その僅かな沈黙の中、俺は蒼空さんを見遣る。一瞬、本当に会話の流れでただ訊いたのかと思う程に自然な流れで夢を尋ねた事へ感心の念を頂きながら。
 そんな俺の視線を感じたのか遅れて蒼空さんと目が合った。どうだ、と言っているのかは定かじゃないけど彼は笑みを浮かべて見せる。

「そーですね。アタシは――」

 そうこうしている内に夏希が緩慢と口を開いた。

「今のとこ声の仕事とかしはたいですかね。歌も好きだしアフレコとかもしてみたいし、あとナレーションとかも。――ってまぁ、出来るならですけど」

 我に返ったのか最後は少し気恥ずかしそうに付け足した。
 でも俺はそんな事よりも新たな発見に吃驚としたとも違い、感心とも違う――なんとも言えないけど、嫌なものではない気持ちになっていた。

「へぇー。そうなの?」
「そう。昔からそういうのに憧れてるんだよね。あれ? 言った事なかったっけ?」

 それはこれまで長い付き合いだけど初めて聞く夏希の夢だった。そう言えばこういう話をしたことってなかったっけ。

「それは良い夢だね。ちなみにその中でも一番やりたいのは?」
「んーっと。今は海外ドラマの吹き替えとかですかね。あの、俳優さんの演技というかキャラを邪魔しないで、むしろ俳優さんが実際に話してるみたいに自然に日本語での台詞を伝える。っていうところが憧れますよね。『馬鹿な人でも名案を思い付く、賢い人でも馬鹿なことを思い付く』とか『いい人間にも悪いことは起きる』なんて台詞を言ってみたいです」
「『何事もバランスが大事だ。陰と陽。優しさと意地悪。少しずつ併せ持つのがベストだ』、『不老不死などあり得ない。未来に賭けるのは負け犬だ』」
「えっ! もしかして見た事あるんですか?」

 蒼空さんが台詞のような言葉を返すと夏希の表情が少し輝いた。恐らくそのドラマの台詞なんだろう。俺は知らないけど。

「良いドラマだよね」
「はい。そうですよね。どんどん続きが観たくなって気が付いたら何時間も観ちゃうぐらい楽しいですよね」
「そうだね。時間を忘れて没頭するぐらい楽しいドラマだよ。でもそんなドラマの登場人物が夏希ちゃんの素敵な声だったらもっと楽しいだろうね」
「素敵だなんてそんな――」

 はにかむように微笑んだ夏希はどこかしおらしかった。それは普段見ることのない表情でいつもの慣れた感じとは違い新鮮さを感じた。

「でも吹き替えじゃなくてもナレーションも同じくらいやってみたいんですよね。映像を邪魔せずそれでいて状況説明とか解説とかをして、より良いモノにしていく。支えているようで重要な役割をこなしてるっていうところがいいですよね」
「じゃあ夏希ちゃんは卒業したらその道に進むんだ」
「はい。まだ細かくは決めてないですけど……。それになれるかも分からないですけど、分からないからこそ挑戦しようと思ってます! そして挑戦するからにはなれるように頑張りたいですね」
「君の友人はとても素敵な未来を見てるみたいだよ。蓮君」

 確かにそう語る夏希の表情は輝いていた。少し眩しいくらいに。
 そして蒼空さんの意味ありげな言葉の後、流されるように横へ顔を向けると丁度、夏希もこっちへ顔を向け目が合った。

「昔から負けず嫌いっていうかちゃんと決めた事はやり通すとこあるし――お前なら出来るんじゃない」
「ありがと」
「僕も応援してるよ。頑張ってね」
「ありがとうございます」

 夏希は蒼空さんの方へ顔を向けると頭を下げてお礼を言った。

「いや、でもこうやって口に出したり応援されたらなんかやる気出てきたかも」

 そう言うと夏希は立ち上がった。

「それじゃあアタシはこれで。お先に失礼します」
「気を付けてね」

 夏希はまず蒼空さんに会釈をしながら別れの言葉を口にした。その後に顔は俺の方へ。

「――また学校でね。蓮」
「じゃあな」

 最後に二人へ向けてだろう手を振り夏希は店を出て行った。

「良い子だね」
「まぁ……」

 否定をする必要は無かったが肯定するのはどこか気恥ずかしかったから曖昧なそれでいて肯定寄りの返事を返した。

「さて」

 そして蒼空さんは区切るようにそう言うと隣に置いていたコートへ手を伸ばした。何をしているのかは見えないけど、少し弄ると手で包み隠せる大きさの何かを取り出し、隠したままその手を(甲をこっちに向けながら)顔の前へ持ってきた。

「彼女には素敵な夢があったわけだけど、それにその輝きが見えてたね。そのおかげで……」

 彼はお披露目するように手を内側へくるりと回しながら隠していたそれに光を当てた。人差し指と親指に挟まれたそれは小瓶。
 その中には淡くどこか儚さも感じる光が小さく灯っていた。それは実際に目にしても生物なのか別の何かなのか――もっと言えば靄のようなそれが本当にそこに存在しているのかすら疑いたくなるような何かだった。
 でも不思議と瓶越しでも温かさを感じるその光は希望の色をしているような気がする。

「まずは一歩前進」
「それが夢の欠片ですか?」
「そう。見えずらいけどこれが餌になる」

 蒼空さんが手を少しだけ揺らすとそれに合わせ中の光も踊った。

「沢山とは言ってましたけどその小瓶が一杯になるぐらい集めるんですか?」
「目指すのはそうだね。でも七~八割ぐらいでもいいかな。大小もあるし、どれくらいかかるかは分からないけど」

 そう言うと小瓶を手で包み込みそのままコートのポケットへと仕舞った。

「それじゃあ、次を探しに行こうか」

 そして最後の珈琲を飲み干した蒼空さんはコートを手に取り立ち上がった。その姿を見てから俺も最後の紅茶を飲み干し立ち上がり彼の後に続いた。