「ライブに行けない」
雪は哀調を帯びた声でそう言った。
「ライブに行けないんだよ」
そして、その直後に強調するかのようにもう一度同じ言葉を繰り返す。
「行けないことないだろ。チケットなくしたのか?」
そんなわけがない、と理解しながらも一応質問を投げかけると、雪は「違う」と呟いた。
「そもそも昨今のライブは紙のチケット使わないもん。時代はデジタルだよ。QRコードを読み込ませるとゲートを通れるの」
「昨今のライブ事情は知らないけど」
でもまぁ、長年”アイドル”という文化を追いかけ続けている雪が言うならそうなのだろう。そんなことを考えていると、雪が「あっ、でも」と口を開く。
「QRコードを読み込ませると紙のチケットが発券されるシステムのところもあるよ」
「さては本題から逸れたな?」
雪には暫しこういうところがある。思ったことをすぐに口にしてしまうというか、話があっちこっちに飛んでいくというか。そのため、意識的に俺が話を本題に戻す必要があった。
「チケットがあるなら行けないことないだろ。ライブ初心者でもあるまいし」
幼馴染という関係上俺と雪の付き合いもだいぶ長くなるのだが、明確にいつからか、なんて思い出せないくらい昔から雪はアイドルというものに魅了されていた。だから、彼女にとってはライブというものは慣れ親しんだものであるはずなのだ。――少なくとも俺はそう思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしく。俺の言葉を受けた雪は「違うの!」と声を上げる。
「丞には言ってなかったけど、実は私現地参戦したことなくて……」
「そうなのか?」
ファンという生き物はチケット戦争に命を懸けると聞いたことがあるのだが、案外そんなこともないのだろうか。そんなことを考えていると、雪は「だって」と言い訳するように口を開いた。
「ライブ会場にいるファンの子ってめちゃくちゃオシャレなんだよ?推しには会いたいけど場違いなんじゃないかって気持ちの方が強くて……」
雪の容姿は決して悪いというわけではないのだが、特別良いというわけでもない。その上本人は服にもメイクにも興味がないようなので、気後れしてしまう気持ちはなんとなく分かるような気がした。
「それはまあ……確かになぁ……」
かく言う俺もオシャレに詳しいわけではないので、同情しながらも相槌を打つ。すると、雪は突然立ち上がってガシリと俺の肩を掴んだ。
「そうだよね!?しんどいよね!?丞ならこの気持ち分かるよね!?」
「うわっ、急になんだよ……」
あまりの勢いに思わず半歩身を引くと、それに合わせるように雪も距離を詰めてくる。
「丞も私と同じでしょ?オシャレとかよく分からない人でしょ?だからさ、丞には私の買い物に付き合ってほしくて」
「はぁ?普通相手に選ぶならオシャレな人だろ」
「オシャレな人と並んで歩けるような服を私が持っているとでも!?」
「俺とならダサい服でもいいとでも?」
思わずそう言い返すと、雪は「いいでしょ、丞なんだから」とノータイムで言い返す。
「やっと覚悟決めてライブ申し込んだんだもん。それで運よく当選したんだもん。私だって胸張って推しに会いに行きたいよぉ……」
そう言いながら、雪は僅かに瞳を潤ませた。泣く演技などという器用なことができる奴ではないから、おそらく本気で困り果てているのだろう。そう理解できたから――理解できてしまったから、俺はもう雪を見捨てることなんてできなくて。
「……取り敢えず、最近の流行りとか調べるか」
結局そんな言葉を吐き出してしまうのだった。
雪は哀調を帯びた声でそう言った。
「ライブに行けないんだよ」
そして、その直後に強調するかのようにもう一度同じ言葉を繰り返す。
「行けないことないだろ。チケットなくしたのか?」
そんなわけがない、と理解しながらも一応質問を投げかけると、雪は「違う」と呟いた。
「そもそも昨今のライブは紙のチケット使わないもん。時代はデジタルだよ。QRコードを読み込ませるとゲートを通れるの」
「昨今のライブ事情は知らないけど」
でもまぁ、長年”アイドル”という文化を追いかけ続けている雪が言うならそうなのだろう。そんなことを考えていると、雪が「あっ、でも」と口を開く。
「QRコードを読み込ませると紙のチケットが発券されるシステムのところもあるよ」
「さては本題から逸れたな?」
雪には暫しこういうところがある。思ったことをすぐに口にしてしまうというか、話があっちこっちに飛んでいくというか。そのため、意識的に俺が話を本題に戻す必要があった。
「チケットがあるなら行けないことないだろ。ライブ初心者でもあるまいし」
幼馴染という関係上俺と雪の付き合いもだいぶ長くなるのだが、明確にいつからか、なんて思い出せないくらい昔から雪はアイドルというものに魅了されていた。だから、彼女にとってはライブというものは慣れ親しんだものであるはずなのだ。――少なくとも俺はそう思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしく。俺の言葉を受けた雪は「違うの!」と声を上げる。
「丞には言ってなかったけど、実は私現地参戦したことなくて……」
「そうなのか?」
ファンという生き物はチケット戦争に命を懸けると聞いたことがあるのだが、案外そんなこともないのだろうか。そんなことを考えていると、雪は「だって」と言い訳するように口を開いた。
「ライブ会場にいるファンの子ってめちゃくちゃオシャレなんだよ?推しには会いたいけど場違いなんじゃないかって気持ちの方が強くて……」
雪の容姿は決して悪いというわけではないのだが、特別良いというわけでもない。その上本人は服にもメイクにも興味がないようなので、気後れしてしまう気持ちはなんとなく分かるような気がした。
「それはまあ……確かになぁ……」
かく言う俺もオシャレに詳しいわけではないので、同情しながらも相槌を打つ。すると、雪は突然立ち上がってガシリと俺の肩を掴んだ。
「そうだよね!?しんどいよね!?丞ならこの気持ち分かるよね!?」
「うわっ、急になんだよ……」
あまりの勢いに思わず半歩身を引くと、それに合わせるように雪も距離を詰めてくる。
「丞も私と同じでしょ?オシャレとかよく分からない人でしょ?だからさ、丞には私の買い物に付き合ってほしくて」
「はぁ?普通相手に選ぶならオシャレな人だろ」
「オシャレな人と並んで歩けるような服を私が持っているとでも!?」
「俺とならダサい服でもいいとでも?」
思わずそう言い返すと、雪は「いいでしょ、丞なんだから」とノータイムで言い返す。
「やっと覚悟決めてライブ申し込んだんだもん。それで運よく当選したんだもん。私だって胸張って推しに会いに行きたいよぉ……」
そう言いながら、雪は僅かに瞳を潤ませた。泣く演技などという器用なことができる奴ではないから、おそらく本気で困り果てているのだろう。そう理解できたから――理解できてしまったから、俺はもう雪を見捨てることなんてできなくて。
「……取り敢えず、最近の流行りとか調べるか」
結局そんな言葉を吐き出してしまうのだった。