――ドンッ。
突然、頭へ重い衝撃が走った。それはまるで鈍器のような物で殴られた――いや、そんな大袈裟なものじゃない。
「いっつ……」
口に入れた綿菓子のようにすぐ消えてしまった声の後、頭へ手をやりながら俺は突っ伏していた顔を上げた。
肌寒い気温の中、窓から差す力強い日光は眩しく、瞼は中々開かない。そしてやっとの思いで瞳も光を浴びたが、世界のピントは依然と合わないまま。
だけど前席にこっちを向いた誰かが座っているのはぼやけた視界でも確認出来た。
「もうそろそろ次、始まっちゃうぞー」
徐々に正常さを取り戻していくぼんやりとした世界。リセットするように瞬きをすると、いつも通りジャケットを着てない黒沢夏希と目が合った。今日は束ねている長い髪、相変わらずネクタイは緩み凛々しい相貌をしてる。
「あれ? 授業終わってたのか」
「とっくに。――さーて空見蓮君は一体どこまで起きてたのかな?」
夏希は茶化すようにそんな事を言いながら俺の前でまだ授業が終わった事を知らないノートへと手を伸ばした。
「げっ。全然書いてないし。ていうかアンタまた絵描いてんじゃん。――にしても相変わらずお上手なことで」
不真面目なノートを机に置きながらのそれは、素直に褒められてるとは思えないような口ぶりだった。
でもそんな事はどうでもいい。全く気にならない俺はノートへ目をやった。
「絵って言うかただの葉っぱの落書きだけどな」
何かの落書きをしてたのは覚えてるが葉っぱなんて描いてたのか。そんな事を思いながら出てきた欠伸に大きく口を開けた。
「いやいや。普通葉っぱの落書きって言ったら……」
すると俺の言葉を否定しながら夏希は寝転がっていたシャーペンを手に取り、ノートの上で走らせた。
そして一分も満たない内にシャーペンが再度机に寝転がる。
「こーゆーのでしょ」
言葉と共に向けられたノートには卵形の(当然ながら色は無いが)葉っぱが描かれていた。
「普通はこんな落ちてる途中の、しかも横から見た葉っぱは描きませーん。しかも、ちょっと捻じれてるし」
ノートの端に並んだ二つの葉っぱ。その内の俺が書いた方を彼女は指差していた。
だけど正直そんな事を言われても困る。
「別にどっちも同じ葉っぱだし。ていうか前から思ってたけどお前って結構絵上手いよな」
「えっ、そう? えー! なんか、アンタに言われるとちょっと嬉しいかも」
夏希はニヤつきとドヤを配合した表情を浮かべていた。
「夏希ちゃーん」
だけどその顔もやたら媚びる声にすぐ元へと戻った。
そんな声と共にやってきたのは東条瑠依。少し背が低くたまに女子に間違えられるような童顔の男子。
でもそれよりもコイツと言えばその容姿に反した……。
「次の授業の宿題、大至急見せて! お願い!」
「えー。どーしよっかなぁー」
「ダメ?」
瑠依は顔の前で編むように両手を組み瞳を潤わせては涙声で一言訊き返した。こんな事は言いたくないがその表情はさながら子猫。コイツの得技だ。
「――イラつくからヤダ」
だけどその手が通じるのもコイツを知らない奴だけ。俺たちは見飽きてるまである。
「えぇー。じゃあこれでどーだ!」
口を尖らせた瑠依の次なる一手が披露される中、俺は視線を窓外へ。
色々な姿形をした雲が散りばめられたそれは当然ながら青色だったけど、何色なんだろうと思ってしまう程に明媚な蒼穹だった。雲一つない青空も悪くないけど、俺は雲が疎らにある方が好きだ。大小も姿形も全て違う雲。それを一緒に眺める方が愉しい。
『自分を生きた雲だと考えなてみなさい』
