を今まさに俺へ投げようとしてる夏希の姿があり、その丁度のタイミングで目は合った。一瞬、動きの止まった夏希だったが見られていることなどお構いなしに手に持っていた小さな弾を俺へ投げた。
 それは悪くないコントロールで俺の額に命中。夏希は俺の目の前で堂々とガッツポーズをした。

「何してんの?」
「何も。強いて言うなら的当て」
「人を的にすんな」
「はい。夏希」

 その声と共に夏希へ横から差し出された紅茶のペットボトル。その手を視線でなぞり辿ってみるとそこには自分の分のお茶を手に持つ零奈。更にそこから教室全体を一見するといつの間にかホームルームは終わっていた。何もなくて早めに終わったのか。

「ありがとー」

 お礼を言った夏希は早速、蓋を開け一口。その間に零奈は俺の机に座り上半身を捻りながら振り返った。

「そう言えば昨日さ、蓮が連れてきた人いたじゃん。あの歌がめっちゃ上手い人」
「うん」
「あの人さ。初めて会ったのに何か見た事あるみたいな感じしたんだけど、あの人とあたしって初めて会うよね?」
「いや、俺に訊かれても知らんけど。少なくとも俺と一緒の時は初めてだと思うけど?」
「それってカフェでアタシが会った人?」
「そう。蒼空さん」

 夏希は思い出す素振りを少し見せると軽く頷いた。

「確かに。なんとなーくそんな気はするかも。でもそういう人ってたまにいるでしょ。だって自分にそっくりな人は世界に五人はいるっていうし」
「三人な」
「そうともいうー」
「そうとしか聞いたことないけど」
「まぁ自分で言っておいてなんだけど、別にだから何って話なんだけどね。にしてもあの人って歌うま過ぎ!」
「れーん」

 そんなやりとりをしているといつも通り眠気漂う桃真の声に呼ばれた。

「飲みもん買いにいこーぜー」
「いいよ」

 話の続きで盛り上がる二人を他所に俺は席を立ち上がると桃真と教室を出た。