【短編】君の息吹を恋ねがう ~離縁された黄泉還しの巫女は、かくりよの番人の愛を知る~

 ちりん……。
 物悲しい風鈴の音色が響き、すずの意識がハッと覚醒した。
 気付けばすずは、あの懐かしい竜胆畑に立ち尽くしていた。

「ここは……三途の川……」

 上空には鬼灯が浮いており、ふわりふわりと川の向こうへと流されるように飛んでいく。
 前回、すずが幼少期の頃に訪れたときには、見られなかった光景だった。

 彼岸側に辿り着いた鬼灯は、パチパチと音を立てて花火の様に散っていく。
 その残光が、寂しそうに鬼灯を見送る、闇色の喪服の青鬼を照らした。

「竜胆様……」

 会いたかった懐かしい鬼の後姿へと駆け寄ろうと思ったすずだが、現世での行いに対して罰当たり者だと罵られでもしたらと思うと、足がすくんでしまう。

(どうしよう。竜胆様にまで失望されちゃったら……)

 迷うすずへと、彼がゆっくりと振り向く。

「すず……。大事ないか」

 死者を蘇生させる行為を責められると思っていたすずは、心配そうに問いかける青鬼の言葉を嬉しく感じてしまう。
 村長の息子に嫁がされてからと言うものの、誰かに心配されることは久しくなかったからだ。

「う、うん」
「随分と、変わってしまったな」

 すずの目の前に立った竜胆が、彼女の頭を優しく撫でる。
 子供と大人とで大きく差のあった彼らの身長は、今ではすずの身長が伸び、頭ふたつ分程度の差があるだけになった。
 散々夫に蔑まれてきた容姿のことを指摘された思ったすずは、咄嗟に俯いてしまう。

「髪と眼の色は、力を使ったときに変わっちゃって……」
「そうじゃない」
「え?」
「魂が疲弊している。すずを変えてしまったのは、俺か……」

 悔いるように呟いた竜胆がすずの額にこつんと角で触れる。
 距離の近さに、すずはドキッとした。

「り、竜胆様……?」
「俺が、すずに力を与えたからか……」
「やっぱり、黄泉還しの力を与えてくれたのは、竜胆様なんだね。ありがとう!」

 竜胆の言葉に、すずは幼かった頃のようなあどけない笑顔を見せる。
 すると彼は、僅かに目を細めて焦がれるようにすずを見つめた。

「……」

 今度は熱のこもった眼差しを至近距離から向けられ、彼女は気恥ずかしさでドキドキしながらも視線を彷徨わせて問いかけた。

「り、竜胆様?」
「何故礼を言う?」
「竜胆様の力で、父さんと母さんを生き還らせることが出来たからだよ」

 いまの境遇はどうあれ、その事実は変わらないからこそ、すずは竜胆に心からの感謝の気持ちを告げる。

「共に暮らせないと言うのに?」
「……うん」
「寂しくないか?」
「……寂しい、よ」

 風が吹き、ちりん……と涼やかな音が辺りに響く。

「でも、元気で幸せに暮らしてくれていれば……それでいいの」
「……」

 角を離した竜胆が彼女を見つめる。
 どこか罪悪感を滲ませた彼の瞳の右側は、金色に輝いていた。
 以前は両の眼とも、この場所で咲き誇る花と同じように鮮やかな蒼い色をしていたはずだ。
 すずが心配そうに竜胆の顔を覗き込み、問い掛ける。

「竜胆様も、その眼はどうしたの?」
「これは……」
「もしかして、私のせい? 私を現世に送り返したから……」
「すずが原因ではない。俺が望んだ行為だ。俺が、お前に健やかに生きていてほしかったからだが……」

 ちりんちりん……と音が鳴り響くと、竜胆はそこで言葉を切り、空を見上げた。

「……」

 口数少ない彼は何も言わないが、すずが現在どういった状況下で過ごしているのか知っているのだろう。
 黙ってしまった青鬼の視線をすずが辿ると、竜胆畑の上空に数多の鬼灯が風に揺られて舞う姿が見られた。