積雲をぼーっと眺めているとふとそんな言葉を思い出した。誰の言葉かも、どこでそれを聞いたのかも、はたまたそれがどういう意味なのかも思い出せない。
だけど何故かこうやって不意に思い出すぐらいには心に残っているそんな言葉。
「おい! 瑠依てめぇ!」
すると、そんな脳裏の言葉を掻き消すように突然聞こえてきた怒声。俺は依然と空を眺めていたが、声だけでそれが誰なのかは分かるし今の表情も容易に想像が付く。
恐らく眉を顰め不機嫌そうな表情を浮かべてるであろう彼は戌丸莉玖。(服装がいつも通りなら)完全に外に出たベルトを隠すシャツに、もはや首から提げてる状態のネクタイ、背は瑠依より大きいぐらいで目は少し鋭さを帯びている(多分今は不機嫌だからかより一層鋭いはず)。
莉玖は瑠依と仲が良い(本人たちの口から直接聞いたことはないけど互いに親友と思ってる、と俺は思ってる)。だからよく一緒に居るし、瑠依からいつも何かしら揶揄われたりちょっかいを出されてる。一番、弄ばれてる可哀想な奴だ。まぁ、それだけ仲が良いってことなんだろうけど。
踏みつけるような足音が近づいてくるとさっきよりは小さいが変わらず怒気を纏った莉玖の声が響いた。
「お前、オレの買った飲み物返せよ! 急に横からかっさらったと思ったら逃げやがってよ」
俺はその声に視線を日常へと戻した。
瑠依が振り返るより先に莉玖は後ろから首に手を回し少しばかり仕返しを始めていた。いや、仕返しというよりそれはまだ脅しの段階だろう。
「あー。それだけど、もう取引で夏希の物になっちゃった」
「はぁ? なっちゃった。じゃねーんだよ!」
腕に少し力を込める莉玖。瑠依は腕を叩き「苦しい、止めてよ」なんて言ってるが表情にはまだ余裕が伺える。
突然、頭へ重い衝撃が走った。それはまるで鈍器のような物で殴られた――いや、そんな大袈裟なものじゃない。
「いっつ……」
口に入れた綿菓子のようにすぐ消えてしまった声の後、頭へ手をやりながら俺は突っ伏していた顔を上げた。
肌寒い気温の中、窓から差す力強い日光は眩しく、瞼は中々開かない。そしてやっとの思いで瞳も光を浴びたが、世界のピントは依然と合わないまま。
だけど前席にこっちを向いた誰かが座っているのはぼやけた視界でも確認出来た。
「もうそろそろ次、始まっちゃうぞー」
徐々に正常さを取り戻していくぼんやりとした世界。リセットするように瞬きをすると、いつも通りジャケットを着てない黒沢夏希と目が合った。今日は束ねている長い髪、相変わらずネクタイは緩み凛々しい相貌をしてる。
「あれ? 授業終わってたのか」
「とっくに。――さーて空見蓮君は一体どこまで起きてたのかな?」
夏希は茶化すようにそんな事を言いながら俺の前でまだ授業が終わった事を知らないノートへと手を伸ばした。
「げっ。全然書いてないし。ていうかアンタまた絵描いてんじゃん。――にしても相変わらずお上手なことで」
不真面目なノートを机に置きながらのそれは、素直に褒められてるとは思えないような口ぶりだった。
でもそんな事はどうでもいい。全く気にならない俺はノートへ目をやった。
「絵って言うかただの葉っぱの落書きだけどな」
何かの落書きをしてたのは覚えてるが葉っぱなんて描いてたのか。そんな事を思いながら出てきた欠伸に大きく口を開けた。
「いやいや。普通葉っぱの落書きって言ったら……」
すると俺の言葉を否定しながら夏希は寝転がっていたシャーペンを手に取り、ノートの上で走らせた。
