幸福を感じる中ですずが目を開けると、座敷牢の内側に囚われたままだった。
それまで三途の川で竜胆と将来を誓っていたはずだというのに、目の前に突きつけられた現実に彼女は溜め息をつく。
「夢……だったのかな」
『夢ではない』
「え?」
竜胆の声にすずが顔を上げると、座敷牢の内側に二本角の鹿が立っていた。
「鹿さん? それに、いま竜胆様の声がしたような……」
『俺はここにいる』
「え? 鹿さんは、竜胆様だったの!?」
『ああ』
「こんなに近くにいてくれていたんだね」
竜胆の声は脳に直接語り掛けてくるようでもあった。
鹿の姿をした竜胆がすずにすり寄ると、彼女も彼を優しく抱きしめる。
「竜胆様、私……黄泉還しをやめるね」
すずの決意に、竜胆が心配そうに首を傾げる。
『いいのか?』
「……うん。ひとの命をもてあそぶようなことは、よくないから。それに、この力は本当は竜胆様のものでしょう?」
『それはすずに与えた力だ。すずの好きなように扱うと良い』
「ありがとう。……本当はもっと早くやめるべきだったのに、私は自分勝手だよね」
『黄泉還しの多くは、お前の意志じゃなかったろう。よく決意したな』
「……うん」
『黄泉還しをやめるということは、いままで生き返らさた人間が土に還るということだ』
「うん……」
『ならば、すずの両親も……』
「……」
竜胆の言葉に、すずは切なそうに竜胆を抱きしめる。
「そう、だね。だから本当は、最後に父さんと母さんに会いたかった……」
『すずが望むなら、俺が叶えてやる』
竜胆は背にすずを乗せると、座敷牢の壁をすり抜けて外に飛び出した。
日暮れ時の中、すずの実家に向かって鹿が走り抜ける。
家の前に辿り着くと、彼らはすずの両親に出迎えられた。
「すず!!」
「ああ! 会いたかったわ、すず!!」
「父さん! 母さん!!」
三年ぶりに一家で対面した三人は、再会を喜び抱きしめ合う。
「すず、あなたうちにいた頃よりやつれているわね……。髪の毛もこんなに……」
「村長め、大事な娘を勝手に嫁がせておいて、何と言う仕打ちを……!」
「ごめんなさい……。父さんと母さんに長生きして欲しかっただけなのに、ふたりに迷惑かけちゃったね……」
「ずっと心配していたけど、迷惑なんてかかってないわ」
「そうだ! お前が元気であるようにと、ずっと願っていたんだからな」
「父さん、母さん……」
離れていても思ってくれる家族の存在に、すずの瞳が潤んでいく。
「ふたりとも、聞いて。私……黄泉還しをやめる。だから……」
だから、黄泉還しの術によって生き返った人間は、再び眠りにつくことになる。
そう言葉にせずとも、すずの表情を見て悟ったのだろう。
両親が、すずを労るように頭を撫でて頷く。
「そうか」
「勝手に生き返らせてしまって、ごめんなさい……」
「ううん。生き返らせてくれてありがとう、すず」
「本来なら、それこそ別れの挨拶なんてする間もなく死んでいたんだならな。得したと思えばいいんだよ」
「けど少し残念ね。すずが幸せになる姿をそばで見守りたかったわ」
「あのね。私、好きな人がいるの」
「それは村長……じゃないよな?」
すずの幸福を祈り微笑む母と、不満そうにする父に、すずが安心させるように頷いた。
「うん。穏やかで、優しくて……一緒にいるだけで幸せになれる、そんなひとなの」
寄り添う鹿を優しく撫でながら答えるすずに、両親も安心した様子を見せる。
「それなら安心だな」
「うん。だから、彼と一緒に幸せになるね」
「そうね。幸せになりなさい、すず」
「ありがとう……。父さん、母さん」
すずは母と父に抱かれながら、ふたりが無事に三途の川を越えられるようにと祈る。
すると、ふたりの身体が淡い光を放ち始める。
「健やかでな、すず」
次第に両親の姿が朧げになっていく。
彼らが放つ光が、三途の川の鬼灯を彷彿とさせるものへと昇華していくと、ふたりの姿が消えていった。
光はふわふわと風に吹かれるように、夕暮れ時の空の彼方へと昇っていく。
現世を旅立った両親の魂は、鬼灯に包まれて三途の川へと向かうだろう。
光に手を振って彼らを見送るすずの隣に、鹿の姿をした竜胆が心配そうに寄り添う。
『すず……寂しくはないのか?』
「寂しいけど、竜胆様が一緒にいてくれるでしょう? それなら、じゅうぶんだよ」
『そうか……』
そう言って角をすずに擦り付けようとする竜胆の声は、どこか嬉しそうだった。