「竜胆様、どうして鬼灯が飛んでいるの? あれはなに?」
「人の魂だ」
「魂……」
「現世から運ばれた魂は、鬼灯に包まれて三途の川を渡る」

 三途の川の向こう側の上空へと辿り着いた鬼灯が、花火の散り際のようにぱちぱちと爆ぜて散っていく。

「そして彼岸の先で、これまでの生を振り返るために儚く散るんだ」
「綺麗だけど……切ないね……」
「ああ……」
「私も、本当はああなるはずだったの?」
「……そう、だな」
「私が生き返らせた人達も……本当は……」
「……」

 すずは竜胆の隣に立ち、彼の袖を握りながら、鬼灯が散っていく様子を眺める。
 いつかは自分も、そうなるのだろうかと思いながら……。

「帰りたく……ないな」
「……」

 現世ですずを待ち受けるのは悲惨な状況と言うのもある。
 しかしそれ以上に帰りたくない理由は、竜胆のそばにいるだけで心が穏やかになり、安らぐような気持ちがするからだった。

「竜胆様のそばにいると、なんだか落ち着くの」
「……ここに長居するのはよくない」
「うん……」

 否定されることは何となく分かっていたすずは、悲しみを感じながら握っていた竜胆の袖から手を放そうとすた。
 すると、彼はすずの肩に羽織を掛けて彼女を引き寄せる。

「だが……。ここに居る間くらいは、心を休めていくと良い」
「竜胆様、ありがとう……」

 辺りに鳴り響く涼やかな音色に誘われ、すずが竜胆の腕の中で微睡む。

「すず……」

 安堵を滲ませた彼女の右眼のまぶたにふれた竜胆は、物悲しく呟いた。

「俺の我儘で、辛い思いをさせて……すまない……」
 すずが夫であった現村長から離婚を言い渡され、座敷牢に囚われてから、数日後。

 黄泉還しの巫女としての役目を求められ続けることは監禁前と変わりはないが、食事は最低限になり、庭先に出ることもできなくなった。
 青鬼の竜胆の姿を彷彿とさせる鹿に出会うことも出来ない。
 村長の存命時よりも追い詰められた境遇に、彼女は心身共に疲弊している。

 そして今、すずは元夫に乱暴に抑え込まれ、刃物を持った女に髪を強く引っ張られていた。

「い、痛いです……!」
「大人しくしなさいよ!」
「この女の不気味な髪なんて触りたくねえ! 早く切るぞ!」

 巫女らしいと言う理由で伸ばさせられていた白い髪は、今度は彼らによって乱雑に切り落とされてしまう。
 腰の長さまであった髪は、肩の辺りで不揃いになってしまった。

「う……。どうしてこんなことを……」

 特に髪に強い思い入れはなかったが、自分の髪の束を紐で結んでほくそ笑むふたりの鬼のような所業に、すずがぞっとする。
 いや、彼女の知る鬼のほうが、比較するまでもなく優しかった。

「売るのよ。黄泉還しの巫女の髪は、不老長寿の縁起物として十分だもの」
「俺は気味が悪いと思うんだがな」
「金になるんだったら、何だって良いじゃないの」
「それもそうだな!」
「次は何を商品にする?」

 彼らは、すずを金の卵を産む鶏としか見ていない。

「こんなの……ひどい……」

 笑い声をあげながらふたりが去っていく様子を、すずはポロポロと涙をこぼして見送るしかなかった。

「母さん、父さん……。会いたいよ……」

 このまま座敷牢に囚われ続けていれば、彼女に身を削らせるような要求は悪化していくだろう。
 現に彼らは立ち去る際に、まだ彼女から搾取する素振りを見せている。
 今日は髪で済んだが、今度はもっと酷い目に合うかもしれない。

