そして駅前から移動した俺らが来たのはレグルスバッティングセンター。お客は居なくてカウンターに眼鏡を掛けた青年が座っているだけ。
 そのカウンターに足を進めながら並んだ打席を覗いてみるが俺の知ってる姿は無かった。

「颯汰さん。こんにちは」

 俺が声を掛けると颯汰さんの下へ向けられていた顔が上がった。

「あぁ、蓮君じゃん。いらっしゃい」
「あの今日は桃真来てないんですか?」
「そーだね……今日は来てないかな」

 桃真は休日や放課後の何もない時はよくこのバッティングセンターに来ているのだが今日は居ないらしい。となると何か用事があるかバイトか、シンプルに家にいるか――って全然絞れてないし。
 とりあえずここに居ないという事実は揺るぎようが無いものだし当てが外れたようだ。
 俺は隣の蒼空さんへ視線を向けた。

「居ると思ったんですけど」
「まぁ仕方ないよね。にしてもバッティングセンターなんて久しぶりだなぁ。ちょっと打ってきてもいい?」
「別にいいですけど」

 そしてコートを脱いだ蒼空さんは「よろしく」といいながらそれを差し出し、俺が受け取るとまずコインを買いに歩き出した。その後ろ姿を少し見送ってから俺は顔を颯汰さんへ。彼は既に下を向いており真剣な眼差しで何かをしていた。
 一体何をしているのか。大方予想はつくが確認するようにカウンターを覗き込んでみる。彼の視線の先にはペンタブが置いてあって手には専用のペンが握られていた。
 そしてそのペンタブでは今まさに漫画が描かれている。
 颯汰さんは漫画家を目指しながらこのバッティングセンターで働いてる夢追人。コンテストに応募したり漫画投稿サイトに載せたりして頑張ってる人だ。

「調子どうですか?」
「ん? あぁ。まぁまぁって感じかな」

 ペンを動かしながら颯汰さんは若干の苦笑いで微笑んだ。あまり順風満帆という訳ではないらしい。

「あっ、そうだ。蓮君って確か絵上手いんだよね?」
「え? いや別にそんな事は無いですけど。まぁ、たまに描いたりはしますね。でも風景とかしか描いたことないんで人物はちょっと……」
「いや丁度いいよ。ちょっと訊きたいんだけど、これさ何か変じゃない? というか寂しいというか。もっとこう壮大な感じにしたいんだけどどうしたらいいかな?」

 颯汰さんはペンタブをカウンターに乗せ一コマをペンで指した。風景と言っても森とか空とかそういうのだけで街並みとかは無いと言っても過言じゃない。だから役に立てるかどうかと思っていたが、そのシーンを見てみると案ぐらいは出せそうだった。

「――多分ここをこういう感じにしたら……」

 ペンを借り実際に頭へ浮かんだモノを描いてみる。実を言うとペンタブで描いたのは初めてだったから少し感覚が違くて思い通りにはいかなかったが言いたいことは伝わっただろう。

「とかどうですかね? すみません。ちょっと汚いですけど」
「いやいや、大丈夫。――なるほどね。うん。確かに僕のより良い感じかも」
「良かったです。でも俺じゃ上手く描けないんでそこはお願いします」
「分かった。ありがとうね」
「いえ」

 お礼を言いながら颯汰さんはペンタブをカウンターの内側へ戻した。満足そうで何よりだ。

「でも桃真が言ってた通り上手だね。君なら良い漫画が描けるんじゃない?」
「そんな……無理ですよ」

 颯汰さんの視線は依然とペンタブを見ていたが、俺は一人首を振りながら否定した。謙遜なんかじゃなくて本心からの否定だ。

「人物も殆ど描いたことないし、それにキャラデザもストーリーも思いつく気がしないんで」
「まぁそこは慣れかもね」

 話をしながらも手際よく動く手がどんどん絵を描いていくのを見ながら、俺は漠然と「凄いなぁ」なんて思っていた。同時にやっぱり自分には漫画は無理だとも。

「そういえば颯汰さんってどうして漫画家になろうと思ったんですか?」
「別に大した理由じゃないよ。昔から好きでって感じ。中学生の頃は毎週、部活が終わったら近くのスーパーに行って週刊誌とか買ってたし、単行本も色々買ったり借りたりして読んでたんだよね。先が気になって発売日が待ち遠しかったり一話から読み返してみたら止まらなくなったり。やっぱりいいよね、漫画って」
「ちなみにどんなの読んでたんですか?」
「世界の終焉を阻止するためにAKUMAっていう兵器と戦う漫画とか錬金術がある世界で兄弟が禁忌で失った肉体を取り戻す漫画とかかな。あとあの笑いあり涙ありアクションありのSF人情なんちゃって時代劇コメディー漫画は一番好きな作品だな。今でも読み返すもん」

 手を止めた颯汰さんは懐古しながら(自然と零れたんだろう)微笑みを浮かべた。

「蓮君は漫画とか読む?」
「そんなに沢山じゃないですけど読みますよ。あと、桃真の家に行った時とかに知らないやつを読んだりするぐらいですね。アイツ漫画とかCDとか色々持ってるんで」
「もしかしたら桃真が漫画好きになったのは僕の影響かもね。昔よくうちに来て漫画読んでたから。――でも懐かしいなぁ。その時丁度、漫画のキャラを真似して描いてた時期で桃真にもよくこれ描いてあれ描いてって言われてたっけ。そして描いてあげたら全然上手くないのにあいつすっごい喜んでさ」

 そう言えば桃真の部屋に行った時、子どもが描いたような絵が綺麗に収められたクリアブックがあったっけ。『将来的に価値が出る物だから人生ヤバくなったらそれ売る予定』なんて言ってたけど、そういうことか。

「自分の描いたものが――って言っても真似だけど。でも自分の手で描いた絵で誰かが喜んでくれるのが嬉しかったんだよね。だからもっと上手く描けるようにって色々描いて練習したなぁ。よく考えたらの時から始まってたのかもね。漫画を描く第一歩が。まぁ実際にちゃんとした漫画を描き始めるのはもっと後なんだけどね」

 そして颯汰さんはペンを置くと大きく伸びをした。