外に出ると少し減ったお茶を片手に蒼空さんが小瓶を眺めていた。
「君の周りには夢が溢れてるね」
「でも折角来たのに、結局桃真は居なくて無駄足になっちゃいましたね」
「そんなことないよ。ほら、また一つ綺麗な光が灯ってる」
そう言って見せてくれた小瓶の中では四つ目の光が輝いていた。その光に導かれるように颯汰さんとの会話が脳内で再生される。
でも確かその時、彼は居なかったはず。
「でも何で……」
理由を訊こうと口を開いたが言葉が出切る前に心当たりがそれを止めた。
「もしかして俺がコートを持ってたから? でもそれを集めるのって蒼空さんじゃなくても出来るんですか?」
すると蒼空さんは少し吹き出すように笑った。
「僕が何か特別な力を持ってて、それで集めてると思った?」
「力って言うか……。何かしてると思ってました」
「残念だけど僕はただ夢を聞き出してるだけだよ。特別なのはこの瓶とみんなの想い」
そう言いながら視線を小瓶に移し眺める蒼空さんを見ながら俺はハッとした。
「もしかして俺が颯汰さんと彼の夢について話すって思ったからコートを預けたんですか?」
颯汰さんと親し気なのを見て、ここまで夢の欠片を集めてきたから俺が夢について訊くって見通してたのかもしれない。だとしたら蒼空さんって思った以上に頭が切れる凄い人なのかも。
「え? 違うよ。ただ単にバッティングしたかっただけ。コートは邪魔だったから君に預けただけだよ。でもそのおかげで貴重な一つが集まった訳だし、僕のお陰って言っても過言じゃないかもね」
別に馬鹿にしてる訳じゃないけど、どうやらそれは買い被り過ぎだったようだ。
蒼空さんは不思議な感じがするし空を泳ぐ鯨とかにわかには信じられないような話もするけど、特別な力とかがある訳じゃない、良い意味で普通の人間らしい。いや、彼に言わせれば普通なんてあってないようなものか。
でも特別な何かを持った人に憧れる気持ちはあれどやっぱり同じ普通というだけで親近感のようなものが湧いてきた。
まぁまだよく分からない事だらけといえばそうだけど。
「もしかして今なんか失礼な事考えてる?」
「え? いや。そんな事ないです」
「ホントに?」
心まで見透かしそうな訝しげな顔に覗き込まれ俺は思わず顔を逸らした。別に疚しいことはないのに。
「本当です。それより次、行きましょう。俺もここまで来たらちゃんとその鯨、見てみたいですし」
「そうだね。じゃっ、次よろしく」
それからも俺と蒼空さんは夢の欠片を集める為に色々と歩き回った。何人かの友達と会って話を聞いたりもしたし、零奈と桃真にも連絡を取ってみたが二人はどうやら忙しいらしく会う事は出来なかった。
あとは、蒼空さんのコミュニケーション能力が遺憾無くされたり。彼は初対面だというのに気兼ねも躊躇も無く声を掛け話をして、少し言葉を交わした後に決まってこう尋ねる。
「何か夢とかあるんですか?」
笑いながら「ない」と答える人、恥ずかしそうに話をする人、昔はあったと振り返る人、堂々と夢を語る人。人によって答えは様々だった。
そんな風に誰とでも話をすることが出来るということ自体凄いけど、一番はちゃんと相手を観ているとこだった。最初は相手に合った話から始め、話をしたくなさそうだったらすぐに止めてしつこくはしない。風に流される雲のように彼は相手に合わせていた。蒼空さんはそれがさも当たり前だと言うようだったけど、知らない人に話しかけるなんて出来ない俺からすれば羨む程に凄いことだ。
そうしているうちに気が付けば空は紅葉に埋め尽くされたような赤い夕暮れ。俺と蒼空さんは適当なベンチで休憩をしていた。
「悪くないね」
蒼空さんは四分の一ぐらいだろうか、光の灯る小瓶へ視線を落としながら呟いた。それが早い方なのか、遅い方なのか、基準を知らない俺には分からなかった(彼の口ぶりからすると遅くはないのかもしれない)。
「もしもですけど、その鯨が現れなかったらそれってどうなるんですか?」
俺は小瓶を指差しながらふと思った疑問を尋ねた。
「空を漂う。そしていずれ夢鯨に食べられる。まぁでも心配しなくても現れると思うよ」
「それは何で?」
「だって君もお腹が空いてる時にご馳走とちょっとしかないご飯があったらご馳走を食べるでしょ? それと同じで彼も美味しい方を食べたいと思うよ。絶対に現れるとは言い切れないけど」
そういうものなのか? そもそもその鯨がここら辺に居続けるのか世界中を自由気ままに泳いでるのかによっても変わると思う。ニューヨークでいつ美味しい料理が出来上がったのかを分からないように鯨ももしかしたら気付かないかもしれないし。
もしそうなったら鯨が見れなくてまた餌を集め直ししないといけないのか? そう思うと俺の中で好奇心と面倒臭がりが天秤に掛けられた。でも天秤は左に傾いたり右に傾いたり。弥次郎兵衛状態。
どうやら実際にその状況にならないと判断はつかないらしい。
「まっ、やってみれば分かるって。あれこれ考えても意味ないしさ」
「それもそうですね」
「それじゃ、今日はこれぐらいにして――」
蒼空さんはそう言うと立ち上がり一歩進んだ所で振り返った。
「じゃ、気を付けて帰ってね」
またね、と言いながら手を振る蒼空さんに俺も手を振り返す。
「はい。また」
俺の言葉が風に呑まれると蒼空さんは手を下ろしながら背を向け、そのまま歩き去って行った。