「竜胆様、ごめんなさい……」

 右眼を覆うと、すずは竜胆に思いを馳せる。
 折角、竜胆によって生き永らえたと言うのに、黄泉還しの力に目覚めたばかりに彼女の未来は絶望に覆われてしまった。

「私は……なんのために生きているのか、分からなくなってきたの……」

 彼がすずに望んでいた健やかであれ、という願いは、もう叶えられそうにない。

「キュウ……」

 未来へ絶望するすずの前に何処からともなく現れたのは、彼女が安らぎを感じる金銀妖瞳(きんぎんようどう)の鹿だった。
 鹿は心配そうにすずに擦り寄ると、彼女は虚ろな瞳を鹿に向ける。

「鹿さん……また会いに来てくれたんだね……」

 鹿の瞳は、三途の川で鬼灯を寂しく見送る青鬼の姿を彷彿とさせる。

「私が死んだら……」

 そっと抱きしめた鹿のぬくもりを感じながら、彼女は濡れたまぶたをゆっくりと閉じた。

「最期に、三途の川で竜胆様に会えるかな……」
 ちりんちりん……。
 涼やかな音にすずが目を開くと、そこは三途の川だった。
 上空では、数多の鬼灯達が彼岸へと向かって風に流されている。
 多くの命が失われた光景が彼女の眼に映り込む中で、彼女はひとり寂しく呟いた。

「どこかで、戦があったのかな……」

 鬼灯に包まれることなく姿を保つすずは、彼ら(鬼灯となった魂)とは違って三途の川を容易には渡ることは出来ないらしい。

「私……も……」
(鬼灯を追いかければ、死に逝くことができる……?)

 いつもなら鬼火が灯っている川沿いの灯籠には、今日はあかりがない。
 すずの足元や視界を明るく照らすのは、命の灯だけ。

 足元がおぼつかない中で、鬼灯の群れの明かりだけを道しるべに、彼女は歩き出そうとする。

(でも、最期に……)

 しかし、いざ足を踏み出そうとすると、彼女の思いに迷いが生まれた。

(竜胆様に会いたかった……)

 迷いを振り切るように空を見上げ、鬼灯の群れを追いかけて三途の川に足を踏み入れそうになったそのとき……。

「……すず!」
「……っ」

 彼女が最も焦がれていた声が、物悲しく辺りに響き渡る。
 瞬間、川沿いの灯籠が一斉に灯火を上げた。

「すず、逝くな!」
(最期に会えて、よかった……)
「竜胆様……」

 蒼い鬼火に照らされたすずの表情には、悲しさと同時に、竜胆に出会えた嬉しさが滲んでいる。

「私ね、離婚したの」
「……」

 竜胆は返事をしなかったが、拳を握り締める様子からは、感情を堪えているようにも見える。

「でもそのあとずっと監禁されて……。生きていても、竜胆様が望んでくれたように歩んでいくことは、もう出来ない……」
(せっかく、生き返らせてもらったのに……)
「だからもう……死なせて……」