そして一分も満たない内にシャーペンが再度机に寝転がる。
「こーゆーのでしょ」
言葉と共に向けられたノートには卵形の(当然ながら色は無いが)葉っぱが描かれていた。
「普通はこんな落ちてる途中の、しかも横から見た葉っぱは描きませーん。しかも、ちょっと捻じれてるし」
ノートの端に並んだ二つの葉っぱ。その内の俺が書いた方を彼女は指差していた。
だけど正直そんな事を言われても困る。
「別にどっちも同じ葉っぱだし。ていうか前から思ってたけどお前って結構絵上手いよな」
「えっ、そう? えー! なんか、アンタに言われるとちょっと嬉しいかも」
夏希はニヤつきとドヤを配合した表情を浮かべていた。
「夏希ちゃーん」
だけどその顔もやたら媚びる声にすぐ元へと戻った。
そんな声と共にやってきたのは東条瑠依。少し背が低くたまに女子に間違えられるような童顔の男子。
でもそれよりもコイツと言えばその容姿に反した……。
「次の授業の宿題、大至急見せて! お願い!」
「えー。どーしよっかなぁー」
「ダメ?」
瑠依は顔の前で編むように両手を組み瞳を潤わせては涙声で一言訊き返した。こんな事は言いたくないがその表情はさながら子猫。コイツの得技だ。
「――イラつくからヤダ」
だけどその手が通じるのもコイツを知らない奴だけ。俺たちは見飽きてるまである。
「えぇー。じゃあこれでどーだ!」
口を尖らせた瑠依の次なる一手が披露される中、俺は視線を窓外へ。
色々な姿形をした雲が散りばめられたそれは当然ながら青色だったけど、何色なんだろうと思ってしまう程に明媚な蒼穹だった。雲一つない青空も悪くないけど、俺は雲が疎らにある方が好きだ。大小も姿形も全て違う雲。それを一緒に眺める方が愉しい。
『自分を生きた雲だと考えなてみなさい』
積雲をぼーっと眺めているとふとそんな言葉を思い出した。誰の言葉かも、どこでそれを聞いたのかも、はたまたそれがどういう意味なのかも思い出せない。
だけど何故かこうやって不意に思い出すぐらいには心に残っているそんな言葉。
「おい! 瑠依てめぇ!」
すると、そんな脳裏の言葉を掻き消すように突然聞こえてきた怒声。俺は依然と空を眺めていたが、声だけでそれが誰なのかは分かるし今の表情も容易に想像が付く。
恐らく眉を顰め不機嫌そうな表情を浮かべてるであろう彼は戌丸莉玖。(服装がいつも通りなら)完全に外に出たベルトを隠すシャツに、もはや首から提げてる状態のネクタイ、背は瑠依より大きいぐらいで目は少し鋭さを帯びている(多分今は不機嫌だからかより一層鋭いはず)。
莉玖は瑠依と仲が良い(本人たちの口から直接聞いたことはないけど互いに親友と思ってる、と俺は思ってる)。だからよく一緒に居るし、瑠依からいつも何かしら揶揄われたりちょっかいを出されてる。一番、弄ばれてる可哀想な奴だ。まぁ、それだけ仲が良いってことなんだろうけど。
踏みつけるような足音が近づいてくるとさっきよりは小さいが変わらず怒気を纏った莉玖の声が響いた。
「お前、オレの買った飲み物返せよ! 急に横からかっさらったと思ったら逃げやがってよ」
俺はその声に視線を日常へと戻した。
瑠依が振り返るより先に莉玖は後ろから首に手を回し少しばかり仕返しを始めていた。いや、仕返しというよりそれはまだ脅しの段階だろう。
「あー。それだけど、もう取引で夏希の物になっちゃった」
「はぁ? なっちゃった。じゃねーんだよ!」
腕に少し力を込める莉玖。瑠依は腕を叩き「苦しい、止めてよ」なんて言ってるが表情にはまだ余裕が伺える。