「君の周りには夢が溢れてるね」
「でも折角来たのに、結局桃真は居なくて無駄足になっちゃいましたね」
「そんなことないよ。ほら、また一つ綺麗な光が灯ってる」
そう言って見せてくれた小瓶の中では四つ目の光が輝いていた。その光に導かれるように颯汰さんとの会話が脳内で再生される。
でも確かその時、彼は居なかったはず。
「でも何で……」
理由を訊こうと口を開いたが言葉が出切る前に心当たりがそれを止めた。
「もしかして俺がコートを持ってたから? でもそれを集めるのって蒼空さんじゃなくても出来るんですか?」
すると蒼空さんは少し吹き出すように笑った。
「僕が何か特別な力を持ってて、それで集めてると思った?」
「力って言うか……。何かしてると思ってました」
「残念だけど僕はただ夢を聞き出してるだけだよ。特別なのはこの瓶とみんなの想い」
そう言いながら視線を小瓶に移し眺める蒼空さんを見ながら俺はハッとした。
「もしかして俺が颯汰さんと彼の夢について話すって思ったからコートを預けたんですか?」
颯汰さんと親し気なのを見て、ここまで夢の欠片を集めてきたから俺が夢について訊くって見通してたのかもしれない。だとしたら蒼空さんって思った以上に頭が切れる凄い人なのかも。
「え? 違うよ。ただ単にバッティングしたかっただけ。コートは邪魔だったから君に預けただけだよ。でもそのおかげで貴重な一つが集まった訳だし、僕のお陰って言っても過言じゃないかもね」
別に馬鹿にしてる訳じゃないけど、どうやらそれは買い被り過ぎだったようだ。
蒼空さんは不思議な感じがするし空を泳ぐ鯨とかにわかには信じられないような話もするけど、特別な力とかがある訳じゃない、良い意味で普通の人間らしい。いや、彼に言わせれば普通なんてあってないようなものか。
でも特別な何かを持った人に憧れる気持ちはあれどやっぱり同じ普通というだけで親近感のようなものが湧いてきた。
まぁまだよく分からない事だらけといえばそうだけど。
「もしかして今なんか失礼な事考えてる?」
「え? いや。そんな事ないです」
「ホントに?」
心まで見透かしそうな訝しげな顔に覗き込まれ俺は思わず顔を逸らした。別に疚しいことはないのに。
「本当です。それより次、行きましょう。俺もここまで来たらちゃんとその鯨、見てみたいですし」
「そうだね。じゃっ、次よろしく」
それからも俺と蒼空さんは夢の欠片を集める為に色々と歩き回った。何人かの友達と会って話を聞いたりもしたし、零奈と桃真にも連絡を取ってみたが二人はどうやら忙しいらしく会う事は出来なかった。
あとは、蒼空さんのコミュニケーション能力が遺憾無くされたり。彼は初対面だというのに気兼ねも躊躇も無く声を掛け話をして、少し言葉を交わした後に決まってこう尋ねる。
「何か夢とかあるんですか?」
笑いながら「ない」と答える人、恥ずかしそうに話をする人、昔はあったと振り返る人、堂々と夢を語る人。人によって答えは様々だった。
そんな風に誰とでも話をすることが出来るということ自体凄いけど、一番はちゃんと相手を観ているとこだった。最初は相手に合った話から始め、話をしたくなさそうだったらすぐに止めてしつこくはしない。風に流される雲のように彼は相手に合わせていた。蒼空さんはそれがさも当たり前だと言うようだったけど、知らない人に話しかけるなんて出来ない俺からすれば羨む程に凄いことだ。
そうしているうちに気が付けば空は紅葉に埋め尽くされたような赤い夕暮れ。俺と蒼空さんは適当なベンチで休憩をしていた。
「悪くないね」
蒼空さんは四分の一ぐらいだろうか、光の灯る小瓶へ視線を落としながら呟いた。それが早い方なのか、遅い方なのか、基準を知らない俺には分からなかった(彼の口ぶりからすると遅くはないのかもしれない)。
「もしもですけど、その鯨が現れなかったらそれってどうなるんですか?」
俺は小瓶を指差しながらふと思った疑問を尋ねた。
「空を漂う。そしていずれ夢鯨に食べられる。まぁでも心配しなくても現れると思うよ」
「それは何で?」
「だって君もお腹が空いてる時にご馳走とちょっとしかないご飯があったらご馳走を食べるでしょ? それと同じで彼も美味しい方を食べたいと思うよ。絶対に現れるとは言い切れないけど」
そういうものなのか? そもそもその鯨がここら辺に居続けるのか世界中を自由気ままに泳いでるのかによっても変わると思う。ニューヨークでいつ美味しい料理が出来上がったのかを分からないように鯨ももしかしたら気付かないかもしれないし。
もしそうなったら鯨が見れなくてまた餌を集め直ししないといけないのか? そう思うと俺の中で好奇心と面倒臭がりが天秤に掛けられた。でも天秤は左に傾いたり右に傾いたり。弥次郎兵衛状態。
どうやら実際にその状況にならないと判断はつかないらしい。
「まっ、やってみれば分かるって。あれこれ考えても意味ないしさ」
「それもそうですね」
「それじゃ、今日はこれぐらいにして――」
蒼空さんはそう言うと立ち上がり一歩進んだ所で振り返った。
「じゃ、気を付けて帰ってね」
またね、と言いながら手を振る蒼空さんに俺も手を振り返す。
「はい。また」
俺の言葉が風に呑まれると蒼空さんは手を下ろしながら背を向け、そのまま歩き去って行った。