 振り返り、竜胆に悲しく微笑むすず。

「生き永らえらせてくれて、ありがとう……」
「すず!!」

 そうして三途の川へと歩み出そうとしたすずを、竜胆が引き寄せた。

「逝かないでくれ、すず……っ!!」

 勢いよく引き寄せられたすずは、青鬼の胸元に飛び込んでしまう。
 そのまま勢いあまってふたりで竜胆畑へと倒れ込んだ。

「すまない……」
「竜胆様……? どうして泣いているの? 傷跡が痛いの?」

 すずが彼の様子を伺うと、蒼い鬼火に照らされた鬼の瞳は涙で濡れていた。
 彼女は心配そうに手を伸ばし、竜胆のまぶたの上に未だ残り続ける傷にそっと触れる。

「そうやって……他人のことばかり心配するんだな」
「だって竜胆様のことが心配だから……」
「すずの魂が感じている痛みのほうが、俺は余程心配だ」

 竜胆が離れ難い様子ですずを強く抱きしめる。

「すずが辛い目にあったのは俺のせいだ。俺がすずに生きていてほしいと思ったから……力を与えて、送り返してしまったから……」

 時折寂しそうな様子を見せるものの、いつもは物静かで落ち着いている竜胆。
 そんな彼が感情を言葉と行動に乗せてすずに伝えようとしている。

「竜胆様のせいじゃないよ」
「しかし……!」
「だって、送り返してくれたおかげで、本来よりも長く父さんや母さんと一緒にいられたんだよ。だから、ありがとう」

 竜胆の様子がとても愛おしく感じ、すずも彼を抱きしめ返した。

「それにね。竜胆様と一緒にここで会う時間が、一番好きなの。生き返らせてもらえなかったら、そんな時間は過ごせなかったから」
「俺も……。俺を恐れず、真っ直ぐな瞳で見つめてくれるすずが、恋しかったんだ……」

 竜胆がすずを抱きしめる力を緩め、彼女の瞳を見つめる。

「だから俺は、すずを彼岸に送りたくはない。ここに居てくれ……!」
「い、いいの? ここにいても、大丈夫なの?」
「ああ。大丈夫だ。それに、俺がすずにここに居て欲しいんだ」

 そして二つの角を彼女の額にコツリとすり寄せ、切なく囁いた。

「……俺は、すずを好いているから」
「え……?」
「好きだ、すず」

 無理矢理に結婚させられた時にすら言われたことのない言葉にすずが目を見開くと、彼の金色とすずと同じ蒼色の瞳が、真剣なまなざしで彼女を見返してくる。

「俺と一緒に、生きてくれないか……?」
「私で、良いの?」

 両親に合えなくなった今、誰からも愛してもらえないと思っていたすずは、恋しく感じていた鬼からの言葉に、瞳に涙を浮かべて問いかける。

「ああ。すずが良いんだ!」
「私も、竜胆様が好き」

 すずが竜胆を抱きしめた瞬間、三途の川に風が吹く。

「竜胆様と一緒にいたいの!」

 ちりんちりん……と鳴く竜胆の花々は、彼女の達の胸の高鳴りを表しているようでもあった。
 幸福を感じる中ですずが目を開けると、座敷牢の内側に囚われたままだった。
 それまで三途の川で竜胆と将来を誓っていたはずだというのに、目の前に突きつけられた現実に彼女は溜め息をつく。
 
「夢……だったのかな」
『夢ではない』
「え?」

 竜胆の声にすずが顔を上げると、座敷牢の内側に二本角の鹿が立っていた。

「鹿さん? それに、いま竜胆様の声がしたような……」
『俺はここにいる』
「え? 鹿さんは、竜胆様だったの!?」
『ああ』
「こんなに近くにいてくれていたんだね」

 竜胆の声は脳に直接語り掛けてくるようでもあった。
 鹿の姿をした竜胆がすずにすり寄ると、彼女も彼を優しく抱きしめる。

「竜胆様、私……黄泉還しをやめるね」

 すずの決意に、竜胆が心配そうに首を傾げる。

『いいのか?』
「……うん。ひとの命をもてあそぶようなことは、よくないから。それに、この力は本当は竜胆様のものでしょう?」
『それはすずに与えた力だ。すずの好きなように扱うと良い』
「ありがとう。……本当はもっと早くやめるべきだったのに、私は自分勝手だよね」
『黄泉還しの多くは、お前の意志じゃなかったろう。よく決意したな』
「……うん」
『黄泉還しをやめるということは、いままで生き返らさた人間が土に還るということだ』
「うん……」
『ならば、すずの両親も……』
「……」