「行こう。ほかのひとの魂も、あるべき場所に還すために……」
それまで三途の川で竜胆と将来を誓っていたはずだというのに、目の前に突きつけられた現実に彼女は溜め息をつく。
「夢……だったのかな」
『夢ではない』
「え?」
竜胆の声にすずが顔を上げると、座敷牢の内側に二本角の鹿が立っていた。
「鹿さん? それに、いま竜胆様の声がしたような……」
『俺はここにいる』
「え? 鹿さんは、竜胆様だったの!?」
『ああ』
「こんなに近くにいてくれていたんだね」
竜胆の声は脳に直接語り掛けてくるようでもあった。
鹿の姿をした竜胆がすずにすり寄ると、彼女も彼を優しく抱きしめる。
「竜胆様、私……黄泉還しをやめるね」
すずの決意に、竜胆が心配そうに首を傾げる。
『いいのか?』
「……うん。ひとの命をもてあそぶようなことは、よくないから。それに、この力は本当は竜胆様のものでしょう?」
『それはすずに与えた力だ。すずの好きなように扱うと良い』
「ありがとう。……本当はもっと早くやめるべきだったのに、私は自分勝手だよね」
『黄泉還しの多くは、お前の意志じゃなかったろう。よく決意したな』
「……うん」
『黄泉還しをやめるということは、いままで生き返らさた人間が土に還るということだ』
「うん……」
『ならば、すずの両親も……』
「……」
竜胆の言葉に、すずは切なそうに竜胆を抱きしめる。
「そう、だね。だから本当は、最後に父さんと母さんに会いたかった……」
『すずが望むなら、俺が叶えてやる』
竜胆は背にすずを乗せると、座敷牢の壁をすり抜けて外に飛び出した。
日暮れ時の中、すずの実家に向かって鹿が走り抜ける。
家の前に辿り着くと、彼らはすずの両親に出迎えられた。
「すず!!」
「ああ! 会いたかったわ、すず!!」
「父さん! 母さん!!」
三年ぶりに一家で対面した三人は、再会を喜び抱きしめ合う。
「すず、あなたうちにいた頃よりやつれているわね……。髪の毛もこんなに……」
「村長め、大事な娘を勝手に嫁がせておいて、何と言う仕打ちを……!」
「ごめんなさい……。父さんと母さんに長生きして欲しかっただけなのに、ふたりに迷惑かけちゃったね……」
「ずっと心配していたけど、迷惑なんてかかってないわ」
「そうだ! お前が元気であるようにと、ずっと願っていたんだからな」
「父さん、母さん……」
離れていても思ってくれる家族の存在に、すずの瞳が潤んでいく。
「ふたりとも、聞いて。私……黄泉還しをやめる。だから……」
だから、黄泉還しの術によって生き返った人間は、再び眠りにつくことになる。
そう言葉にせずとも、すずの表情を見て悟ったのだろう。
両親が、すずを労るように頭を撫でて頷く。
「そうか」
「勝手に生き返らせてしまって、ごめんなさい……」
「ううん。生き返らせてくれてありがとう、すず」
「本来なら、それこそ別れの挨拶なんてする間もなく死んでいたんだならな。得したと思えばいいんだよ」
「けど少し残念ね。すずが幸せになる姿をそばで見守りたかったわ」
「あのね。私、好きな人がいるの」
「それは村長……じゃないよな?」
すずの幸福を祈り微笑む母と、不満そうにする父に、すずが安心させるように頷いた。
「うん。穏やかで、優しくて……一緒にいるだけで幸せになれる、そんなひとなの」
寄り添う鹿を優しく撫でながら答えるすずに、両親も安心した様子を見せる。
「それなら安心だな」
「うん。だから、彼と一緒に幸せになるね」
「そうね。幸せになりなさい、すず」
「ありがとう……。父さん、母さん」
すずは母と父に抱かれながら、ふたりが無事に三途の川を越えられるようにと祈る。
すると、ふたりの身体が淡い光を放ち始める。
「健やかでな、すず」
次第に両親の姿が朧げになっていく。
彼らが放つ光が、三途の川の鬼灯を彷彿とさせるものへと昇華していくと、ふたりの姿が消えていった。
光はふわふわと風に吹かれるように、夕暮れ時の空の彼方へと昇っていく。
現世を旅立った両親の魂は、鬼灯に包まれて三途の川へと向かうだろう。
光に手を振って彼らを見送るすずの隣に、鹿の姿をした竜胆が心配そうに寄り添う。
『すず……寂しくはないのか?』
「寂しいけど、竜胆様が一緒にいてくれるでしょう? それなら、じゅうぶんだよ」
『そうか……』
そう言って角をすずに擦り付けようとする竜胆の声は、どこか嬉しそうだった。
「行こう。ほかのひとの魂も、あるべき場所に還すために……」