「ご馳走様でした」

 カフェを出ると俺は真っ先に奢ってくれた事に対してのお礼を言った。

「あれぐらい別にいいよ。――とりあえず歩こうか」

 蒼空さんが歩き始めると少し遅れて俺もその隣に並ぶ。

「さーて。次はどうしよっかな」

 そう呟く蒼空さんはどこか楽しそうだった。そして俺は彼の呟きに対して何にも提案が思い浮かばなかったからただ黙って隣を歩いていた。
 カフェを出てからどれくらい歩いただろうか。多分、当てもなく歩いてた蒼空さんについて行った俺はいつの間にか駅前まで来ていた。思ったより人のいない駅前。何度見ても相変わらず意味不明な謎の像。
 そして蒼空さんの足はその近くで止まった。

「電車にでも乗るんですか?」
「ん? いや、違うよ。でもそれもいいかもね」

 どうやらやっぱり行き当たりばったりのようだ。でも俺も特に何か案があるわけでもないからそれにどうこう言うことはできない。
 すると俺が何となく辺りを見回していると突然、後ろから勢いよく左腕を掴まれた。というより正確には腕に抱き付かれた。不意の事で少し前によろめきながらも一歩足を踏み出しバランスを保つ。
 それから左腕へと顔を向けた。

「蓮はっけーん」

 そこには俺を見上げる瑠依の顔があった。そして顔を合わせ一言そう言って瑠依は腕から離れた。

「お前かよ」
「あれ? もしかして夏希とか零奈の方が良かった?」
「別にそーは言ってないだろ」
「おい、瑠依。急に走り出すなよ」

 瑠依と二、三言葉を交わした後、愚痴るような声と共に小走りの莉玖が姿を現した。

「って、あれ? 蓮じゃん」
「ボク達は今日映画を観てきました」

 まるで莉玖への返事のようなタイミングで瑠依は訊いてもいないことを唐突に話し始めた。にしてもこいつらはよく映画観に行くな。

「蓮はアレ観た? Two Bullets」

 瑠依は陽気に銃の形にした片手を交差させ構える。

「いや、観てない」
「ぜぇぇぇったい観た方がいいよ! めっちゃ楽しいから。ねっ、莉玖」
「そうそう。やっぱりあの二人はそれぞれでもやべーのにそれが共演しちゃうんだもんな。そりゃあ、楽しいって」

 まだ見終わって間もないのか二人共、興奮冷めやらぬといった感じ。

「今日はよく蓮君の友達に会うね」

 すると言葉と共に俺の隣へ現れた蒼空さん。同時に二人の視線が彼を捉えた。

「あれ? 蓮のお兄さん?」
「俺に上が居ないの知ってるだろ?」
「もしかしたら腹違いのお兄さんが……って可能性もあるじゃん」
「映画の見過ぎだ」
「初めまして。蓮君の友人の鯨臥蒼空です」

 蒼空さんが自己紹介をすると莉玖、瑠依と続いた。もちろん俺はどっちに対してもする必要はない。

「瑠依君と莉玖君はさ。何か将来の夢とかってあるの? もしよかったら聞かせてくれない?」

 互いに自己紹介を終えた後、蒼空さんは不意に本題とも言うべきその質問をした。初対面の人にしかも世間話も挟まずにする質問とは思えないが、自然な流れのように彼は質問を口にしていた。
 もしかして面倒になって直球訊き始めた? そんな事を思いながら俺は二人へ向けられた蒼空さんの横顔を見ていた。

「夢? 夢かぁ。まぁやっぱりオレはあれになりてーかな」
「だよね。ボクもそう」

 互いの思ってることが疎通出来てるんだろう二人は顔を見合わせた。
 そして互いに一歩離れ向き合い始める。

「すまない。ジャック」

 莉玖は少し低くした声でそう言うと手の銃を瑠依へと向けた。

「だから女は命取りになると言ったはずだ」

 額に銃口と言う名の指先を向けられたまま瑠依も抑えのきいた声で答える。
 一体何を見せられているんだ? しかも急に。そうは思ったが何も言わず黙って見ていた。なんせこっち側の質問が発端なんだから。最後まで見守ろう(流石にあまり長くは続かないだろうし)。

「分かってる。だけどそれ以上に彼女は大切なんだ」
「まぁいいさ」

 瑠依はそう言うと莉玖と同じ様に銃に見立てた手を相手の額に向けた。

「だが俺はわざわざ殺されてやる程、お人好しじゃないぞ」
「分かってる。だけど悪いが、彼女の為にも俺は死ぬわけにはいかない」
「おい! さっさと殺し合え! この女がどうなってもいいのか?」

 顔を逸らし少し声色を変えた瑠依は多分、別の人物を演じてるんだろう。

「ならあの時の決着でもつけるか? ん?」
「状況はあの時と同じだな」
「あの時、もし引き金を引いてれば俺が先にお前の頭へ風穴を開けてた」
「いや、それより先に銃を持つ手を撃てた」
「試してみるか?」
「ははっ! 伝説の殺し屋の殺し合いとは、最高のショーじゃないか!」

 次は莉玖が顔を逸らし声色を変えた。さっきの瑠依と同じ人物か?

「ヤるならヘマするなよ?」
「誰に物言ってんだ」

 瑠依の言葉を最後に二人は沈黙に包まれた。何も言わずピクリとも動かないまま数秒が過ぎる。
 すると突然、二人は同時に俺の方へその銃口を向けた。それに加え二人から「バンッ」と銃声を表現した声が響く。