 竜胆の言葉に、すずは切なそうに竜胆を抱きしめる。

「そう、だね。だから本当は、最後に父さんと母さんに会いたかった……」
『すずが望むなら、俺が叶えてやる』

 竜胆は背にすずを乗せると、座敷牢の壁をすり抜けて外に飛び出した。
 日暮れ時の中、すずの実家に向かって鹿が走り抜ける。
 家の前に辿り着くと、彼らはすずの両親に出迎えられた。

「すず!!」
「ああ! 会いたかったわ、すず!!」
「父さん! 母さん!!」

 三年ぶりに一家で対面した三人は、再会を喜び抱きしめ合う。

「すず、あなたうちにいた頃よりやつれているわね……。髪の毛もこんなに……」
「村長め、大事な娘を勝手に嫁がせておいて、何と言う仕打ちを……!」
「ごめんなさい……。父さんと母さんに長生きして欲しかっただけなのに、ふたりに迷惑かけちゃったね……」
「ずっと心配していたけど、迷惑なんてかかってないわ」
「そうだ! お前が元気であるようにと、ずっと願っていたんだからな」
「父さん、母さん……」

 離れていても思ってくれる家族の存在に、すずの瞳が潤んでいく。

「ふたりとも、聞いて。私……黄泉還しをやめる。だから……」

 だから、黄泉還しの術によって生き返った人間は、再び眠りにつくことになる。
 そう言葉にせずとも、すずの表情を見て悟ったのだろう。
 両親が、すずを労るように頭を撫でて頷く。

「そうか」
「勝手に生き返らせてしまって、ごめんなさい……」
「ううん。生き返らせてくれてありがとう、すず」
「本来なら、それこそ別れの挨拶なんてする間もなく死んでいたんだならな。得したと思えばいいんだよ」
「けど少し残念ね。すずが幸せになる姿をそばで見守りたかったわ」
「あのね。私、好きな人がいるの」
「それは村長……じゃないよな?」

 すずの幸福を祈り微笑む母と、不満そうにする父に、すずが安心させるように頷いた。

「うん。穏やかで、優しくて……一緒にいるだけで幸せになれる、そんなひとなの」

 寄り添う鹿を優しく撫でながら答えるすずに、両親も安心した様子を見せる。

「それなら安心だな」
「うん。だから、彼と一緒に幸せになるね」
「そうね。幸せになりなさい、すず」
「ありがとう……。父さん、母さん」

 すずは母と父に抱かれながら、ふたりが無事に三途の川を越えられるようにと祈る。
 すると、ふたりの身体が淡い光を放ち始める。

「健やかでな、すず」

 次第に両親の姿が朧げになっていく。
 彼らが放つ光が、三途の川の鬼灯を彷彿とさせるものへと昇華していくと、ふたりの姿が消えていった。
 光はふわふわと風に吹かれるように、夕暮れ時の空の彼方へと昇っていく。
 現世を旅立った両親の魂は、鬼灯に包まれて三途の川へと向かうだろう。

 光に手を振って彼らを見送るすずの隣に、鹿の姿をした竜胆が心配そうに寄り添う。

『すず……寂しくはないのか?』
「寂しいけど、竜胆様が一緒にいてくれるでしょう? それなら、じゅうぶんだよ」
『そうか……』

 そう言って角をすずに擦り付けようとする竜胆の声は、どこか嬉しそうだった。

「行こう。ほかのひとの魂も、あるべき場所に還すために……」
 すずが鹿の姿の竜胆と共に村の広場に辿り着くと、何事かと思った村人達が集まり始める。

「すずだ!」
「しばらく見ないうちに、こんなにやつれちゃって……。髪も短くなっているわね」
「村長のせがれに嫁いだから、てっきり良い暮らしをしているものかと……」

 集まった者の中には、村長に金銭を渡し、すずに蘇生を願った者たちも含まれていた。

「あれは黄泉還しの巫女じゃないか」
「なんで鹿と一緒にいるんだ?」

 そのとき……。

「ケーーーーーン!!」

 野次馬の様に集まった村人達を前に鹿の姿を模した竜胆が高い声を上げると、やじ馬たちが一斉に静かになる。

「みんな、聞いて!」

 彼に続いてすずも声を上げた。

「三年前。私は黄泉還しの力に目覚め、みんなの大切なひとも生き返らせた」

 三年ぶりのお腹の底からの発声に、しがらみから解き放たれた気持ちになりながら、彼女は言葉を続けた。

「そのときは、みんなが少しでも大切なひとと一緒にいられるなら、それでいいと思っていたの!」
「……」

 村人達に限って言えば、皆ばつの悪そうな顔をしながら互いを見ていた。

「だけど、現村長は黄泉還しの力をお金儲けに使っている! 莫大な金銭と引き換えに、ひとの命を生き返らせるなんて、本当は罰当たりだと思う!」

 すずは押さえつけられていた気持ちを解放する。

「私は、もうそんな罰当たりなことは、もうやめる!」

 彼女本来の活発的な姿から語られる言葉に、聴集者達がざわめき始めた。

「だから……ごめんなさい。いままで生き返らせたみんなの命も、天に還していこうと思うの。だから、いまのうちにお別れをしてください」

 すずの言葉に対し、聞き入っていた者達は様々な反応を示す。
 彼女の願い通りに別れを告げる者、死にたくないと嘆く者、金銭と引き換えに死者を生き返らせたことを懺悔する者……。
 彼らの様子を眺めて罪悪感で心が締め付けられそうになるすずを励ますように、竜胆が角を彼女に擦りつけた。

 そんな中……。

「すず! お前何をやってるんだ!」
「どうやって牢から出てきたのよ!?」

 騒ぎを嗅ぎつけた元夫と、その恋人が慌ててすずの前に飛び出してきた。

「余計なことを口にするな! お前は俺の言うことを聞いていれば、それで――」

 すずがこれ以上余計なことを言う前に口を塞ごうと元夫が手を伸ばした瞬間、すずに寄り添っていた竜胆が瞬時に動いた。

「俺のすずに手を出すな!」

 本来の鬼の姿へと変貌を遂げると、元夫の手首を掴んで地面に拘束する。

「くそッ! なんだお前は!!」
「きゃあっ!? 鬼!?」
「知っているぞ。貴様等はすずを散々いたぶってきたな!」

 竜胆はこれまですずが受けて来た恨みを晴らすように、男を拘束する力を強くしていく。

「ぐぅッ! 村が潤うんだ! それの何が悪い!!」
「ならば、まともな待遇を与えるべきだったろう!」
「こんな気味の悪い女の待遇だと? いででで……!!」
「それに、乱暴を働き、無理矢理に髪を切るなどと! 許さぬ!」

 竜胆から語られるすずに対する元夫達からの仕打ちに、聴集者達が罪悪感をにじませていく。

「すず! 助けてくれ!! お前の知り合いなんだろう!」

 元夫はどんな状況においても自分のことしか優先しない。
 それは分かっていたことだが、すずは呆れた様子で溜め息をついた。

「……分かった。いま、()()()()()()()()()()()()
 助けられると伝えられてほっとする元夫をよそに、彼女は聴集者達に向かって告げた。

「みんな、お別れは出来た? いままで生き返らせたみんなの命も、天に還していくね」
「なんですって!?」
「や、やめろ! せっかく金儲けができたというのに!! そんなことしたら今までの苦労が水の泡になるだろうが!!」

 竜胆に押さえつけられながらも暴れる元夫を無視し、すずは両手を組み、祈る。

「ごめんなさい……」

 彼女の謝罪は、決して元夫に対して告げたものではない。
 これまで彼女が黄泉還らせた者、そして彼らに関わった者すべての者に対しての言葉だった。

「一緒に、還ろう」

 彼女が祈り始めると、心の準備が出来た者の身体が淡く光り始め、天へと昇っていく。
 残された者は名残惜しんだり、泣き叫んだり……悲しみに暮れる者もいれば、生き永らえることの出来た喜びを感謝する者もいる。

 黄泉還しを遂げた多くの命が天に昇っていく中、元夫は相変わらず叫び続けている。

「やめろと言ってるだろうが! すず!」
「あなた! 身体が……! ど、どうして!?」
「……あ?」

 恋人の驚愕に溢れた声と表情に、元夫が自身の身体を見ると、四肢がゆっくりと溶けていくように砂になっていた。

「な、なんだよ、これ!?」
「黄泉還し後に本人の意志によって悪意を成した者は、他の魂と同じ場所に逝くことは出来ない。……地獄逝きだ」

 鬼からの宣告に、元夫がごくりと唾を飲んだ。

「俺、まさか……」
「……死んでいたんだよ」
「解放するって、まさかそういう……!?」

 三年前のあの日、元夫は死んでいた。彼はその自覚がないまま、これまで過ごしていたのだ。

「うそだろ!」
「あなたの父さん……前の村長さんが、生き返らせて欲しいって頼んだの」
「親父が……?」
「父は子の存命を祈ったのに。その父の子は……あなたは、父の蘇生を願わなかったね……」

 すずは悲しそうな瞳で、かつて夫であった人物を見つめる。

「いやだ! 俺はまだ死にたくない!! いや、百歩譲って死ぬのは良いが、地獄は嫌だ!!」
「わ、私も、身体が砂に!? いやあ!!」

 元夫だけでなく、その恋人までもが身体が砂になっていく。

「助けなさいよ、すず!!」
「そうだ! すず!!」

 地獄逝きが決まった今となっても、すずを虐げて来たふたりは以前と変わらず強気に命令をするが、彼女は頭を振った。

「……私には、そんな力ないよ。それに、あなたたちにとって、この力は不気味なんでしょう?」

 彼らの全身の大半が砂と化していく。
 元夫を押さえつける必要もなくなり、竜胆は彼から手を放して立ち上がる。

「もし地獄逝きを止められる力があったとしても、竜胆様からもらった力を蔑むあなたたちのためになんか、もう使いたくない!」

 彼らの結末を、すずはこの状況を引き起こした者として見届けなければいけない。
 彼女は目を背けずに真っ直ぐな視線で、砂と消えて行く因縁の相手の末路を追った。

「いやあああああ!!!」
「すず!!!! お前を呪ってやる!!!!」

 すずを呪う断末魔を聞かせまいと、竜胆が彼女の耳を塞ごうとする。
 すずはそんな彼の手に触れて、制止した。

「竜胆様。大丈夫だよ。ちゃんと、見届けるから」
「無理はするな」
「こんなの、村長の家にいた頃に比べれば、なんてことはないよ」

 元夫とその恋人が完全に砂となって崩れ落ちたのを見届けた頃、すずの身体が淡く光り始める。

「私は……地獄逝きじゃないんだね」
「ああ」
「竜胆様……。私と一緒に生きてくれるって……本当?」
「待っている」
「うん! 三途の川に、竜胆様に会いに行くよ!」

 すずの全身が光になると、他の魂と同じように天に昇っていく。
 鬼の竜胆は、彼女の魂を追いかけるように村から姿を消す。

 村に残されたのは、一握りの生存者のみ。
 誰も彼も、みな自分たちのことしか考えておらず、すずが苦しい境遇にいたことなど気付いていなかった。
 この結末は彼女への仕打ちに対する報いだろうと、残された者は悟った。
 すずは、ふわふわと浮かぶ懐かしい感覚を受けた。
 この感覚は憶えがある。鬼の姿をした竜胆に初めて出会う、その直前の出来事と全く同じだからだ。
 おそらくいまのすずは、三途の川の上空に浮かぶ鬼灯に包まれた魂のひとつなのだろう。

『すず……』

 ちりん、ちりん……と竜胆の花がいつもよりも物悲しく泣き叫ぶ。
 心を揺さぶられるような音の震えに、朧気でいたすずの意識がはっきりと覚醒していく。

(竜胆様が、呼んでいる気がする)

 きっと幼き頃の三途の川での出会いは、偶然ではなかったのだろう。すずはそう感じた。
 木から落ちて三途の川へと流れて行こうとするすずを竜胆が救い上げたのは、それ以前に鹿の姿をした竜胆をすずが助けたのがきっかけかもしれない。
 けれどもそれ以上に……物悲しく佇む青鬼は、誰かを恋しがっていたのだろう。
 三途の川でひとりでいる竜胆は、すずに惹かれ、彼女と共に歩むことを希い(こいねがい)、伴侶として選んだ。

 風鈴のような音が響き渡るたびに、言葉の少ない竜胆が心の奥底で「逝かないでくれ」と嘆いている気がする。

(竜胆様のところにいきたい……!)

 すずが目を開くと、彼女が包まれていた鬼灯の皮が、ぱちぱちと爆ぜる。
 中から放り出されたすずは、光から徐々に元の形へと象っていき、咲き誇る竜胆畑の上に落下していく。

「すず!」

 彼女の落下地点には、鬼の竜胆が手を広げて心配そうに待ち受けていた。

「竜胆様!!」

 すずを受け止めた竜胆が、そのままの勢いで一回転する。
 竜胆の花の花びらと共にすずがふわりと空を舞うと、ちりんちりんと喜びに満ち溢れた音色が響いた。

「改めて言おう、すず」

 彼はすずを花畑に下ろすと、彼女の額にこつんと二本の角を合わせる。
 すずの蒼い右眼と、竜胆の蒼い左目眼が交差する中で、彼は恋しい様子で彼女に告げた。

「俺の伴侶になってくれ」
「はい!」

 喜びに溢れた表情で頷いたすずが竜胆を抱きしめると、彼も彼女を逃さぬようにと、強く強く抱きしめる。

 上空では数多の鬼灯が、三途の川の向こうに向かって飛んでいく。
 彼岸の方角から鬼灯の弾ける音が鳴り響くと、彼女たちのいる此岸を明るく照らす。

 竜胆の花が揺れる花畑の中で、鬼灯が放つ花火のような明かりに照らされたふたりが、口づけを交わす。
 まるで、死者達に祝福されるような光景の中で、すずと竜胆は将来を誓い合った。

~完~
※おまけ話がひとつだけ続きます。
【おまけ話】
 これは、すずが座敷牢から脱出し、鹿の姿をした竜胆に乗っているときのこと……。

『振り落としてしまうかもしれない。しっかりと掴まれ』
「うん!」

 ぴょんぴょんと跳ねるように走る竜胆に、すずが必死に縋りつく。

「わぁ!」
『乗り心地は辛いだろうが、(じき)に着く。我慢してくれ』
「ううん。乗せてくれてありがとう。竜胆様こそ、私を乗せていて辛くない?」
『問題ない。それに、すずは軽いからな……』

 ろくに食事を採らせてもらえなかったすずは、同年齢の平均的な村人よりもやせ細っている。

 ぴょこぴょこと可愛らしく移動する竜胆の姿を見て、背中の上から眺めていたすずが微笑んだ。

「ふふ……」
『両親に会えるのが嬉しいか?』
「それもあるけど。私いま、幸せだなって思って」
『そうか』

 鬼の姿のときは感情の分かりにくい表情をしている竜胆が、鹿の姿をして飛び跳ねている。
 そんな彼の様子が、可愛らしくて、愛おしい。
 すずは幸せをかみしめるかのように、竜胆を優しく抱きしめた。

~完~

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